12.おーぶ

 

 

 

「ルカナン!!」

 梅流の守備力低下魔法が、巨大なゴーストにまとわりつく。
 見る目に、ソレを覆う、黒い膜が薄れていくのが分かった。

 

「よし……いける!」

 蔵馬はブーメランを構え、投げた。
 直撃したゴーストの身体が、ぶわりと膨れて、部分的にバラバラになって散ってゆく。

 だが、まだだ。
 核まで届かなかった。

 

 

「ちっ」

 放たれたメラを紙一重で避ける。

 飛び道具はどうしても武器が戻ってくるまで、無防備になってしまう。
 特に手元から完全に離れてしまうブーメランは、返ってくる放物線上にいなければならない。
 狙われるのは火を見るよりも明らかだったが、しかしその方がよかった。

 

 

 

「蔵馬! 大丈夫!?」
「ああ。梅流! ルカナンをもう一度頼む!」
「分かった! ……ルカナン!!」

 梅流が現在使える魔法は、メラ・マヌーサ・ルカナンのみ。
 決して多くはなく、またメラはあまり得意でないようで、威力は低い。
 が、補助呪文はかなり高度で、ほぼ確実にモンスターを弱めていた。

 けれども、彼女が初めて戦ったのは、今日の昼間。
 やはり、回避などは不完全で、身軽さがなければ、かなり危ういほどだった。

 

 蔵馬が意識して前へ前へ出ているため、モンスターの攻撃はほぼ彼に向かっており、そのためほとんど怪我はなかったが。

 無論、蔵馬はそんなことを彼女に告げはしない。
 だが、梅流はどこかでうすうす感じ取っていた。

 

 

(ゴメンね、蔵馬……)

 

 前に出れば、それだけ蔵馬への危険が増す。
 後ろから援護するしかない。

 そして、彼が気づかせないようにしてくれていることを言えば……彼も傷つく。

 

 言えない。
 だから、せめて。

 

(絶対に。護るから)

 

 足手まといにならないように。
 そして、護れるように。

 それだけが全てだった。

 

 

 

 

「はあっ!!」

 ドスッと鈍い音がして、ゴーストの頭が割れた。
 返ってきたブーメランを、投げずに核めがけて振り下ろしたのだ。

 急所を的確に突かれたゴーストは、断末魔を上げながら霧散していく。
 他のモンスターとは何かが違うソレは、最初から綺麗になることを望んでいなかった。

 何となくだが、気づいていた梅流。
 そのことが少しだけ悲しかったが、それでも。

 

 

「やった…の…?」
「ああ。……ほら、梅流」

 親玉のゴーストが消滅した時だった。
 突然、城内のあちこちから光が飛んだ。
 キラキラ輝くソレは、違わず上へと上ってゆく。
 中には一度蔵馬たちの周囲を回ってから、向かうものもいた。

 

「な、何あれ?」
「多分魂だ。この城で死んだ人たちの……ゴーストが消えたことで、やっと解放されたんだね」
「そっか……よかった」

 梅流は泪を拭った。

 

『ありがとう……』

 

 その声は確かに聞こえていた。

 

 

 

 

 

 ……光を追って、城壁を上った時には、もう夜は明けていた。

 見晴らしの良い塔の上には、ゴーストのことを教えてくれた王と、その妻たる王妃の姿。
 消されたといっても、完全消滅してはいなかったらしい。

 笑顔でお礼を言う彼らは、もうかなり薄くなっていた。
 もうゆくのだろう。

 

『これを……』

 ふわり。
 王の掌が輝き、そこから何かがこぼれ落ちた。

 すっぽりと蔵馬の手の中におさまったソレは、小さな丸い石だった。
 大きな真珠のようにも見えるが、たった今昇り始めた朝陽のように煌々と輝いている。

 

「綺麗……」

 ほろりと梅流が呟くのも無理はなかった。

「何だろう、オーブみたいだけれど。梅流いる?」
「あ、ううん。だって王様たちは蔵馬に渡したじゃない。蔵馬が持っているべきなんだよ、きっと!」

 何となくだが、そうあるべきだと思った梅流。
 蔵馬は何処か釈然としないものを感じつつ、懐へしまい込んだ。

 

 

 

 

 

「それはそうと」

 やっと城が、皆の魂が解放されたのに、蔵馬の顔色は晴れない。

「どうしたの?」
「梅流……俺たち、当初此処へ何しに来た?」

「あ」

 ゴースト退治に勤しみすぎた。
 当初の目的は全く違うものだったはずだ。

 

 

「いなかったね、お城の何処にも」
「ああ……もう死んだ人たちの魂も全部消えているし、ゴーストが滅んだことで城の邪気も消えた。居着いていたモンスターも出て行くだろうし、手がかりがなくなってしまったな」
「そんな……」

 やはり駄目だったのだろうか?
 あの少年は、腕を切り落とすしか方法がないのだろうか……。

 

 ぐぐっとせり上がってくるものを堪える梅流。

 と、その時だった。

 

 

 

「あ」

 塔を降りきった階段の一番下。
 ちょこんっと座っているのは、あの獣だった。

「ど、どうして?」

 驚きながらも、よく見てみると、獣は何かを咥えている。
 藻掻いているソレは、コウモリのように見えたが……。

 

 

「ドラキー…かな。そうか、毒の原因はこれか」
「え? どういうこと?」

「おかしいと思ってたけどね。獣で爪に毒があるなんて、あまり聞いたことがないから」

 苦笑気味に言って、蔵馬は残りの階段を降りてゆく。
 獣は警戒心を緩めてはいなかったが、それでもそこを動かなかった。

 

「つまり、この獣はドラキーに攻撃したかされたかで、爪に体液がついていたんだよ。その爪で引っかかれたから、あの子は毒に犯されたんだ」
「あ、じゃあこの子自体に、毒はないの?」
「多分ね。それもそこそこ知能があるのかな。わざわざ大元を取りにくるなんて」

 どうやら人語を理解していたらしい。
 毒の元を察し、血清を作るための大元を取るために逃げたのだろう。
 まあ、もちろん掴まりたくなかったというのが、一番の要因だろうが。

 

 

 

「じゃあ、帰ろうか」

 獣からドラキーを受け取り、噛み付かないように口を縛った上で、麻袋の中にしまい込む。
 町の医者に頼めば、血清が作れるだろう。

「うん! あ、あなたどうする?」

 梅流が声をかけたのは、立ち去ろうとしていたオレンジの獣。
 何処かへ行くつもりなのかもしれないが、どう見たってまだ子供だ。
 モンスターと戦えるようだけれど、それでも一人きりでは心配だった。

 かといって、町へ戻れば、どんな目に遭うかも分からないけれど……。

 

 

「俺が連れて行こうか」

 何となく出た言葉だった。
 今までも、何度か獣と一緒に旅をしたことはある。
 大体が移動のための馬やロバで、こんな獣とはしたことはないが。

 

『……』

 獣は少し逡巡したようだったが、歩き始めた蔵馬の後ろを着いてきたのだった。

 

 

 

「ね、ね。名前どうしよ?」
「梅流が決めていいよ」
「本当? えっと、それじゃね……リオコ! リオコにしよ!」

 それは、大好きな絵本に出てきた不思議な生き物の名前だった。

「うん。いいんじゃないかな」
「やった! リオちゃん、おいで!」

 振り返った先で、獣のしっぽが小さく揺れた。