9.とつぜんのできごと

 

 

 

 

 

 その後、梅流と蔵馬は一緒に武器屋へ入った。
 少し欠けた銅の剣を売って、子供でも扱える小型のブーメランを購入する。

「蔵馬は何でも使えるの?」
「何でもとはいかないけどね。大体の武器は一通り。ああ、でもあまり重いものは扱えないかな」

 苦笑気味に言って、ブーメランをマントの中に仕舞う。
 旅人なのは一目瞭然であり、武器の所持はすぐに察せられるが、あまり町中で見せびらかしていいものではない。
 あまりに巨大ならば話は別だが、余計なもめ事を起こさないためにも、隠せるものは隠しておくべきである。

 

 

「じゃあ、そろそろ戻ろっか! 晩ご飯の時間だし。あのね、流籠姉の御飯ってすっごく美味しいんだよ!」
「……梅流。気になってたんだけど、梅流って何人兄弟がいるんだ?」

 さっきから出てくる名前は、全然違うものばかりである。
 少なくとも、一人や二人でないことは確かだったが。

 

「麓兄と紅唖姉と流籠姉と汀兎兄だよ」
「5人兄弟……大家族なんだね」
「そっかな?」

 梅流はあまり意識していないようだが、一人っ子の上、父と2人きりの蔵馬には、7人家族でも充分、大家族に思えた。
 そして、やはり末っ子というのは、皆から可愛がられ、同時にその存在に近づく者には敵意が向けられるものなのだと、酷く納得もした。

 

 

「流籠姉がね。今日の晩ご飯、きのこのシチューだって言ってたんだ!」
「この季節なら小春茸かな? シチューには合うだろうね」

 などと、のんびり会話しながら、宿へと向かっていた……その時だった。

 

 

 

 

「いったああああーーーっ!!」

 

 突如響いた悲鳴に、2人は一瞬固まった。

「……今のは一体」
「あっちの方からだったよね」

 言うが早いか、梅流は駆けだした。
 蔵馬も後を追う。
 元々、蔵馬の方が年上の上、男の子で瞬発力も体力もあるため、すぐに追いついた。

 

 商店の並ぶ界隈を過ぎ、橋を渡った川の中州に、彼らはいた。
 梅流と同世代らしい少年たち。

 オロオロしている彼らの足元には、声の主と思われる子供が痛みに顔を歪めて、悶えている。

 

 

「どうしたの!?」

 駆け寄って、叫ぶように問いかけるが、返事はない。
 ただただ「痛い痛い」と呻くばかりである。

「ねえ、どうしたの!?」

 今度は見上げて、立ちつくしている少年たちに問いかける。
 だが、彼らもまた動揺しており、全く受け答えが出来ない状態だった。

 

 

「く、蔵馬。どうしよう」
「ちょっとどいて、梅流」

 蔵馬はこんな時でも、冷静さを失わなかった。
 半泣きになっている梅流の肩をそっと押して、少年の前に屈み込む。

 一目見て、状況はすぐに判別出来た。

 

 

 

「この顔色、それに腕の傷の変色……毒、か」
「毒!?」
「俺たちではどうしようもない。君たち、誰でもいいから大人呼んできて。早く!」

 蔵馬に凄まれるように怒鳴られ、少年たちはあわあわと駈けだした。

 その間にも、蔵馬が少年の腕に布をきつく巻く。
 傷口ではなく、その上に。
 どの程度の毒かは分からないが、町中とはいえ、決して大都会ではないアルパカ。
 ましてや、河原とあって、人の手があまり加わっていない場所では、命とりになるものも珍しくはない。

 

 

 まもなく、少年らの母親と思われる女性がかけつけてきた。

「ど、どうしたんだい、お前!」

 半信半疑だったらしいが、流石に呻く我が子を前に、彼女も焦った。
 抱き起こそうとするのを、蔵馬が制す。

「待って下さい。下手に動かすのは危険です」
「何言って……あ、あんた一体誰なんだい?」

 ふと見覚えのない子供だと気づき、狼狽しながら同時に怪訝な眼差しを向ける女性。
 しかし、旅をしている蔵馬にとっては、この手の顔は慣れたもの。

 

「旅の者で、梅流の友人です。それより、彼はおそらく毒を受けています。揺り動かせば、かえって危険です」
「毒だって!?」

 言われて、症状が確かにソレだと察したらしく、女性は顔色を変えながらも、子に触れず、

「腕の…これかい?」
「断定出来ませんが、見たところ怪我はこれだけのようなので……俺たちが来る直前、痛がる悲鳴も聞こえましたから。でも、状況は彼らの方が詳しく知っているはずです」

 視線を送ったのは、兄弟らしい他の子供たち。
 顔がよく似ているところを見ると、三つ子だろうか?
 しかし、今はそんなことはどうだっていい。

 

 

 

「お前たち、何があったんだい? 何に噛まれたんだい?」

 傷口からして、小さな虫やヘビではない。
 そもそも母親は「噛まれた」と言ったが、歯形ではなさそうなのだ。
 しかし、植物などで切った痕にも見えない。

「あ、あ、だ、って……」
「ぼ、…ぼくら……」

「誰も君たちを責めてないよ。これは事故なんだ。だから、理由を知りたい。それだけだよ」

 下手に怒鳴っては、子供には逆効果である。
 こういう時は、責任がないことを明確にし、冷静に真実を話させるしかない。

 

 

 

「あ、あれ……」

 2人が揃って指さしたのは、近くの植え込みだった。
 もう長い間、手入れがされていないらしいボサボサのそこに。

 ……よく見てみると、何かがいた。

 

 

 

 オレンジ色の毛並みの……犬か猫か狸かよく分からないが、獣がいた。
 上半身しか見えないが、おそらく幼い少年たちでも、簡単に捕まえられるくらいの大きさの。

 警戒心むき出しに、こちらを睨み付けている。

 

「あれが?」
「だ、抱き上げようとしたら……いきなり引っかかれて」

 確かによくよく見てみると、少年の傷はひっかき傷だった。
 深く抉れているため、分かりにくくなっているが、確かにアレくらいの大きさの爪でならば、つきそうな痕だった。

 

 

 

「動物系の毒……だったら、血清が取れるかも」
「捕まえたらいいの!?」

 女性が声を上げた。
 すぐさま立ち上がり、植え込みを振り返る。

 が、その必死の形相に、獣は尚更警戒心を強めてしまったのか、身を翻して、植え込みから飛び出した。
 そして、あろうことかそのまま一番近くの門を走り抜けてしまったのだ。

 

 

 

 

「に、逃げちゃった……」

 全員が呆然とする中、ぽつりと梅流が呟いた。