<真の姿> 2

 

 

 

「……最近、南野くん。来ないねー」

とある女子が言った。
三年の秋。
大半の生徒は、就職だの進学だので慌てふためいている時期だろうが、この女子はこの間推薦入試に受かったらしく、かなりのんびりとしていた。
彼女と話している三〜四人の女子も同様に。

 

「そうだね。つまんないな、南野くんがいないと」
「南野くんは決まってるんだっけ? 進学先」
「さあ…あ、でも就職しようかなとか、前に言ってた気がする」
「えー、もったいない! 天才なのにー!」

わやわやと盛り上がっている女子たちを、恨めしそうに見ているのは、国公立を目指し、連日徹夜の軍団。
目の下のクマがその疲れ具合を表現しているようだった。

ちなみに、海藤はといえば、日本で五本の指に入る有名私立大学から誘いがあり、あっさり合格。
もちろん勉強は続けているが、ぴりぴりしたりしている生徒に比べれば、穏やかなものだった。
今も後ろの入り口を入ってすぐの自分の席で、のんびりと本を読んでいる。

 

と、隣の席の机の上に鞄が置かれた。
ふいに見やる海藤。
そこはずっと空席だったのに……。

 

「やあ、おはよう。いや、久しぶりかな」
「……あ、ああ。久しぶりだな」

驚きながらも、返事を返す海藤。
自分を見下ろす彼は……ずっと来ていなかった、赤い髪の少年だった。

「……か、帰ってきたのか?」
「ああ」
「い、いつから…」

「きゃー!!」
「南野くーん!!」

あっさりと遮られ、ついでに吹っ飛ばされ、押しのけられた海藤。
その彼を心配しつつも、女生徒に囲まれ、質問攻めにあいまくっている南野秀一にそんな余裕はなかった……。

 

 

 

 

放課後。
受験を控え、面接を控えている生徒たちは、手早く教科書をまとめると、教師への挨拶もそこそこに我先にと教室を出て行く。
教師もそれを重々理解しているため、何も言わずに彼らを見送り、そしてある程度人並みが途切れてから、自分も職員室へ戻った。

教室に残されたのは、合格や内定が決まった者と、一部のどうにでもなる主義の変わり者だけ。
ちなみに南野はまだ内定が決まっていないらしいが、人並みに紛れて帰ることもなく、いつものスピードで教科書を整えながら、鞄にしまっていた。

 

「……どうだったんだ?」

海藤が立ち上がろうとした南野に問いかけた。
南野は瞬時に意味を理解したが、気を悪くした様子もなく、笑顔で、

「楽しかったよ」

とだけ言った。
どういう経緯だったのかは、見当もつかない。
まさか魔界全土を巻き込んだトーナメントがあったなど、想像もつかないだろう。

しかし、南野が笑顔でいるのだから、多分本当に楽しかったのだろうと納得した。

 

「そっちは進学先決まった?」
「ああ。そういえば、お前は就職するんだって?」
「義父の会社に。まあ、出来ればだけど」
「……」

出来ないわけがないだろうに。
義父がどうこう言う前に、余ほど人を見る目がない者でなければ、南野を雇わないはずがない。
ということは、内定はすんだも同然か……。

 

 

 

「ねえねえ、南野くん!!」

ふいに一人の女子が南野と海藤の前に立った。
もちろん用があるのは、南野だけだろう。
視線が海藤には全くいっていないのが、いい証拠…。

「何?」
「あのね! さっきみんなで話してたんだけど、今晩肝試し大会やるの!」
「……肝試しって、夏にやるものだろ」
「海藤は黙ってて! ね、季節はずれのお祭りってことでさ。男子他にも何人か誘ってるし、南野くんも来てよ!」
「え、でも俺は…」
「来てね! 今晩十時に校門に集合! 絶対だよ! あ、海藤も来たかったら来ていいよ」

一方的に言うと、女子は仲間の元へ走っていった。
仲間に言ったことを告げると、その場にいた女子全員が、きゃあきゃあ言いながら、こちらを向く。
そして内輪で何やらワケの分からないことを言い合った後、教室を後にした。

 

あまりに突然すぎる出来事に、呆然とするしかない南野と海藤。
しばらく、無言のままでいたが、やがて、

「……どうします?」
「お前、行く気か?」
「行かなかったら、明日が怖い」
「それはそうか……」
「君はどうする?」
「……」

 

 

 

 

 

夜。

仕方がないとはいえ、あまり気は進まぬまま、南野は学校の校門へと歩いていた。
帰ってきたばかりなのに、夜に出かけるのは家族に悪いとは思ったが。
とりあえず今日は早めに寝ると言って、部屋に行き、窓から出てきた。

「…まるで飛影みたいだな…」

苦笑しながら、時計を見る。
約束の時間まで後五分。
あの角を曲がれば、校門まで十メートルもない、余裕で間に合うだろう。

 

……と、角を曲がったところで、南野は少しだけ驚いた。
いるわけないと思っていた人物がそこにいたためである。

「海藤? 来たのか?」
「……」

話しかけたが、海藤は無言だった。
変わりに横にいた三人の男子(おそらく女子たちに誘われたのだろう)の内の一人が、笑いながら言う。

「さっきそこのコンビニでバッタリ会ってさ! ついでだから、強制連行したってわけよ!」

ガハハと豪快に笑う男子。
反対に海藤はげんなりとしており、死ぬほど面倒そうだった。

 

 

「……ところで、女子は? まだ誰も来てないのか?」

ふいにその場に男子しかいないことに気付く南野。
時間はとっくに過ぎている。
学校にはよく遅刻するグループだったが、こういうことで遅刻する子たちではなかったはず……。

「ああ、さっきから携帯にかけまくってんだけどさ。誰も出ねえんだよ」

言いながら、ポケットから取り出した携帯を弄る男子。
リダイヤルボタンを押し、待ち合わせしたうちの一人の携帯にかけた。
しかし、

「あっれ〜。出ねえぞ」
「電源切ってんのか?」
「いや、繋がるから、電源は入ってるぜ。音切ってんのか?」

 

「……少し探してくるよ」

そう言うと、南野は校内へ向かおうとした。

「あ、おい。まだ入ってねえだろ、きっと。遅刻だって」
「俺たちを脅かす準備中という可能性もあるよ」
「あ、なるほどな。んじゃ、俺たちも行くぜ」
「いや、ここで待っててほしい。もし遅刻しているだけなら、全員動くのは悪いからね。後、一人か二人は学校の外側から探してくれないか? 通用門の方にいるかもしれない」
「分かった」

流石に南野のまとめ方は的確だった。
誰一人不平を言わず、自分に与えられた仕事を急ぐ。
三人の男子のうち、一人はその場に残り、一人は三カ所ほどある通用門へと急ぎ、一人は近くの住宅街を捜した。

海藤も最後の男子と同じように、住宅街を歩き回る。
何で自分が……と思いながらも。
塾の帰りに、コンビニに寄ったことが悲劇を生むなど、考えもしなかった……。

 

 

と、偶然とある通用門の横を通った時だった。
学校の中から異様な雰囲気を感じたのは……。

「……何か…いる?」

能力者として目覚めた彼は、普通の人よりも霊力が強い。
こういう変な気は簡単に感じ取ってしまうのだ。

感じられた気は二つ。

邪悪で嫌な感じの気と……。
何だかよく分からないが、大きく冷たい感じのする気……。

 

「……」

悪い予感がし、己の身に危険が及ぶ気もした。
だが、校内には南野が入っていったのである。
いくら彼が強かろうとも、これほど大きな気を相手には出来ないはず……。

自分にはタブーがある。
これなら、相手がどれだけ強かろうとも、何とかなる。
能力はあまり使うなと言われていたが、場合が場合。

 

タブーを発動し、『全ての言葉』にすると、校内へ入っていった。
喋れば自分も魂を抜かれるため、とりあえず口で両手をおさえながら。

妙な気のする方は何となく分かる。
B棟の二階北側廊下といったところか……。

ゆっくり一歩一歩足を踏みしめ、そちらへ向かう。
そこの突き当たりの向こうから、B棟になっている。
ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

すごい殺気だった。

大きくて冷たい、そして…怖いという感情を持たせる気……。
気付けば、邪悪で嫌な感じのする気は消えていた。
どうなったのかは、まだよく分からない。

だが……この大きな気はとても怖かった。
この殺気は自分に向けられたものではないというのに。

 

いくら能力者といえど、元はただの高校生。
あまりに巨大すぎる恐怖に耐えきれず、その場で立ちすくんでしまった。

「(……こ、怖い……かなり…怖い……)」

ガクガクと震える足を押さえきれず、ただただ立ちつくすばかり。
いつの間にか、タブーも解けてしまっていた。
もう一度発動させようとしても、身体が言うことをきかない。

 

逃げたいと思っても、動けないのだから、逃げられない。
いや、逃げたいという気持ちすら、あまりわき起こってこない。
ただ怖いと、それだけしか……。

まるで頭の中まで、凍り付いたようである。

 

それを増長させる出来事が起こった。

突き当たりの右側から……現れたのだ。
あの大きく冷たい気の持ち主が……。

 

「……!!!!」

 

何の言葉も発さず、何の感情もなく……海藤は意識を失った。