5.さいしょのたび

 

 

 

 翌日。
 日が昇るのと時を同じくして、サンタローズの村を出発する旅の一行があった。

 

 先頭を歩くのは、筋骨隆々たくましい蔵馬の父。
 その後ろを子供らが手を繋いで歩き、最後を梅流の母…となっている。

 今回の旅は、蔵馬と父親の2人きりの時とは、わけが違う。
 普段は、多少の危険は承知の上で、そこそこモンスターなどの多発する地域にも足を伸ばている。
 だが、今は梅流たちを安全にアルカパへ送り届けるという目的があるのだ。
 なるべく平原でも見通しのよいところを選び、モンスターの多い森などは、遠回りになっても極力避けていた。

 

 

 

「あ、あれなんだろう?」
「野兎だね。この辺りには多いんじゃないかな」
「そうなの?」

「昨日、サンタローズへ向かう道のりでも見かけたから。野兎は人を怖がるから、滅多に見かけないものだけど。2日も連続で見るなんて、多い証拠だよ」
「そっか〜」

 言っている傍から、警戒心の強い野兎は、茂みへと消えていった。

 

「行っちゃった。可愛かったのに」
「あはは、梅流は本当に動物好きだね」
「うん大好き! 蔵馬は?」
「そうだね……嫌いではないかな」

「? 嫌いじゃないって、好きだってことじゃないの??」
「まあ色々と…」

 言葉を濁す蔵馬。
 別段、嫌ってはいないが、とりわけて好いているわけではなかった。

 

 というのも、蔵馬は何故か、人よりも動物に懐かれやすい傾向にあった。
 もちろん、今回の野兎のように問答無用で逃げることも多い。
 しかし、一般の人が相手では逃げだしたはずの動物が、蔵馬には不思議と懐いていくことが多々あるのだ。

 それが小動物などであればまだしも、巨漢と言うに相応しい動物たちにも同じことが言えるため、時に厄介な事態を招いたこともあったのだ。

 例えば、巨大な牛にじゃれてこられて、踏みつぶされかけたり。
 小熊に懐かれてこられ、勘違いした母熊に殴られかけたり。
 どれも未遂ですんだとはいえ、一歩間違えれば、命はなかった……。

 かといって、むやみやたらに嫌ったりもしない。
 懐いてくれるのは、純粋に可愛いと思うこともあるのだし。

 

 

 

 

 

 その後も一行は、順調に歩き続けていた。

 モンスターの気配のない巨木の下で一晩過ごし、翌日も朝から歩き続け。
 一番歩く速さの遅い梅流に合わせているため、いつもの蔵馬と父の旅よりはゆっくりとしたものだが、それでも2日目の夕刻には町まで後少し…というところまできていた。

 が、しかし。
 そう全てが上手くいかないのが、人生というもの。

 

 

「蔵馬。ここから見える範囲で、モンスターはいるか?」

 父からの問いかけに、蔵馬は真剣に周囲を見渡す。
 見ているだけでなく、他の五感も駆使していた。

 父がこうして問いかける時、それは7割方、近場に敵がいる時。
 こうして、己が感じ取った殺気を、蔵馬にも感じ取らせ、日々腕を磨かせてくれるのだ。

 

「……ここから南西に行った岩陰に。スライム…かな。数は3匹」
「正解だ。どうしたい?」

 やや含みを込めて、父が言った。
 モンスターや夜盗との交戦は、基本的には蔵馬の父が1人で行う予定であった。

 といっても、いくら子供とはいえ、蔵馬も立派な戦力になる。
 もちろん強力なモンスター相手ではまだまだ敵わない。
 が、スライムならば、彼1人でも造作もないことだった。

 

 

「やるよ」

 簡潔に答えると、蔵馬はすっと横を向いた。
 もちろん、前方への注意も怠らない。

「梅流」
「なあに?」

 状況がまだよく分かっていない梅流が、首をかしげながら蔵馬を見上げた。
 彼女の母は、きゅっと唇を噛みしめ、娘の肩を後ろから掴んでいる。
 その手が僅かにでも震えていれば、梅流も違和感を感じ取れただろうが、彼女の母は気丈であった。

 

「俺、これからモンスターと戦闘するから。父さんと下がってて」
「え……大丈夫、なの?」

 不安げに見上げる梅流。

 滅多にアルカパの村から出ないといっても、モンスターがどういう生き物なのか、知らないわけではない。
 実際、サンタローズへ行くまでの間、同行させてもらった商人たちも襲われた。
 梅流と母親は、大きなホロ馬車の中に、他の女子供たちと一緒にいたため、被害はなかったが。

 それでも馬車の外から聞こえてくる悲鳴や叫び声は、今でも忘れられない。
 幸いにも死者は出なかった。
 けれど、モンスターとの交戦を終える後、馬車の中には負傷した男らが担ぎ込まれていた。

 戦いがどれほど危険なことなのか……まさに、一目瞭然だった。

 

 

 

「大丈夫だとは言わないよ」
「!」
「モンスターとの戦いはそんなに甘いものじゃないからね」
「そんな……」

「だから、梅流は下がってて」

 そう言って、蔵馬はずっと繋いでいた梅流の手を離した。
 離そうとした。

 

「梅流?」

 離れなかった。

 銅の剣へやろうとした手を見やると、先ほどよりもずっときつく、小さな梅流の手が握られていた。
 しがみついていた、といっても過言ではなかった。