9.とつぜんのできごと
その後、梅流と蔵馬は一緒に武器屋へ入った。 「蔵馬は何でも使えるの?」 苦笑気味に言って、ブーメランをマントの中に仕舞う。
「じゃあ、そろそろ戻ろっか! 晩ご飯の時間だし。あのね、流籠姉の御飯ってすっごく美味しいんだよ!」 さっきから出てくる名前は、全然違うものばかりである。
「麓兄と紅唖姉と流籠姉と汀兎兄だよ」 梅流はあまり意識していないようだが、一人っ子の上、父と2人きりの蔵馬には、7人家族でも充分、大家族に思えた。
「流籠姉がね。今日の晩ご飯、きのこのシチューだって言ってたんだ!」 などと、のんびり会話しながら、宿へと向かっていた……その時だった。
「いったああああーーーっ!!」
突如響いた悲鳴に、2人は一瞬固まった。 「……今のは一体」 言うが早いか、梅流は駆けだした。
商店の並ぶ界隈を過ぎ、橋を渡った川の中州に、彼らはいた。 オロオロしている彼らの足元には、声の主と思われる子供が痛みに顔を歪めて、悶えている。
「どうしたの!?」 駆け寄って、叫ぶように問いかけるが、返事はない。 「ねえ、どうしたの!?」 今度は見上げて、立ちつくしている少年たちに問いかける。
「く、蔵馬。どうしよう」 蔵馬はこんな時でも、冷静さを失わなかった。 一目見て、状況はすぐに判別出来た。
「この顔色、それに腕の傷の変色……毒、か」 蔵馬に凄まれるように怒鳴られ、少年たちはあわあわと駈けだした。 その間にも、蔵馬が少年の腕に布をきつく巻く。
まもなく、少年らの母親と思われる女性がかけつけてきた。 「ど、どうしたんだい、お前!」 半信半疑だったらしいが、流石に呻く我が子を前に、彼女も焦った。 「待って下さい。下手に動かすのは危険です」 ふと見覚えのない子供だと気づき、狼狽しながら同時に怪訝な眼差しを向ける女性。
「旅の者で、梅流の友人です。それより、彼はおそらく毒を受けています。揺り動かせば、かえって危険です」 言われて、症状が確かにソレだと察したらしく、女性は顔色を変えながらも、子に触れず、 「腕の…これかい?」 視線を送ったのは、兄弟らしい他の子供たち。
「お前たち、何があったんだい? 何に噛まれたんだい?」 傷口からして、小さな虫やヘビではない。 「あ、あ、だ、って……」 「誰も君たちを責めてないよ。これは事故なんだ。だから、理由を知りたい。それだけだよ」 下手に怒鳴っては、子供には逆効果である。
「あ、あれ……」 2人が揃って指さしたのは、近くの植え込みだった。 ……よく見てみると、何かがいた。
オレンジ色の毛並みの……犬か猫か狸かよく分からないが、獣がいた。 警戒心むき出しに、こちらを睨み付けている。
「あれが?」 確かによくよく見てみると、少年の傷はひっかき傷だった。
「動物系の毒……だったら、血清が取れるかも」 女性が声を上げた。 が、その必死の形相に、獣は尚更警戒心を強めてしまったのか、身を翻して、植え込みから飛び出した。
「に、逃げちゃった……」 全員が呆然とする中、ぽつりと梅流が呟いた。
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