<3 背負う命>

 

 

 

 1階まで降りた一行だったが、そこには誰も居なかった。
 とはいえ、予想はしていたことだったが。

 何せ、それらしい邪気を紅光が感じないと言っていたから。

 

「多分、こっちだろうね」

 1階脇にある階段。
 地下への入り口。
 塔全体を包み込む、嫌な空気の出所だった。

 

「ああ……間違いない。この奥だ」

 ぐっと紅光が息の飲み、それでも先頭きって降りていった。
 蔵馬と碧も続き、モンスターたちが最後尾をつとめる。

 

 

 地下は、今まで以上に嫌な空気で満たされていた。
 元々、魔の種族であるはずのモンスターたちさえ、気分悪そうにしている。

 おまけに入り組み方も半端でなく、蔵馬が一緒でなければ、碧も一生出られないのではと考えてしまうほどだった。
 相変わらず、こういったダンジョンが得意な彼は、一度来たことがあるように、淡々と進んでいくけれど。

 

 

 

 

「……父さん」
「ああ、分かってる」

 とある角を曲がった時だった。
 奥に異様な空気。

 周囲中が異様といえばそうだが、そこはソレがさらに酷くなった空間。

 

 いる。

 直感で分かった。

 

 

 

 

 ズバッ……

 

 

 

 勝負は一瞬だった。

 

 

 

 モンスターを目の前にして、蔵馬を纏う空気が変わった。
 同時に、足元でリオも怒りに唸っている。

 すぐに、分かった。
 こいつが、祖父を殺したモンスターなのだと。

 

「……リオ。こいつは何だ?」
≪……ゴンズ。ゲマの部下の1人だ……≫

 紅光がわざわざリオに問いかけたのは、とても蔵馬に聞ける雰囲気ではなかったから。
 幸い、緊張のせいで、自然と『緋の目』が発動しており、彼女相手ならば、問題ないくらい聞こえがよかった。

 

 

 しかし、最悪はその後だった。

 ゴンズは……蔵馬のことを覚えていなかったのだ。
 当然、彼の父を殺したことも……父のことも覚えていない。

 虫けらだと言わんばかりの態度で……。

 

 

 それが、彼の逆鱗に触れるとも知らず。

 

 

 

 

 床に流れる血は、後から後から吹き出してくる。
 ゴンズは未だに絶命していない。
 にもかかわらず、既に戦える状態ではない。

「あ……ぐ……が……」

 聞き取れぬうめき声が、空洞に木霊する。
 嫌でも苦しんでいるのが伝わり、碧たちは目をそらすしかなかった。

 

 

 勝負は一瞬、だが生死は一瞬ではなかった。

 蔵馬の一撃は、ゴンズから戦う力も生きる力も奪いながら、命は奪わなかったのだ。

 

 

 

「お前は死にすら値しない」

 それだけ告げると、蔵馬はゴンズの横をゆうゆうと通り過ぎ、その背後にあった宝箱に手をかけた。
 中身を取り出し、無造作にポケットに突っ込む。

 そうして、碧たちの元へ戻り、何も言わずに部屋を出て行った。

 

「「…………」」

 あまりの怒りに声をかけられなかった碧と紅光。
 しかし、置いて行かれては困ると、後を追おうとしたが……、

 

 

「……碧?」
「兄さん、ゴメン」

 碧は俯いたまま、背後に右手を回した。

 

 

「……ライデイン」

 ほとばしる稲妻が、今度こそ、ゴンズの命を奪った。

 

 

 

 

 

「殺したんだね」
「……うん」

 廊下の向こうで待っていた蔵馬の顔を、碧は見ることが出来なかった。

 最初から、隠すつもりはない。
 あんな大技使ったのだから、嫌でも気づかれたはずだ。

 

 でも……父に逆らったことは、事実だから。

 

 

 

「ゴメン、父さん」
「何で謝るんだ?」

 蔵馬の声は、いつもと変わらなくて、それが尚更怖かった。

 

「だって……父さんがわざと殺さずに苦しみを与えたのに……無にしちゃったから」
「そうだね」

「だから……ゴメン」

 歩み寄ってくる父が、異様に怖かった。

 だが、一歩に動かない。
 動きたくなかった。
 逃げたくなかった。

 

 

 

「いいんだよ」

 飛んでくると思った平手は、ぽんっと頭に置かれただけだった。

「あのままにしておいたら、碧にはしんどいと思ったんだろう? 俺のことじゃなくて、碧自身のことで」
「…………」

 黙ったまま、頷いた。

 

 そうだ。
 父のことを想ったわけではない。

 碧は……あのままにしておいたら、夢見が悪すぎる。
 後々、後悔するかもしれない自分が、怖かった。

 奪わないことで、背負う命が重かったのだ。

 

 

「だからいいんだよ。俺こそ、すまなかったな。碧に余計なものを背負わせるところだった」
「……いいよ、もう」

「次は確実に殺すから」

「うん……ついでに、俺たちもやるから。ね、兄さん」
「ああ」

 

 

 

 

 だが、それは叶わなかった。

 予想通り、もう1つの目を盗んでいったのは、ゲマ……祖父を殺し、蔵馬と幽助を奴隷にし、挙げ句蔵馬と梅流を石にかえたモンスターだった。

 ゴンズよりは遙かに強く、総出でかからねばならなかったが、静かなる怒りを称えた蔵馬には、到底及ばない。

 

 けれど、やつはゴンズとは違って、プロフェッショナルのようで。

 形勢不利と睨んだのだろう。
 魔王・ミルドラースにこのことを報告せねばと言い残して、消えた。

 

 

 

「……負けてたくせに、偉そうだな」
「負け惜しみだろう。竜の目を拾う余裕もなかったのだからな」

 足元に転がる、金色の玉。
 ゴールドオーブとは少し違うソレを、蔵馬は拾い上げながら、ポケットに手を入れた。

 先ほどしまいこんでいたのと、全く同じ。
 いや、左右対称にはなっているけれど。

 

 

「行こうか。これで、マスタードラゴンの力が手に入る」