番外編

〜雪色の出逢い〜

 

 

 

「は〜、寒い」

 天楼の鐘を鳴らすため、屋根の上に出た瑪瑠は、思わず身体を抱きしめた。

 

 瑪瑠は比較的、寒さに強い。
 他の修道女たちが、何枚も着込んでしまう気温であっても、1枚2枚で耐えられるくらいである。
 そんな瑪瑠でさえ、今朝の寒さは口に出してしまうほどだった。

 無理もない。
 屋根から見える景色は、まさに銀世界。
 海とそこから繋がる砂浜が少しだけ色味を帯びているが、他は一面真っ白だった。

 

 

「雪か……お母さんたちの所には、降らないだろうな」

 ふと懐かしくなり、苦笑する。
 深く被った帽子を軽く引っ張った。

 実家のサラボナはあまり雪の降らない地域だ。
 万が一降ったとしても、ここまで銀色には染まらない。

 雪色の景色は、初めて見た時には感動を覚えたけれど。
 今は、何となく寂しい。

 

「元気かな。お母さんもお祖父さんも莉斗も」

 

 

 

 

 

 瑪瑠は、サラボナの大富豪の孫娘である。

 父はなく、母と祖父との3人暮らし。
 けれども、寂しいと思ったことは一度もなかった。
 父のことを知りたいと感じたこともあるが、何となく聞いてはいけないような気がして、一度も誰にも問いかけたことはなかった。

 莉斗は近所に住む幼馴染みの少年。
 瑪瑠より少し年上で、幼い頃から一番の仲良しだった。

 

 けれど、もう随分会っていない。

 

 瑪瑠は今、海辺の修道院で修行中の身だった。
 といっても、瑪瑠は別段、修道女になりたいわけではないし、母や祖父も修道女にするつもりで預けたわけではない。
 礼儀作法を身につけ、勉学を学ぶ……ようするに、知識と生きる上での教養を身につけるためだった。

 特に厳格な祖父は、『可愛い子には旅をさせろ』主義者であり、親元で大きくなることだけが正しいわけでないという思想の持ち主ゆえの判断だったのだ。

 

 自分を思ってのことだと、瑪瑠も理解しているし、此処での生活は決して悪くはない。
 修道女たちは皆、いい人たちだし、シスターたちも親切にしてくれる。
 身分などを気にする人は、此処にはいない。

 サラボナでは「大富豪の孫娘」だというだけで、まだ若い瑪瑠に言い寄ってくる男は、そう珍しくなかった。
 わざわざ遠い修道院へ預けられたのは、そこから離すためでもあったのだから。

 

 ただ……時々、無性に寂しくなってしまうのは、仕方がないことだった。

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 鐘を鳴らそうと、屋根の上に設置された鐘突台を見上げた時だった。
 瑪瑠はきょとんっと首をかしげた。

 真っ白の背景に溶け込んでいるけれど……雪色のそこに、人がいた。

 今日は瑪瑠の当番だ。
 こんな寒い日に、瑪瑠以外の人間が上がってくるとは思えない。

 

「誰?」

 問いかけに、白い影は振り返った。
 最初から瑪瑠のことには気づいていたのだろう。

 全く驚いた様子も見せずに。

 

 

 

「白狐か」