……梅流たち家族が山奥へ移り住んだのは、父の療養のためだった。

 大した風邪ではなかったけれど、あれから体力も落ちてしまったので。
 都会ではないが、騒がしいアルカパよりも、静かな温泉のある山奥へ。

 

 しかし、それはあくまで表向きな理由だった。

 

 本当の理由は、10年前……父の知人が起こしたといわれる事件のためだった。

 

 

 

 

 

  2.謀反

 

 

 

 

 

 アルカパよりもサンタローズよりも、遙か東に在るラインハット城。
 あの日、蔵馬の父は、その城主たる王より手紙を賜り、出発したのだ。

 手紙の内容は分からない。
 ただ、急ぎの用事ということだけだった。

 けれど……少なくとも、おぞましい内容ではなかったはずだ。
 梅流が最後に見た彼の表情は、いつものように穏やかだったから。

 

 なのに。
 どうしてだろうか。

 

 蔵馬が旅立って、僅か一ヶ月後。
 アルカパに衝撃が走った。

 ラインハットの兵士たちが隣村のサンタローズへ攻め込んだというのだ。

 突然のことだっただけでなく、元々小村で他国に攻め入られたこともないサンタローズには、なすすべなどなかった。
 ほんの数日で壊滅してしまったらしい。

 

 あまりのことに愕然とする暇もなく、更なる悲報が告げられた。

 サンタローズが滅ぼされたのは……他でもない、蔵馬の父のせいなのだと。
 彼がラインハットの王位第一継承者である皇子を誘拐したというのだ。

 

 

 わけが分からなかった。
 蔵馬の父はそんなことをする人ではない。

 大体、そんなことをする必要もない。
 彼は金や地位などを望む人ではなかった。

 

 けれど、大国に逆らうことは、アルカパの住民全員を危険にさらすことになる。
 例え、昔からの付き合いがあり、彼のことをどれだけ理解していたとしても。

 そんなことをする人でないと、梅流の両親らも言えなかった。

 

 

 

 だが、サンタローズの悲劇は、梅流たちの家族にも多大な影響を与えた。
 『大罪を犯した人間の知人』というだけで、周囲から急に冷たくされるようになったのだ。

 宿屋の客は減った。
 旅人の情報網とは恐ろしいもので、今まで懇意にしていた常連客たちまでが遠のく始末。
 近所づきあいも半減した。

 

 一番の打撃は、姉たちの婚姻だった。
 既に纏まりかけていた紅唖と、恋人のいた流籠……そのどちらもが、愛する人への思いを一度は諦めようとしたのだ。

 

 けれど、流石にそれだけは親として守り抜きたかったのだろう。
 梅流の両親は悩んだ末、紅唖を養女に出した。

 子供のいない初老の夫婦は、ものの分かった人たちで、事件後も梅流たち家族と付き合ってくれていた数少ない常連客だった。
 そして、幸運にも彼らの故郷は紅唖の恋人の住まう町。
 しかもかなりの地主だった。

 逆らわない方がいい、既に親とは縁を切ってあるのだし……と、恋人の両親も納得したようだった。
 無論、恋人本人は最初からカケオチする勢いだったのだけれど。

 

 

 出発の日、まだ幼かった梅流は、姉の涙のわけが分からなかった。

「幸せになってね」

 そう告げたけれど。
 気丈な姉が更に涙し、抱きしめた理由も、理解できていなかった。

 

 蔵馬のように、何処へ行ってしまうのか分からないわけではない。
 梅流も行ったことのある町へ嫁ぐだけだ。
 また里帰りしてくれる……そう思いこんでいたから。

 縁が切れ、二度と会えなくなるなど……夢にも思わなかった。

 

 

 流籠の時には、更に凄まじかった。

 というより、家族が何かをする暇もなかった。

 流籠の恋人・夕狼は、両親が手を打つ前に、いきなり流籠をさらい、カケオチしてしまったのだ。
 ワイルドな見た目に反して、真面目で落ちついた青年だっただけに、皆呆気にとられたものだったが。

 

 けれど、彼ならば。
 間違いなく、流籠を大切にしてくれる。

 そう信じ、家族は流籠の幸せを祈ったのだった。

 

 

 

 

 そして、梅流と両親、2人の兄たちはアルカパを後にした。

 逃げたわけではない。

 もう其処にいても、仕事にならないし、心労がかさむだけである。
 心穏やかな地で暮らしたい。
 それは、決して『逃げ』ではない。

 

 ただ、『自由』を求めただけだった。