8.ふたりのひみつ

 

 

 

 

 

 辛かったんじゃない?

 

 ほっとした?

 

 

 

 梅流からの言葉としては、予想外すぎて、蔵馬はぽかんっとしていた。
 そんな蔵馬に、梅流は悩み悩み告げる。

 

「蔵馬の力……なのかな?」
「俺の?」
「うん、だって……消えたスライムから、嫌な感じが全然しなかったから」

 モンスターと戦ったことはない梅流だけれど、先日の商人を襲ったモンスターの気配は覚えていた。

 獰猛で恐ろしく凶暴な気配。
 人間を敵視し、殺すことしか考えていない気配だった。

 梅流が心から恐怖を感じたのは、初めてだったかもしれない。

 今日出逢ったスライムは、彼らほどの殺意はなかったけれど、それでも人間に対する感情は同じだった。

 

 

 

 なのに……何故だろうか?

 

 

 蔵馬が斬りつけた瞬間、それが一瞬で消えたのだ。

 消滅したからではない。
 その直前には消えていた。

 まだ『生きて』いたはずなのに。

 

 

 あのスライムは……少なくとも最期、綺麗に消えていったのだ。

 

 なくなった肉体だけではなく。
 何処へ行くのか分からない魂までもが。

 

 

 

「その…だ、だからね……辛く、なかったの。綺麗になれたから……その…」

 どう説明すればいいのか分からない。
 分からないけれど、本心だった。

 だから、蔵馬に……。

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとう。梅流」

 

 言われ、梅流はきょとんっとした。
 礼を言われるようなことを、自分はしただろうか?

 もしかして……、

 

「あ、あのね! 本当だよ! 嘘じゃないからっ!」
「分かってるよ。俺のために梅流が嘘ついてくれてるわけじゃないっていうのは。だって梅流は嘘つくのが下手じゃないか」

 見れば分かるよ、と蔵馬は苦笑する。

 

 

「『ありがとう』っていうのは、俺はそれが分からなかったからだよ。それこそ、梅流の力なんじゃないか?」
「私…の?」

 今度は梅流がぽかんっとする番だった。

 梅流はあくまでも感じ取っただけだ。
 マヌーサは使ったけれど、攻撃は一切していないから、スライムには触れてもいない。

 何かを出来るわけもないのに。

 

 

 

「俺が特別なんじゃなくて、皆やってることかもしれないよ。むしろ……」
「『むしろ』……何?」

 少し考えてから、蔵馬は言った。

 

「梅流がそれに気がつけるのかも、って」
「え、でも……違うよ、だって」

 以前、兄たちが町の外へ出た時、モンスターに出くわした話を聞いたことがある。
 何とか倒せたが、やはり後味の悪さは顔色に出ていた。
 それだけでなく、モンスターを倒した兄たちには、嫌な感覚がまとわりついていた。

 風呂に入っても落ちない……血とも肉とも違う、負の『気』の感覚。
 教会で清めて貰って、何とか消えたが、それまで兄たちの具合はあまり思わしくはなかった。

 

 

 

 それが、蔵馬にはない。

 だから、迷わず、蔵馬が特別だと思ったのだ。

 

 

 

「でも、その気配。他の人には分かっていた?」
「あ」

 言われ、はたと気づいた。

 そういえば、どうだったのだろう?
 兄たちにはもちろん、家族全員にあのことは告げた。

 

 だが、考えてみれば、彼らは梅流に言われるまで、そのことには触れていなかった。
 てっきり、あまり口に出したくないことだと思っていたけれど。

 だったら何故早急に教会へ行かなかったのか?
 もしかすると、梅流に言われるまで、見えていなかったのかも知れない。

 

 梅流にしか見えない……梅流が『人には見えないものが見える』のだと、悟らせないために、あえて黙っていてくれたのだろうか?

 

 

 

 

 

「じゃあ、2人とも『特別』なのかもね」
「梅流も……蔵馬も?」

「『特別』同士というのも、いいんじゃないか?」

 だから、皆には内緒にしよう。
 蔵馬は笑顔で言った。

 

 

 

 分かっている。

 『特別』なことが、良いことばかりとは限らないことを。
 梅流も察しているから、告げるか告げないか悩んでいた。

 蔵馬も躊躇した。

 

 けれど。
 2人とも『特別』。

 それは何だか……それは良くないことじゃなくって。

 

 

 

 

 

「じゃあ、2人の秘密だね!」
「ああ。それじゃ、改めて……『ありがとう』。梅流が気づいてくれたおかげで、軽くなったよ」

 

 何が……とは言わない。

 

 

 

 けれど、それは確かに梅流に伝わっていた。