7.あるぱかのまち

 

 

 

 スライムとの戦闘後は、モンスターに出会うこともなく、蔵馬たちはアルカパの町へと辿り着いた。
 早々に、梅流の両親が経営する宿へ向かう。

 

「やあ、久しいな。相変わらずのようで、何よりだ」
「具合が悪いと聞いていたが、思ったほどでなくてよかった」

 床に伏してはいたが、それでも自力で起き上がれるし、食事もちゃんと取っているようである梅流の父に、蔵馬の父もほっとした様子だった。

 

 

 

「そっちの子は、お前の息子か。名前は……蔵馬だったかい?」
「はい」

 尋ねたところを見ると、彼とは初対面であるらしい。
 梅流の母と同様に見覚えがなかったため、また覚えていないだけかと思ったのだが。

 

「家内や梅流から話は聞いていたよ。いや本当に、利口そうな子だ」
「いえ、そんな」

 苦笑気味に謙遜する蔵馬。
 と、その時だった。

 

 何か妙な視線を感じた。
 悪意や害意、殺意ではないが……何となく、敵意のような警戒心を感じる。

 視線を巡らそうとしたが、他人の家をジロジロと見回すのはあまりよくない。

 

 最も、子供ならばよくやることだが。
 少なくとも、蔵馬はあまり感心したことではないと思っている。
 それに極端な負の感情ではないようなので、ほおっておいてもいいだろうと、気にしないことにした。

 

 

 

 

 

「蔵馬! おまたせ!」

 父に帰ってきた旨伝えた後、着替えて来いと言われ、私室へ向かった梅流が戻ってきた。
 町娘の纏う可愛らしい衣装は、旅装とは全く違った趣がある。

「? どうしたの?」
「いや、可愛いなと思って」
「そ、そういうことはっきり言わないでよ、恥ずかしい〜(///)」

 照れながらも、嫌ではない……むしろ嬉しさに、頬の筋肉が緩む。
 そんな様すら可愛いなと思っていた蔵馬に、またしても敵意の視線が突き刺さった。

 

 

「……梅流」
「なに?」

「君……お兄ちゃんいる?」
「? うん、いるよ。皆でね、宿の手伝いしてるの!」

 皆すっごく優しいんだよ! とニコニコ言う梅流。
 その様子に、己の予感が的中したことを悟り、蔵馬は内心溜息をついた。

 

「……シスコンって、まあ悪いことじゃないけど……」
「蔵馬? なにか言った??」

「何でもない。外案内してもらえないか? 梅流の町が見てみたい」
「うん!」

 

 

 

 

 

 アルカパの町は、『町』というだけあって、サンタローズの村よりもずっと大きな所だった。
 単純に広々しているだけではなく、路面もきちんっと整えられているし、また家々も大きく、同じ煉瓦造りでも雰囲気がかなり違っていた。

 武器屋や防具屋、道具屋も充実していて、品揃えもいい。
 ただやはり一番大きな建物は、梅流の家族が経営する宿屋らしい。

 

 

「梅流はすごいね。あんなに大きな宿屋で働いているんだから」
「自分の家だもん。皆で護っていかないと!」

「でも、それがすごいと思うよ」

 旅先では色々な人に出会う。
 中には家業を嫌がり、家族を見捨てたという人もいた。
 逆に家族のために、別の何かを捨てた人も。

 ……そういう人たちの話を聞く時、何故か父は少し寂しそうな顔をするのだが。

 ワケを聞いたことは、ない。

 

 

 

「将来はお兄さんが継ぐのか?」
「うん、多分。一番上の麓兄が継ぐんだと思う。紅唖姉たちはお嫁に行くって言ってるし」

 年が離れているらしい梅流の姉たちには、そんな話も来ているのだろう。
 今の時代、女が独身で生きていくのは、修道女でもなければ何処の国でも稀で、やはり年頃になれば、誰でも結婚するのが当たり前に近い。

 とはいえ、梅流の声からは悲観の色合いは全く感ぜられない。
 つまり、姉たちはきっと、その婚姻に納得している……いや、望んだ相手と結ばれることになるのだろう。

 

 

 

 梅流は。

 梅流自身はどうなのだろうか?

 まだ早すぎることは分かっているけれど。

 

 

 

「梅流も……」
「え?」

「梅流も結婚したい?」

 深い意味を込めたわけではない。
 単純に聞いてみたかっただけだった。

 いくら忘れたこともない相手といっても、まだまだ2人とも子供だ。

 

 

 

「うん……そうだね。そう思える人に出会えたら」
「そっか」

 少なくとも、結婚したくない意思がないことに、蔵馬は自分でも不思議なくらい、ほっとしていた。

 

 

 

 

 

 

 その後、蔵馬は道具屋で薬草などを揃え、防具屋で防備を調節した。

 ここへ来るまでにかなり貯まっている。
 何とか、店にある一番良い装備を揃えることが出来た。

 

「自分で全部お買い物するんだね」
「金の使い方を覚えるのも、旅には必要なことだからね」

 子供にはお金を持たせない親が多いのは、旅中立ち寄った村や町で見てきたこと。

 けれど、同じように親の庇護下にあっても、やはり蔵馬はそこら辺の子供とは違うのだ。
 旅の最中には忘れてしまっているけれど、こうして町などに入ると、やはり自覚せざるを得ない。

 だが、それは決して嫌なことではなかった。
 いつ何があるか分からない旅において、無知はそのまま死に繋がる。
 色々な形で、あらゆることを教え込んでくれる父に、蔵馬は感謝していた。

 

 

 

 

 

「そろそろ戻ろうか」
「え? でも蔵馬」
「何?」

「武器屋は? いいの?」

 梅流の言葉に、蔵馬は少し驚いた。

 

 

「……梅流は? 行ってもいいの?」

 気づかないわけにはいかなかった。
 スライムを消滅させた時の、梅流の気の揺らぎを……。

 あの後も気丈に振る舞っていたけれど、何かもやもやしたものを抱えていたのは、気づいている。
 ちらりと見上げた梅流の母は、少し困ったようにこちらを見ていた。

 

 それでも、一緒に戦った蔵馬を責めたりはしなかった。
 あれは梅流が決めたことだから、と分かってくれていた……それが逆に少し、痛かったけれど。

 

 

 

 

「あ、うん。大丈夫だよ。それに……」
「それに?」

「何だろう。どう言って良いのかわからないんだけど……」

 少し悩んだ末、梅流は蔵馬を真っ正面から見上げた。

 蔵馬の言いたいことは分かる。
 スライムを倒したことで、梅流が傷ついて居るんじゃないかと思っている。

 

 だったら、なおさら。

 言わなければならない。

 

 

 

 

 

「辛かったんじゃないの……何だか、ほっとした感じがしたの」

 

 意外といえば意外な言葉に、蔵馬は目を丸くした。