11.おばけじょう

 

 

 

「暗いね」
「月は出ていたけど、流石にここまでは差し込まないか……」

 

 はぐれぬよう、2人手を繋いで、城を進んでいく。

 元々は人間が住まっていた城なので、構造はそれほど複雑ではない。
 だが、朽ちて進めぬ場所が多々ある上、何より暗く、ぶつからないように進むのがやっとだった。

 ぼんやりとうろつくお化けキャンドルを頼りにしている状態。
 モンスターといえど、全てが全て敵ではない。
 こちらが興味を示さなければ、無視する輩も珍しくはないことを、蔵馬は知っていた。

 無論、そんな穏やかな連中ばかりでないことも。

 

 

 殺意むき出しに襲いかかってくるものもいたが、新調したばかりの武器であっても、蔵馬の敵ではなかった。
 また梅流の魔法も効果的で、薬草などに頼ることもなかった。

 そして、トドメは全て蔵馬がさしてゆく。
 蔵馬には分からなかったが、梅流には分かった。

 やはり彼に絶たれたモンスターたちは……綺麗になって消えてゆくことが。

 

 

(蔵馬は……やっぱり、『特別』だね)

 消えゆくにしろ、魂が最期、輝いているのが見える。
 来世があるならば、きっと綺麗に生まれてこられるだろう。

 そう考えると、襲いかかってくるモンスターたちは生きているだけで苦しいのだろうか?
 答えは分からない。
 彼らの言葉は梅流には分からないから。

 

 ただ、願うだけだ。

 安らかな眠りを。

 

 

 

 

「この部屋は書庫だったらしいな」

 お化けキャンドルに照らされる部屋には、本棚がいくつも倒れていた。

 床にはボロボロの本が散乱している。
 何冊か手に取ってみるが、とても読める代物ではなかった。

 

「じゃあ、次の部屋に……梅流?」

 

 ふと見ると、梅流が部屋の一点を見つめていた。
 蔵馬もそちらを見ると、そこだけ色が違っていた。
 モンスターがいるのかと思われたが、違った。

 

 

 

「…………」「…………」

 

 

 

 青白い光の中、ゆらりと揺れたのは、美しい女性だった。
 じっと見つめる先で、女性も蔵馬たちを見つめる。

 

 向こう側が透けて見える身体。
 うつろな瞳。
 色のない頬。

 そして、浮いた足……そこから導き出される答えは、一つだった。

 

「幽霊…かな?」
「どうしたの? ここのお城の人?」

 梅流の問いかけに、幽霊は白目と同じ色の瞳を大きく見開いた。

 

 

 

『……貴方たち……怖くないの?』

 当然といえば、当然すぎる疑問だった。
 幽霊を……ましてや滅んだ城にいる亡霊を見て、怖がらぬ者など極稀だろう。

 

「怖くないよ? だって、貴女からは悪い感じが全然しないもん」
「幽霊も初めてではないから。悪霊でなければ、警戒する必要もないよ」

 梅流があっけらかんと言い、蔵馬が淡々と答える。
 梅流は本能的に、蔵馬は冷静に彼女を『危険でない』と判別していたのだ。
 むしろ、蔵馬にしてみれば、生きている人間の方が危険が高いとさえ思っているくらいだから。

 

『そう…なの……ありがとう。怖がられても仕方ないけど、やっぱり嫌だから』

 幽霊は幽霊らしからぬ、砕けた雰囲気で苦笑した。
 どうやら、生前の感情は強く残っており、普通の幽霊より自我は強いらしい。
 手がかりの少ない城、かなり有力な情報源だった。

 

 

 

「あ、そうだ。ねえ、一つ聞いてもいい?」
『私で答えられることなら』
「このお城に獣がこなかった? これくらいでオレンジの毛並みなんだけど」

 手で大きさを作ってみせる梅流に、幽霊は首をかしげた。

『さあ……此処へは入ってこなかったけれど』
「そっか」
『あ、でも』

 ふと幽霊が言う。

 

『私は此処から動かないでいるけれど、主人は徘徊しているの。主人に聞いてみて』
「貴女以外にもいるの?」

 蔵馬が問いかけ、幽霊が頷く。
 何処か悲しげに。

 

 

『……この城で亡くなった人は、皆まだ現世に留まって居るんです。城を攻め落とした魔物によって……いつまでも解放されずに』
「そんなっ……酷い」

 思わず口を手で押さえる梅流。
 きゅっとせり上がってくるものを、必死に堪えた。

 許せなかった。
 そんなこと。

 

「どうすればいいの? どうすれば、皆を助けられるの?」
「……」

 必死な梅流に、蔵馬は黙ってその小さな背を見つめた。
 こうなったら、もう止められない。

 止めてはいけない。
 自分に出来ることは。
 彼女と共にあることだけだった。

 

 

 

『私には……これ以上…しゅ…じ……ん……に……』

 すうっと幽霊が消えた。
 後に何も残さずに。

「消えた……」
「おそらく妨害されたんだ。その魔物とやらに」
「じゃあ……どうしたらいい?」

 見上げる梅流に、蔵馬は言った。

 

「手がかりはあるよ。彼女はおそらく衣装からして、王妃だろうから」
「じゃあ、ご主人って……王様?」

「おそらくね。彼も衣装で分かるはずだ。それに王となれば一族の要。魔物といえど、簡単には消せないだろう」

 探しに行こう。
 暗闇に再び2人は足を進めた。