番外編 〜雪色の出逢い〜
「!」 言われた言葉に、瑪瑠は帽子を強く引っ張る。
「どうして……分かったの」 怪訝に見上げると、彼は笑った。 「似た種族だからな。見れば分かる」 くくっと笑いながら言った言葉に、よくよく見てみると、確かに彼は瑪瑠と同じだった。
……帽子と長いスカートに隠れ、一見はただの人間と変わらぬ瑪瑠。 しかし、彼女は普通の人間とは少し違っていた。
『白狐』
珍しい一族の血を引く、少数民族の末裔。 純粋な血族はもう滅んだと言われているが、そもそも故郷のサラボナの町を作り上げた一族で、あの辺りでは血が活性化している者も幾人かはいた。
だが、この近辺には全くいない。
修道院に居る人たちはあまり気にせず接してくれるが、それはあくまでも瑪瑠の内面を知っているからだ。 けれど、修道院を訪れる旅人や遠方教会の神父やシスターは違う。
誤解はしばらくすれば解けるが、新しい者が訪問する度に騒動になっては申し訳ないと、瑪瑠も自分から隠すようになった。 本当はとても気に入っているのだけれど。
「貴方は……隠さないんだね」 見上げた彼にも、耳と尾があった。 しかし、どちらも同じ雪色。 蒼と茶の衣装が若干見え隠れしているが、大きく纏った白い保護色マントで、全身が雪のように見えた。
「俺は人の間で生きる者ではないからな。誰に見られようが、知ったことではない」 「どうかしたか?」 瑪瑠の言葉に、彼は少し目を丸くした。
「……だって……ひとりは、寂しいよ?」
降り続ける雪の中で、お互いを見つめ合っていたのは、そう長くはなかったかもしれない。 銀色の狐が音もなく消えた時、瑪瑠は人知れず涙を流していた……。
……それが、瑪瑠と彼との初めての出逢い。
二度目は、春になって、玄関の花に水をあげていた時。 三度目は、夏になって、修道院を抜け出して海で泳いでいた時。 四度目は、秋になって、皆が収穫祭に向かい、一人留守番をしていた時。
その次は、また冬になって。 砂浜を歩いていた時、彼が笛を吹いているところを見つけた。 そっと羽織っていたケープを取り去り、歩み寄る。 彼は場所をほんの少しずらして、再び座り直したのだ。
「ありがとう」 お礼を言ったが、彼からの答えはない。
こんな人は他にいない。 瑪瑠のことを励ますでもなく、慰めるでもなく、虐めるでもなく、なだめるでもなく……ただ、そこにいる。
でも彼が現れると。
そこまで考え、ふと思った。
「私……貴方が好きなのかな」
ぽつり、呟いた言葉に、彼の笛が止まった。 止んだ笛の音に、静かになった空気に、己の言葉が蘇る。 途端、白い中に浮かぶ赤い色。
「あ、えっと……その……」 「今頃か」 「え?」 「俺はとっくに気づいていたが?」 苦笑気味に言われ、瑪瑠はますます赤くなった。 けれど、それに何の違和感も覚えず。
「名前は?」 「えっ……」 「お前の名だ。知っているが、聞いたことがない」
出逢って一年。 彼は知っているだろう。
でも知識として知るのと、教えてもらって知るのでは、全く違う。 自分だって、彼の名は彼自身から教えてもらいたい。
「じゃあ、貴方も教えてくれる?」 答えた名に、瑪瑠は少し驚いた。
「どうした?」 何か複雑そうな顔になる彼――蔵馬。
「私は瑪瑠! 瑪瑠だよ!」
番外編 終わり
*後書き* 瑪瑠さんの恋のお相手は、妖狐の方の蔵馬さんなので。
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