番外編

〜雪色の出逢い〜

 

 

 

「!」

 言われた言葉に、瑪瑠は帽子を強く引っ張る。
 脱げていない。
 腰の辺りに手をやるが、長いスカートもめくれていなかった。

 

「どうして……分かったの」

 怪訝に見上げると、彼は笑った。

「似た種族だからな。見れば分かる」

 くくっと笑いながら言った言葉に、よくよく見てみると、確かに彼は瑪瑠と同じだった。

 

 

 

 

 ……帽子と長いスカートに隠れ、一見はただの人間と変わらぬ瑪瑠。

 しかし、彼女は普通の人間とは少し違っていた。

 

 『白狐』

 

 珍しい一族の血を引く、少数民族の末裔。
 中でも、その血が色濃く出、獣の耳と尾を持つ彼女は、帽子と衣装を取り去ると、明らかに一般人とは違う容姿をしている。

 純粋な血族はもう滅んだと言われているが、そもそも故郷のサラボナの町を作り上げた一族で、あの辺りでは血が活性化している者も幾人かはいた。

 

 

 だが、この近辺には全くいない。
 皆無といっていい。
 それどころか、民族の存在すら知らない者までいるくらいだった。

 

 修道院に居る人たちはあまり気にせず接してくれるが、それはあくまでも瑪瑠の内面を知っているからだ。
 まだ子供だった頃から、一緒に生活してきたからこそ、彼女が見た目は変わっていても、良い子なのだと分かっている。

 けれど、修道院を訪れる旅人や遠方教会の神父やシスターは違う。
 瑪瑠を見て、恐れおののく者もいれば、モンスターと勘違いしてしまった者さえいる。
 酷い時には、刃をむけかけられたことまであった。

 

 誤解はしばらくすれば解けるが、新しい者が訪問する度に騒動になっては申し訳ないと、瑪瑠も自分から隠すようになった。

 本当はとても気に入っているのだけれど。
 誇りに思っていることなのに。

 

 

 

 

「貴方は……隠さないんだね」

 見上げた彼にも、耳と尾があった。
 若干色味が違うようで、瑪瑠のが真っ白だとすれば、彼は銀色。

 しかし、どちらも同じ雪色。

 蒼と茶の衣装が若干見え隠れしているが、大きく纏った白い保護色マントで、全身が雪のように見えた。

 

 

 

「俺は人の間で生きる者ではないからな。誰に見られようが、知ったことではない」
「……」

「どうかしたか?」
「……寂しく、ない?」

 瑪瑠の言葉に、彼は少し目を丸くした。

 

「……だって……ひとりは、寂しいよ?」

 

 降り続ける雪の中で、お互いを見つめ合っていたのは、そう長くはなかったかもしれない。

 銀色の狐が音もなく消えた時、瑪瑠は人知れず涙を流していた……。

 

 

 

 

 

 ……それが、瑪瑠と彼との初めての出逢い。

 

 二度目は、春になって、玄関の花に水をあげていた時。
 かろうじて見えるくらい遠くに、銀色の影を見つけた。

 三度目は、夏になって、修道院を抜け出して海で泳いでいた時。
 イルカと戯れていたら、思いっきり水をかけられて、頭から雫が滴っている姿を見られ、笑われた。

 四度目は、秋になって、皆が収穫祭に向かい、一人留守番をしていた時。
 人が大勢集まるからと遠慮したが、やはり行きたかった。
 悲しくて、礼拝堂に佇んでいたら、いつの間にか後ろにいて、頭を撫でてくれた。

 

 

 その次は、また冬になって。
 雪がいっぱい降った、その日。

 砂浜を歩いていた時、彼が笛を吹いているところを見つけた。

 そっと羽織っていたケープを取り去り、歩み寄る。
 横に座ってもいいかと問いかけると、彼は何も言わずに腰を浮かした。
 気を悪くしたのかと思ったが、違った。

 彼は場所をほんの少しずらして、再び座り直したのだ。
 丁度、瑪瑠が座りやすいくらいのスペースを空けて。

 

「ありがとう」

 お礼を言ったが、彼からの答えはない。
 それでもよかった。

 

 

 こんな人は他にいない。

 瑪瑠のことを励ますでもなく、慰めるでもなく、虐めるでもなく、なだめるでもなく……ただ、そこにいる。
 居て欲しい時に限定されることもなく、場合によっては突然過ぎて、びっくりすることも恥ずかしくなることもある。

 

 でも彼が現れると。
瑪瑠はどんな時であろうと嬉しく感じていた。

 

 そこまで考え、ふと思った。

 

 

 

 

「私……貴方が好きなのかな」

 

 

 

 

 

 

 

 ぽつり、呟いた言葉に、彼の笛が止まった。

 止んだ笛の音に、静かになった空気に、己の言葉が蘇る。

 途端、白い中に浮かぶ赤い色。

 

 

 

 

「あ、えっと……その……」

「今頃か」

「え?」

「俺はとっくに気づいていたが?」

 苦笑気味に言われ、瑪瑠はますます赤くなった。
 その頬に大きな手がそえられる。
 笛を奏でるにしては、節々が少し無骨で、男の手というだけではなく……戦う手だった。

 けれど、それに何の違和感も覚えず。
 ただただ、愛しかった。

 

 

 

 

 

「名前は?」

「えっ……」

「お前の名だ。知っているが、聞いたことがない」

 

 出逢って一年。
 そういえば、まだお互いの名も知らない。

 彼は知っているだろう。
 何度もシスターや修道女たちが、瑪瑠のことを呼んでいたから。

 

 でも知識として知るのと、教えてもらって知るのでは、全く違う。

 自分だって、彼の名は彼自身から教えてもらいたい。

 

 

 

「じゃあ、貴方も教えてくれる?」
「ああ……蔵馬だ」

 答えた名に、瑪瑠は少し驚いた。

 

「どうした?」
「ううん。知ってる子と同じ名前だったから、びっくりしたの」
「そうか……」

 何か複雑そうな顔になる彼――蔵馬。
 そんな彼に、瑪瑠は笑って言った。

 

 

「私は瑪瑠! 瑪瑠だよ!」

 

 

 

番外編 終わり

 

 

 

 *後書き*

 瑪瑠さんの恋のお相手は、妖狐の方の蔵馬さんなので。
 ちなみにこの話では、妖狐の蔵馬さんと南野蔵馬さん、梅流さんと瑪瑠さんは、全くの別人です!

 

 

 

 

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