「……以上だ。質問はあるかい」
茶をすすりながら、幻海が締めくくるように言った。
その前には、三人の若者が少し複雑そうな顔で正座している。
無理もない。
彼女に言われたことは、決して不可能ではないが、少なくとも100%安全という言葉は当てはまらないものである。
少なからず、約一名はかなり痛い思いをすることになるのだろうし……。
しかし、助けてもらった以上、やらないわけにはいかない。
それに町の平和を取り戻すためにも……。
「大丈夫です。何とか…」
「多分…」
「……」
意を決した割りには、結構曖昧な返事だったが、幻海はまあいいかと話を終えることにした。
「ならいい。じゃあ、決行日だが…」
「あの…幻海さん! 一つだけ聞きたいことが!」
先程まで無言だった三人の中の一人が、がばっと顔を上げた。
赤紫の制服に黒髪と眼鏡をかけた、一番年上と思われる若者…。
名門・盟王高校で学年二位をキープしている(…といっても、本人は学年トップを目指しているのだが)、海藤優だった。
いきなりの声に、隣に座っていた黄色の髪の中学生・城戸亜沙戸と薄い藍色の髪の高校生・柳沢光成は、ぎょっとして彼を見やった。
学年こそ違えど、家が近所で小さい頃から仲がよく、割とお互いに知っていると思っていたが、こんな声を出したのは、本当に久々であった。
しかし、幻海には特に驚いた様子もない。
話を遮られたことに関する不満もなく、ただ当たり前のように、
「何だ」
とだけ言って、彼の発言を待った。
もちろんお茶をゆっくりとすすりながら。
「その…今さっき、『飛影』くんって人は、剣技と妖術拳法の達人って言われましたけど…」
「ああ」
「妖術ってことは、つまり……妖怪ってことですか?」
「そうだ」
あっさりと言ってのける幻海。
とはいえ、海藤たちとて、今更妖怪と言われても、それほど驚かない。
どういう点で人間と違うのか、多少興味はあるが、しかし見せて貰った写真を見た限り、彼は普通の人間と何ら変わりなさそうである。
6人で仲良さそうに写っている中、一人だけそっぽを向いて仏頂面な少年。
年はどう見ても、自分より年下だろう。
妖怪というものが、どのように老けていくのか明確でない以上、断定出来ないが、身長は少なくともこっちの方が高い。
目つきは鋭いが、よくある絵巻の『妖怪』とは似ても似つかない……はっきり言って「チビ」である。
元より、自分たちのように、能力を持った人間であると見ても構わない、とも言われているくらいなのだから、あまり意識するつもりもなかった。
では、何故こんなことを聞いたのか?
それは次の質問…正確には次の次の質問のためだった。
「じゃあ、この浦飯幽助さんって人も…」
「奴は人間だ。桑原もな。螢子も人間だが、ぼたんは違う。だが、大した違いはない。人間と思っておっていいだろう」
「……」
じゃあ、南野は……そう聞こうとして、海藤はやめた。
そのためにわざわざ問いかけたのだが……聞けなかった。
あえて幻海が彼についてだけ言わなかったのが、余計に不安をあおったのだろう。
一番知りたかったこと、だがどうしてもいざとなると聞くことが出来なかったのだ……。
そうこうしている間に幻海は決行日を伝え、その日は三人とも帰路についた。
海藤の様子がおかしいことに、城戸も柳沢も気付いており、少し心配していたが、この状況では不安になるのも無理はないと思い、あえて聞かなかった。
家につくと、海藤はいつも当たり前のようにやる勉強もせずに、ベッドに寝転んだ。
思うのはただ一つ。
決行のことではない。
あの写真に写っていた六人。
うち、ターゲットは女性二人を除く、男四人。
人間の浦飯幽助と桑原和真。
妖怪というらしい、飛影。
そして……。
「まさか南野が…な……」
はあっとため息をつくと、棚のアルバムを引っ張り出した。
あまり写真は貼っていない。
特に写真を撮る趣味もないし、学校行事でも特に活躍しないため、撮られる写真はほとんどないのだ。
表彰状くらいなら、結構持っているが…。
高校に入ってからの写真のうち、一番古い写真を見て、またため息をついた。
そこには一年の頃のクラス写真……自分はとにかく地味で、とにかく目立たず、端っこで寂しく写っていた。
最も、別にそれを嫌だと思ったことはないが。
そんな自分とは対照的な少年。
今より十センチ以上ほど身長が低く、髪の毛も肩につくくらいしかなかった。
それでも目立つ存在……燃えるような紅に、早春の緑が光るのは、彼だけだったのだから。
南野秀一。
一年二年と同級生だったが、特に話をする機会もなかった。
互いに存在は知っていても、親しく話したことなど、一度もない。
せいぜいが用事のある時だけである。
だから多分、南野の方が自分のことを深く意識したりしていないだろう。
しかし、こっちはずっと対抗心を燃やし続けていた。
小学校中学校と名門私立を卒業し、今度も全国で五本の指に入る盟王高校に入学したのである。
ここでもトップの成績を維持してみせる。
中学時代からのライバルたちも何人か入学したが、勝てる自信は充分にあった。
名門盟王高校で一位をとり続ければ、何処かの名門大学から推薦もくるだろう。
珍しく胸躍らせた入学だったのに……それは一人の天才によって、打ち砕かれた。
彼……南野秀一は、普通に都立の中学に通っていたと聞いている。
しかし、その成績の良さから何とこの名門高校に授業料免除の特待入学となったのだ。
むろん試験は受けただろうが……聞いた話によると、全科目100点だったとか。
それがショックでなかったはずがない。
もう天が落ちてくるほどの大ショックだった。
以後、彼を意識に意識し、越えてやると必死に勉強しまくった。
クラブ活動も入らず、時間さえあれば勉強。
本を出したりすることもあったが、それも彼よりも知名度をUPさせるためである。
だが、しかし……いつまで経っても越えられなかった。
勉強は元より、他の何においても。
弱体と名高く、一番ヒマとも唄われているが、いちおう生物部に所属しているし、運動神経は抜群。
野球部や陸上、サッカー…色々な運動部からの勧誘が殺到していると噂がある。
パソコンも余裕で使いこなしているし、また母子家庭らしく、技術家庭科も得意だった。
発言力も判断力もあり、何より容姿のよさと、人当たりのよさから、女生徒の人気は絶大。
男子生徒や教師からも、信頼の厚い男。
自分にはないものを当たり前のように持っている。
天は二物も三物も、彼に与えまくっていた。
これ以上、何もないだろうというくらい……。
だが、あったのだ。
『能力者』という物が……。
それだけでも充分驚愕したが……。
先程の幻海の説明を聞いた限りでは、最近目覚めた能力者ではないらしい。
とすれば、もしかすると、ただの能力者ではないかもしれない。
それどころか、もしかしたらもしかしたら……。
『妖怪』
その可能性もあるだろう。
現に飛影という少年は、はっきりと妖怪と言われた。
だからといって、南野もそうだという確証はない。
浦飯幽助や桑原和真は人間らしいし。
だが、何となく……南野は妖怪かもしれない、一瞬だけそう思った。
しかし、すぐに打ち消した。
……飛影という少年のことは、妖怪として知ったが、南野は違う。
同級生であり、相手は気付いていなくとも、自分は一年の頃からずっと目の敵にしてきたライバル。
それが妖怪といきなり言われても……簡単に納得は出来ないだろう。
だから聞けなかった。
聞かなかった。
以前から能力を持った人間、それだけでいいと思った……。
そして決行日。
浦飯幽助の誘拐には成功。
他の三人をおびき出す作戦も、上手い具合に進んだ。
ぼたんという少女が同行してきたが、まあいいだろう。
彼女を含めた三人の魂を抜くのも、造作なかった。
その少し後……南野の能力を見た。
植物を操る力。
しかし、それは攻撃というような感じではなく、それを見て少し海藤はホッとした。
その後負けたのは、やはり悔しかったが……南野は正攻法でしっかりと戦い、そして勝ったのだ。
これは人間にも出来ること。
やはり彼は人間なのだと思えて、嬉しかった。
実際、その後も何ら代わりはなかった。
魔界の扉の事件が解決してからも、南野は南野のまま。
浦飯幽助や飛影と戦うことになったと言った時、少し楽しんでいるように見えたが、しかしそれほど驚愕はしなかった。
悲壮感がなく、楽しんでいるような様子が、海藤にも安心を与えてしまったのだろう。
何週間か学校を休んだ時は、流石に何かあったのではと家に行ってみたが、どうやら一人で旅行に行っているという。
時折電話があるそうだから、生きてはいるらしい。
海藤にはすぐに分かった。
彼は今、幽助たちの元にいる。
そして…戦っているのだろう……。