<黒鵺> 1

 

 

 

「……なあ、蔵馬」

 

とある日曜日。
桑原家のリビングで、ゴロゴロしていた幽助は、正面でお茶を飲んでいる蔵馬に向かって声をかけた。
少し前までは、静流たちもいたのだが、買い物へ出かけ、ついでに桑原も荷物持ちにと連れて行かれたため、今、家にいるのは蔵馬と幽助だけである。

 

「何?」
「あのさ……言いたくなかったら、別にかまわねえんだけどよ。聞いてもいいか?」

不思議そうに顔を上げる蔵馬。
あの幽助が、いちいち承諾を得るなど珍しい。
しかも、言いたくなかったらいいと言うなど……。

 

「…ああ。内容によるけど、何?」

怪訝に思いながらも了解し、真ん中のテーブルの上に置かれたお茶菓子を一つつまみ、上品に口へ運んだ。
そして再びお茶のカップを取り上げたが、

 

「冥界の奴等と戦った時……その…お前のダチに化けたヤツがいただろ?」

 

幽助の言葉に、一瞬動きを止め、飲まずに置いた。
しばらく黙っていたが、大きく息を吐いて、言った。

「……ああ。そんなこともあったね」

幽助に向けたその顔は、微笑んでいた。
しかし、創った微笑であるのは…無理をしているのは、幽助にも分かっている。
昨日今日の付き合いではないのだから……。
やはり聞くのをやめようと、「いや、いい」と言おうとしたが、それより前に、

「それで、何?」

と聞かれ、言うタイミングを逃してしまった。

 

蔵馬は聞いて欲しくないといった雰囲気ではない。
聞かれたくないなら、「それで、何?」などと言わないだろう。
「それが、何?」と言われたら、明かに拒絶しているということになるが、「それで、何?」ということは、つまり続きを待っているわけである。
こう聞かれては、続きを言わないわけにはいかない。

蔵馬は無理が見え見えの笑顔をしていたが、しかし幽助から視線をそらそうとはしていない。
つまりは、待っているということ……。

 

 

幽助は少し考えた後、やはり誤魔化しはやめて、本当に聞きたかったことを尋ねようと思い、

「……あいつに…いつ知られたんだ? ダチのこと」
「…知られたっていうより……読まれたんだよ」
「読まれた?」

蔵馬の言葉に、きょとんっとする幽助。
どういう答えを期待していたとか、想像していたとかはないが、しかしあまりに意外すぎた。
てっきり複雑な経緯があったと思ったのだが……。

蔵馬は頷いて続ける。

「冥界との件が片づいた後、霊界資料室で調べさせてもらった。冥界三獄神について。そこにヤツのことが書かれてあってね。名前は傀麒(かいき)。相手の過去を読み取る能力があったらしい……」
「けど…変じゃねえか? それ……ほら、前に……室田の…タッピングで…」

言いながら、自分もあまり思い出したくないらしく、口ごもる幽助。

 

室田とは、魔界の境界トンネルが開かれようとした際、少しだけ幽助たちと行動を共にした人物である。
盗聴(タッピング)という、領域を広げると相手の心の声が、まるで普通の声のように聞こえてくる能力の持ち主だった。
それを敵に利用され、結局味方の中では、たった一人死んだ人物……その身体は能力ごと、巻原…正確には戸愚呂兄に喰われた。

その少し後、能力・盗聴を手に入れた戸愚呂兄は、蔵馬と対峙したことがある。
結果、それが彼の人生最後の戦いになったわけだが。

 

敗因は、もちろん蔵馬の方が圧倒的に強かったこともあるが、盗聴で蔵馬の心の奥底までは読み取れなかったことも、原因の一つだろう。

蔵馬の心は、何千年も生きてきた妖狐のもの。
人間ごときの能力では、奥底までは読み取れないのだ。
それは妖怪が取り込んで、おそらくはレベルアップしたとしても、同じ……。

とすれば、冥界鬼とて、同じ事がいえるのではないか?

 

 

 

幽助の言いたかったことをすぐに察し、蔵馬は言った。

「確かに、不覚だったよ。背後数十メートルになるまで、気が付かなかったしね。だが、ヤツも俺の過去全てを読み取れたわけではなかっただろうね。いくら何でも、全ては読まれなかったはずさ。いや、おそらく……黒鵺のことしか、読み取れなかったはずだ」
「どうして…」
「黒鵺が……ヤツに近い種族だったからさ」
「…どういう意味だ?」

 

 

「黒鵺は……元々冥界の住人だったんだ」