「待ってたよ。梅流」

 

 蔵馬は寝台に腰掛けた状態で、梅流を迎えた。
 衣服は宿で貸し出している寝間着ではない。
 いつも彼が纏っている旅装束だった。

 彼の部屋の入り口で驚いている梅流の格好もまた然り。

 

 

「行くんだろう? お化け城」
「……うん」

 梅流は頷いた。

 

 

 

 

 

 10.しゅっぱつ

 

 

 

 

 

 獣が逃げ出してからも、蔵馬の動きは迅速だった。
 まず、少年を母親に任せ、子供たちに医者を呼ぶよう指示を飛ばす。
 同時に揺らさず運べるよう、大の大人を2〜3人呼ぶよう、命じた。

 ひどく動揺しながらも彼らが動き出したことを確認してから、蔵馬は宿へと戻る。
 受付を素通りし、梯子を使って屋上へ上がった。
 梅流も慌てて追いかけるが、焦りもあって、流石に辿り着く頃にはやや息が上がっていた。

 

「ど、どうしたの? 蔵馬」
「……ここが町で一番高いだろう? この辺りは草の背丈が低いから、何とか見えるかも」

 そうかと納得し、梅流も身を乗り出して、獣を探す。

 小柄ではあったが、しっぽは大きかった。
 走り出した時にはぴんっと立ち上がっていたし、もしかしたら先端くらいは見えるかも。

 逃げた方角さえ分かれば、あるいは……。

 

 

 

 

「……居たっ!!」
「何処!?」
「あっちあっち!!」

 梅流が指さす方向に、蔵馬も目をこらす。
 日が傾いてきたとはいえ、今日は雲が多く、西の空も赤くない。
 青白い草原に、オレンジ色の毛並みは嫌でも目立った。

 

「北へ向かってる……もしかしたら、お化け城かも!」
「お化け城?」

 問いかける蔵馬に、梅流は答えた。

 

 それは、この辺りの子供らの間では有名な話だった。
 レーヌル城という名のそこは、かつて、この辺り一帯を治めていた王の城だった。

 だが、魔物によって全滅。
 今はそれらの巣窟になっており、人間は誰も近づかない。

 なのに、時折あきらかに人間のような泣き声が響いてくるというので、お化け城と呼ばれていた。

 

 

 

 

「何でか分からないけど、モンスターが吸い寄せられるって噂があるの。だから、もしあの子がただの獣じゃなかったら……」
「分かった。とにかく、皆に伝えよう」

 証拠はないが、今は皆、藁にも縋る思いのはずだ。
 情報としては悪くないと思われた。

 

 しかし、

「危険すぎる。確実にそこにいると断定されたわけでないのに、向かうのはいかん」
「でも、でもそれじゃ、あの子がっ!」
「今、医者が治療しておるよ。それで駄目なら、運がなかったと思うしかなかろう」

 町長がそう言って、大人たちは皆納得せざるを得なかった。
 無論、少年の母親はそうはいかず、一人でも行こうとふらふら出て行こうとしたため、慌てて皆で取り押さえた。

 

 

 頼りの蔵馬の父は、あろうことか梅流の父の風邪をうつされ、二人仲良く寝込んでしまう始末。
 冒険者に頼もうにも、今現在、町に滞在中の旅人は蔵馬と父親だけだった。

 挙げ句、医者の見立てで、やはり毒の元となるモノ、あるいは毒そのものがなければ、治療できないという……。
 今できることは、毒がこれ以上身体に回らぬようにするだけ。

 もしも、これで食い止めることが出来なければ、腕を切断するしかないとのことだった。

 

 

 

 ……そして、夜になった。

 

 

 

「蔵馬は……分かってたの? 私が行こうとするって」

 大人たちの前では言わなかったのに、と梅流は蔵馬を見つめる。

「うん、何となくね。誘ってくれることも。だから待っていたよ」

 笑って蔵馬は立ち上がった。
 手に入れたばかりのブーメランを一度弾いて、腰に装着する。
 薬草も防具も昼間に買っておいて正解だった。

 

 

「じゃあ、行こうか。レーヌル城へ」
「うん!」

 樫の杖を手に、梅流は力強く頷いた。