4.ばんごはん

 

 

 

「じゃあ、梅流はお父さんの薬を買いに?」
「うん! 薬師のおじさんがいなくって、昨日は宿屋に泊まったの。でも良かった! おじさんいなくて! いたら、もう朝には帰ってたはずだもんね! そうしたら、蔵馬に会えなかったよ」

 日が完全に落ちた部屋で、2人は並んで、ベッドに腰を下ろしていた。
 灯りを灯さない部屋は月明かりだけでは薄暗く感じる。
 普段なら、その暗さの影に何かを感じ、脅えることさえある梅流だが、今日は違った。

 きゅっと握りしめた右手。
 ほんの少し大きな蔵馬の左手は、暖かくて優しくて。

 そして懐かしい。

 

 

 

 ……ずっとずっと会いたかった。

 

 親に言ったこともある。
 蔵馬に会わせて欲しい、と。

 だが、両親は無理だと言い切った。
 理由は簡単なことで、彼は父親と旅をしている子だから、居場所が分からないのだと。

 この近隣を、趣味やモンスター退治などで旅をしているならばともかく、世界の何処へ行き、何処へ向かうのかも分からない。
 そうでなくても、モンスターの脅威や国同士の争いなどで情報の手段が不足している、この時代。
 連絡の取りようがないのだ。

 

 それでも、諦めたくはなかった。
 忘れられなかった。

 きっといつかまた会える。

 だって、約束した。
 指切りした。
 だから、きっと……。

 そう、信じていた。

 

 

 そして。

 

 叶った。

 

 

 

「蔵馬は何処を旅してたの?」
「何処…って言われても。行く道は父さんが決めているからね」
「そうなんだ」

「でも、世界の何処とは言えないけど。見てきたものなら、話せるよ」
「本当!? ね、ね! 聞かせてほしいな! 世界の話!!」

 梅流はキラキラと輝く瞳で、蔵馬を見上げた。
 好奇心旺盛な瞳は、暗がりでも何となく光って見える。
 蔵馬は微笑を浮かべて言った。

「じゃあ何から話そうか……」

 

 

 それから、2人はたくさんたくさん語り合った。

 蔵馬の旅の話から、梅流が暮らす町の話。
 全く環境の違う2人である。
 ほんの小さな出来事でも、相手にとっては想像もつかないようなこともあった。

 驚き、感激し、時に梅流は潤み……梅流の母が現れるまで、それはずっと続いていた。

 

 

「あんたたち、暗い中で何してるんだい?」

 灯りを持って、階段を上がってきた梅流の母親は、呆れを隠さなかった。

「早く降りておいで。もう夕飯だよ」
「はーい」

 梅流が返事をし、蔵馬も頷いて立ち上がる。
 2人は手を繋いだまま廊下へ出たが、流石に階段が狭いため、そこでしぶしぶ手を離した。

 

 夕食は、梅流の母が一番よく喋っていたが、父や使用人の彼、それに梅流と蔵馬も、たくさん話をした。
 たくさんで囲む食事は、とても美味しかった。

 

 

 

「ところで、あんたたちはこれから何処に行く予定なんだい? また旅に出るのかい?」

 これは梅流の母から、蔵馬の父へ向けての言葉だった。
 それに、一番びくんっと反応したのは、蔵馬の父でもなく、蔵馬でもなく……梅流だった。

 内心は蔵馬も同じ気持ちだったのかもしれない。
 だが、彼はこの年頃の子供にしては、感情を隠すのが上手かった。

 

(蔵馬……また何処かへ行っちゃうの……?)

 せっかく会えたのに。
 一日も一緒にいられないなんて……悲しすぎる。

 

 

 けれど、親の庇護下にいる子供には、決定権などない。
 いや、あってはいけない。

 荒れたこの世界では、親に見捨てられる子供も珍しくないのだ。
 親がいて、守り育ててくれているだけ、梅流や蔵馬は幸せといえる。
 それくらい梅流にも分かっていた。

 けど……。

 

 

 

 

 

「もし、時間があるんだったらさ。悪いんだけど、あたしらとアルカパまで来てくれないかい?」

「「ええっ!?」」

 梅流の母が続けた言葉に、今度は蔵馬も思いきり驚いていた。
 まさか、そんなシチュエーション、想像もつかなかった…といった雰囲気だった。

 子供らの驚きは、特に気にせず、蔵馬の父は問いかける。

「護衛ということか?」
「ああ。行きは、たまたま町に来てた旅の商人の一行に同行させてもらったんだけどね。帰りはどうしようかと思ってたんだよ。この辺りもモンスターの被害が増えてきていてね。昼間でも女子供だけじゃあ、不安だからさ。それに、うちの人もあんたに会いたいだろうしね」
「そうか。分かった、アルカパまで送ろう」

 

「「やったー!!!」」

 

 

 ……その晩、母は、娘の喜びようが、いつも通りのはずなのに、いつもよりずっと大きく見えた。

 ……その晩、父は、息子の喜びようが、いつもではありえないほどだったのに、いつもよりずっと納得してしまったのだった。