第六章 運命

 

<1 浮いた城>

 

 

 

「おおおおおぉーーーーっ!! すげーすげー!! 城が浮いた! 元に戻ったーっ!!!」

 

 蔵馬が、過去から持ち帰ったゴールドオーブ。
 シルバーオーブと対になるように台座に填め込んだ途端、城はその名の通り、宙に浮かんだ。

 確かに、浮いた。
 紛れもなく、浮いた。

 

 

 ……が。

 

 

「…………」
「…………」
「…………」

 1人はしゃぐ桑原の横で、碧たち親子3人は、微妙な顔を隠さずに黙っていた。

 

 

 そもそも、天空城を訪れた目的といえば。

 本来、行きたかったのは、『光の教団』アジトである『大神殿』で。
 魔法の絨毯でソレがある大陸までは行けたが、そこまで登れそうにないからと、魔界と同じく、人間界との境界の手がかりがあるであろう天空界を探して。
 情報がありそうな塔に登ったら、そこへ通じていた天空城は、どっかに落ちたと言われて。

 ……そして、やってきたのだ。

 

 魔界へ通ずる門の手がかり&大神殿に行く手段となることを期待して。

 

 

 

 ……それがふたを開けてみれば、

「桑原のおっちゃん」
「ん? 何だ?」

「この城……これ以上飛ばないのか?」
「あ? ああ、これが限度のはずだぜ」

「「「…………」」」

 今度こそ、絶句。

 

 無理もない。
 天空城などと、大それた名前のくせに、その城は浮いただけで、全然高く飛んでいないのだ。

 せいぜいが、あの天空への塔すれすれといった高さで。
 本当に、最後の踊り場に直接連結していたような高さでしかなかった。

 

 とてもではないが、あの高さから大神殿には登れない。
 ロッククライミングをやっても、魔法の絨毯を使っても、到達出来ないであろうことは、塔に行っていない蔵馬にさえ、何となく察しがついたらしい。

 揃って、はあ〜っと深い溜息をついた。

 

 

 

 

「桑原くん。適当に城の中、見せてもらっていいかな? 水没していたところも、今なら見られるだろうし」
「おう! 適当にやってくれ!」

 脱力しつつも、天空界の情報もバカに出来ないだろうと、とりあえず城内部を見て回ることになった。
 これで魔界のことが何か分かれば、関連している『光の教団』についても、手がかりがつかめるかもしれないのだし。

 

「じゃあ、俺は書庫を見てくるから」
「私は外回りを」
「だったら、俺、向こう見てくる」

 一緒に行動していても、時間の無駄なので、三手に別れる。
 浮いた後もこの城では、邪気を感じないから、モンスターもいないだろう。

 

 

 

「ふ〜ん……何処にいたんだか、随分賑やかになったな」

 碧がてくてくと歩いていると、先ほどまでは感じなかった気配があった。

 といっても、邪気はない。
 それにあまり強くもない。

 普通の人間のような……でも少し違うような。

 

 そっと柱の影から覗いてみて、分かった。

 沈んだ城の何処にいたのか、気配の主はどうやら天空人たち。
 天空への塔で会った彼とよく似た人たちだった。

 

 城が沈んでいた間、何処に隠れていたのかと不思議になるほど、たくさんいる。
 冬眠でもしていたのだろうか?

 いちおうはこちらが不法侵入のはずなのに、敵対心は感ぜられない。
 その方が、楽といえば楽だけど。

 

 

 しかし、単純に天空人といえば、羽が生えているだけなのかと思えば、どうやらそうでもないらしい。

 中には碧とよく似た容姿の人もいる。
 獣の耳と尾……そうした人は、銀髪や白銀の髪が多かった。

 

 一瞬、白狐か銀狐かと思ったけれど、羽が生えていて。
 だが、違うと分かった後も、「似ている」という感覚は消えない。

 むしろ、何か近いものを深く感じられた。

 

 

 

「……そういえば、『伝説の勇者』って、天から舞い降りたって伝説だったっけ」

 真実か虚像か。
 あまり意識していなかったことだが、ひょっとしたら、本当のことだったのかもしれない。

 

 『勇者』の子孫が何処にいるのか分からないのも、彼が元は天空人で、なおかつ『狐』の外見を兼ね備えた男だったのなら。
 『勇者』でありながら、異端だと言われ、蔑まれることを怖れ、全てが終わった後、姿を消したのだとしたら。

 長い年月の間に、地上で生活する上で必要のない羽が退化、『白狐』という少数民族となったのだとしたら。

 

 

 この耳や尾は、父方の祖母である銀狐の血だと思っていたが、この仮説が正しければ、これは母方の血なのだろう。

 おそらく、梅流の知らぬ両親のどちらか、あるいは更に先祖の誰かに白狐がいたのだ。
 『勇者』となった碧に隔世遺伝したのは、たまたまなのか必然なのかは、分からないけれど。

 

 しかし、同じような外見を持つ『銀狐』もおそらく、『勇者』と無関係ではあるまい。

 魔界との門を守っていた種族なのだから、『勇者』と共に、人間界へ降りたった天空人の子孫なのかも。
 もしくは、元々『銀狐』と『白狐』は同じであったものの、人の間でひっそりと生きる道を選んだ子孫が『白狐』であり、隔絶した社会で生きる道を選んだのが『銀狐』という可能性もある。

 髪の色や瞳の色が、それぞれで統一されたのは、長年の交配の過程での遺伝子の作用と考えられる。
 『緋の目』も天空人の血なのであれば、不思議な力を発揮するのも、妙に納得がいくものだ。

 

 

 

「……ま、関係ないっか」

 今更、『伝説の勇者』の生い立ちやら、『狐』の歴史を考えたところで、何もならない。
 書庫があったから、本当のことも知ろうと思えば、知れるかもしれないが、興味もない。

 大事なのは、今。
 生まれてもいない過去を振り返る暇があったら、先へ進む方法を考えるべきなのだから……。

 

 

 

 

 

「あれ?」

 適当に各部屋を見て回っていた碧は、とある部屋の暖炉の奥に隠し部屋のようなものを見つけた。
 といっても、あまり念入りに隠してあるようには見えない。
 ススがついていないし、ひょっとしたら、暖炉型の入り口なのかもしれなかった。

 訝しみにながらも入ってみると、中にいたのは1人の老人。
 今まで会ってきた天空人の中でも、一際しわが深く刻まれた、少し異質な雰囲気を持つ男だった。

 

「おお……そなたが『伝説の勇者』じゃな」
「……まあね」

「よくぞ…よくぞ、天空城を空へ返してくださったな」
「……俺がやったわけじゃないけど」

 実際、ほとんど父・蔵馬の手柄である。
 碧1人では、どうにもならなかったはずだ。

 しかし、老人は碧の話を聞いているのかいないのか。
 勝手にぺらぺらと話し始めた。

 

 

「天空界には、かつてマスタードラゴンという神がおられた。だが、その能力はあまりにも強大。いずれは人間界へ進出してくるであろう魔界の住人に目を付けられ、やむなくその力をボブルの塔に封印したのじゃ」
「ふ〜ん……ドラゴンか」

 ドラゴン。

 御伽噺か、モンスターの一種だと思っていたが、神として、実在したらしい。
 今更驚かないけれど。

 

 

(まあ、別にどうでもいいことだけど……あ)

 ふと碧は思いついた。

 

 

「そのドラゴンってさ。ドラゴンなんだから、飛べるんだよな?」
「おお、もちろんだとも。その翼は、天空界を遙かなる高みより見守って下さっておられた」

(ってことは、『大神殿』の高さくらい、余裕で飛べるんだ!)

 

 突破口が開かれた。