<2 ボブルの塔>

 

 

 

 その後、碧がさりげな〜くボブルの塔の位置を問いかけると、老人はあっさりと場所を教えてくれた。

 

 テルパドールの西にある大陸。
 地図を確認した限り、該当しそうな所は一カ所しかない。

 しかもそこは、蔵馬曰く、

「昔、船で旅をしていた頃、行こうとしたことがあった。だが、大陸全体を岩山が囲っていて、入れなかった場所だ」

 

 人を拒む、閉ざされた大陸。
 おそらく間違いはない。

 名ばかりの天空城とはいえ、この高さならば、岩山くらい飛び越えられる。
 桑原がやっていた通りに移動装置である床を操作したところ、天空城は面白いくらい、思い通りに動いた。

 

 ……とうの桑原は、いつの間にかその場からいなくなっていたけれど。

 

 

 

「何処行ったんだろうな? 桑原のおっちゃん」
「城からは出ていないだろう。ルーラが使えたら別だけど」

「……そのことなんだが、父さん」
「どうした? 紅光」

「聞き込み中、妙なことを聞いた。「桑原なんて、天空人、知らない」と」
「……は?」

 漏れた疑問は、蔵馬ではなく、碧だった。

 

「え、桑原のおっちゃん、天空人じゃなかったのか?」
「彼が知らないだけかもしれない。だが、その後2〜3人確認してみたが、やはり誰も知らなかった」

「嘘…ついてたってこと?」

 そう思うと、少し面白くない。
 あれだけあっけらかんとしていたのに、あれが演技だったとでもいうのだろうか?

 

 

「心配することないと思うよ」
「父さん?」

「桑原くんにも、彼なりの事情があるんだろう。少なくとも、悪意はなさそうだから、ほっといていいと思う」

「……そうだな」
「それもそうか」

 蔵馬の確信はないのに、自信に満ちた一言に、兄弟は何となく肩の力が抜けた。
 それは、自分たちよりも場数を踏んでいる彼の、経験からくるカン。

 多分、どんな他人の情報よりも、信じられるものだから……。

 

 

 

 

 天空城は魔法の絨毯よりは、圧倒的に速度があったけれど、それでも件の大陸へ辿り着くまでには、かなりの時間を要した。

 その間にも、いちおう城内で桑原を捜してみたが、やはり見あたらない。
 しかし、「どっかで昼寝でもしてるんだろう」くらいにしか思わず、大陸に着くと、いつものメンバーのみで城を降りた。

 

「城、勝手に移動しないかな? 誰かに動かすなって言っておいた方がよくない?」
「いや、動かしても問題なさそうだ。どうやら、ルーラで行けるようだから」

「ふ〜ん。ならいいけど」

 唯一、ルーラが使えない碧には、その微妙な感覚がよく分からなかったけれど。

 

 

 未踏の地とあっては、警戒心も研ぎ澄まされる。
 が、思ったほど、強力なモンスターは現れず、あっさりとボブルの塔へ到着。

 拍子抜けせざるを得なかったが、問題はここから。

 

「……ドア、開かないな」
「そうみたいだね」

 鍵ではない。
 多分、内側からかんぬきか何かが挟まっているのだろう。
 蹴破っても開きそうになかった。

 幸いにも、横側に階段があり、そこから屋上へ。
 大きな穴が空いていたため、ロープを引っかけて、侵入に成功した。

 

「碧。そのロープどうしたんだ?」
「ん? ボブルの塔のこと教えてくれた爺さんに貰った」
「……用意がいいご老人なのだな」

 呆れ半分に言いながら、最後に紅光が塔に降り立った。

 

 

 

 ボロボロで薄暗く、嫌な雰囲気が漂い、見るからによどんだ空気で充満した内部。
 何だか吐き気さえ催す、出来れば今後二度と来たくない所だった。

「……さて、降りようか」

 最上階を調べてみても、大したものはない。
 となると、降りるしかないらしい。

 

「何とかと煙は高いところが好きっていうのにな……」
「マスタードラゴンの力は、「何とか」じゃないと思うけど……」

 しかし、何もこんなところに隠さなくたって……3人は言葉に出さずに、同意しあった。

 

 

 

 ボブルの塔内部は、外とは大違いに、強力なモンスターばかり。
 といっても、親子3人とモンスターたちの敵ではなかったが。

 此処へ来るまでに、散々戦ってきたのである。
 ようやく、先へ進めそうな手がかりが見つかったのだ。

 今更、こんなところで雑魚に足止めを食いたくない。

 

 

 そして、かなりの階数を降りたところで……、

「? 何だろう、これ……」

 上からも見えていたが、真っ正面に廻ったことで、ソレが何だったのか気づいた。
 巨大な龍の石像。

 獰猛そうでありながら、何処か和やかな空気がある……邪気はない、不思議な像。

 

「両目の部分がくりぬいてあるな。いや、何かがはまってあったのか」

 紅光が首をかしげつつ、石像に触れる。
 確かにそこには、妙な凹みがあり、これから何かを入れるか、あるいは入れていたものを取った痕のようだった。

 

 

「紅光。『緋の目』で見えるか?」
「やってみる」

 すっと瞼を下ろすと、紅光は神経を集中させた。
 リオと話す時とは違い、「見えにくいものを見る時」は、完全なる『緋の目』にしなければならない。

 一度失敗すると、二度目はきつい。
 これからどんなモンスターが現れるか分からないのに、体力を無駄に消費したくはなかった。

 

 

 

「……見えた!」
「何がある?」

「モンスターが2匹……今まで会った連中とは違う。像に残された記憶のはずなのに……強いことがはっきり伝わってくる」

 つうっと紅光の頬に、汗が伝った。
 本気で脅威と感じているのだろう。

 初めて見る兄の姿に、碧もごくりとつばを飲み込んだ。

 

「モンスターは……竜の両目を奪っていったようだ。下へ向かっているから……」
「階下にいるはずだな。扉は閉まっていたのだし」

 言って、蔵馬は紅光の肩に手を置いた。
 転瞬、彼の瞳が碧眼に戻る。

 線の細い手のはずが、何故か大きく見えた。

 

 

 

「ご苦労様。疲れた?」
「いや、平気だ。行こう」