第二章 新たな旅立ち

 

 

 

 

 

「お父さん、お母さん。おはよう。今日もいい天気だよ」

 そう言って梅流が話しかけた先に、10年前、彼女を暖かく抱きしめてくれた両親の姿はない。
 ただただ、2本の墓標が静かに佇んでいるだけ。

 

「今日はね、麓兄が久しぶりに食欲があるんだって。だから、今から栄養のあるもの探しに行ってくるね」

 笑顔で告げ、竹で編んだカゴを手に、梅流は村の出口へかけだしていった。

 

 

 

 

 

 1.山村での生活

 

 

 

 

 

 ……此処は、名も無き山奥の村。
 数えるほどしか人の住んでいない、寂れた土地。

 温泉が湧き出ているが、そう大層な効力が得られるモノではなく、此処までやって来る労力と比べると、あまりにも観光資源としては乏しく、旅人などは稀にしかやってこない。
 周囲が高い山と深い谷に囲まれているせいもあって、物好きな冒険者でも、尻込みしてしまう。

 元々、西の山を越えた先の水門を管理するために作られたらしいが、今となってはその水門自体、開ける者はいなかった。

 

 そんな村へ、梅流が家族と共に移り住んで、もう何年になるだろうか。

 両親が身罷ったのも、随分前のこと。
 今、梅流は2人の兄たちと3人で暮らしている。
 村に若い手は他になく、重宝されており、梅流たちの居場所は確実にあった。

 

 少し前から、長兄の麓が具合が悪くなって以来、主な働き手となっているのは次兄の汀兎。
 観光客はほとんどいないといっても、温泉はこの村の資源。
 その温泉を護るべく、源泉と向き合う毎日。

 梅流も村で唯一の女の子として、毎日家事と仕事の両方を頑張っている。
 また、女性としては珍しく、彼女はたった一人でも、村の外へ出られるだけの力を持っていた。

 

 

 

「じゃ、いってきまーす!」

 村の出口で、守番の男性に声をかけ、元気よく走り出して行く。
 微笑ましく見送った彼に、後ろから声がかかった。

 

「梅流はすごいねえ。たった一人で、村から出られるんだから」

 彼の連れ合いである中年の女性は、感嘆の息を漏らす。
 男性はそれに同意した。

「全くだ。この辺りは冒険者も来ないから、モンスターが暴れ放題だっていうのに……強い子だよ」

 パイプを吹かしながら、うんうんと頷く。

 

 

「しかし、何で若い娘のあの子があんなに強いんだろうなあ。男に護ってもらうってのが、女の子だっていうのに」
「何だ、あんた知らないのかい?」
「何が?」

 見上げた先で、女性は溜息をついた。

「大切な人のため、なんだと」
「は? 梅流は末っ子じゃなかったのか?」
「弟妹じゃあないよ。大体、年頃の女の子が『大切』っていうなら、一つしかないだろう?」
「……ああ」

 ようやく気づいて、柄にもなく赤面する男性。

 

「……一体何処のどいつだ。その幸せもんは」
「いずれ迎えに来るんじゃないかい? 汀兎が泣かないといいけど」

 そう言いつつ、女性もまた、その『幸せ者』の顔が見てみたいなと、ひっそり思ったのだった……。

 

 

 

 

 

「ラリホー!」

 梅流の放った攻撃補助呪文が、モンスターに向かう。
 淡い光に包まれたモンスターはぐらりと傾くと、地に伏せり……寝た。

「よし、今の内だ」

 木の実がいっぱい入ったカゴを拾い上げ、梅流は走った。
 モンスターが起きないうちに。

 出来るならば、戦いたくない……傷つけたくないから。

 

 ……子供の頃とは違う。

 梅流は強くなった。

 それも……半端でなく。

 

 

 

 

「蔵馬……」

 魔法を使う度、モンスターと戦う度に思い出すのは、10年前のあの日。
 一緒に戦った時のこと。
 未だ忘れることなき、鮮やかな記憶……。

 

 あの時、梅流はまだ、弱かった。
 魔法は使えても。
 本当に、彼に、護ってもらっていたのだ。

 

 

 彼のために強くなる。
 その一心で、梅流は修行を重ねた。

 師匠はなく、独学だったが、梅流の成長は著しいものだった。
 元々の才能と、そして誰も及ばぬ努力の賜。

 今では、たった一人でモンスターの徘徊する村の外へも出て行くし、場合によっては護衛を頼まれることさえあった。

 

 全ては蔵馬のため。
 彼に再び巡り会った時……彼を助けられるために。

 ……もう二度と会えないかもしれないけれど。

 そうせずにはいられなかったのだ。

 

 

「きっと……会えるよね……」

 答えは返らない。
 けれど、梅流はどうしても会いたかった。

 彼にもう一度。

 

 

 そしてそれは。

 10年前とは違う気持ちも秘めていた……。