<目覚めた時> 1

 

 

 

「起きたか?」

目覚めた時、初めて視界に飛び込んできたのは、見慣れた蔵馬の横顔だった。

意識がなくなった時に見えていたのは、躯のプラチナブロンドだったが……。
彼女の姿は見えない。
そして、ここはあの壊れまくった闘技場でもない。
どうやら医務室のようである。

そこまで考えて、ようやく事態が飲み込めた。

魔界統一トーナメント本戦・二回戦。
飛影は躯に敗れた。
悔いはなかった。
それなりに得たものはあったのだし……。

負けを認めた後のことは、よく覚えていない。
黒龍波を撃ったことによる睡魔に襲われて……結局、そのまま医務室に連行されたらしい。

しかし、よりによって蔵馬と相部屋とは……。

 

前にもこんなことがあったような気がする。
入院部屋が相室だったとかではなく、深い眠りから目覚めた時に、初めて見たのが彼だったということが。

一度目は、そう。
蔵馬と初めて出会ったあの日。
八つ手の差し向けた手先だと勘違いし、自分から襲いかかっていったが、途中で失神して……。
目覚めた時は、見知らぬ家の見知らぬベッドに寝ていた。
声に気づいて振り返ると、そこにはこちらを見つめている蔵馬がいた。

思えば、まともに彼の顔を見たのは、あの瞬間が初めてだったかもしれない。
戦っていた時は、あまり顔のことなど意識する余裕もなかったから……。
だから余計にギクッとした。
微笑みをたたえた穏やかで…そうでありながら何処か侮れない鋭い雰囲気も兼ね備えた瞳。
生まれて以来、色んな敵と戦ってきたが、あれほどの瞳を持つ男は初めてだった……。

二度目は、暗黒武術会でのこと。
決勝戦で武威との戦った後、冬眠した際。
人が寝ているのをいいことに、いつの間にか控え室に移されていた。
だが、あの時もまた……目覚めた時に初めて見たのは、蔵馬だった。

一瞬後にコエンマもいることには気づいたが、幽助たちはいなかった。
先に闘技場へ戻ったとかで、蔵馬は自分が起きるのを待っていたらしい。
子供扱いされたようで腹が立った反面、少し嬉しかったのを覚えている……。

 

だが、そのいずれとも少し違うように見える。
まだぼんやりとする頭を振って、起きあがると、ようやく違いが分かった。

あの時、蔵馬は起きて、座っていた。
一度目は何もせずにこちらを見ていたし、二度目は椅子に座って、何か本でも読んでいたような気がする。

しかし今は違った。

蔵馬も……寝ていた。
眠っていたわけではなく、横になっていたのだ。
飛影が寝ているすぐ隣のベッドで……。
何故なのかは、違いに気づいた時点で明瞭に分かった。

 

全身包帯まみれ。
紅い髪の毛を押しのけるように巻かれた包帯、細い腹に何重にも巻かれた包帯、右上腕部にもかなりの量が巻かれていた。
その全ての包帯の下には、躯が以前自分を治した細い管の束が入り込んでいっている。
おそらく血管も筋肉も神経もズタズタになっていたのだろう。
治癒しようと、管が包帯の下でうねうねと動いているのが僅かに見える。

巨大カプセルの中での治療とまではいかなかったらしいが、もしかしたら他の怪我人でカプセルがいっぱいになっているだけなのかもしれない。
後者の確率の方が高いだろう。
蔵馬の性格を考えると、自分の怪我を差し置いて、他の連中に譲りそうなものである。
本来なら、真っ先に入らねばならないであろうに……。

時雨の燐火円礫刀の威力は、まともに喰らった飛影が一番よく知っている。
腕が落ち、腹が裂かれ、本当の意味で死にかけたのだから……。
思えば、斬りつけられたにも関わらず、蔵馬は右腕がまだ身体についていた。
それだけでも奇跡に近いのに、彼はその後腕を動かしていた。
尚更傷口を広げることになると分かっていて……。

 

しかし、いくら包帯まみれになる深手でも、性格にまで影響を及ぼすことはないらしい。
いつもと変わらぬ、笑顔で起きあがった飛影を眺めていた。

「随分長く寝ていたね」
「……どのくらい寝ていた」
「丸一日ってところかな。大会は全ブロックが三回戦に入ったところ。さっき躯と棗の試合が始まった」
「……」

蔵馬の親切丁寧な返答に何も返さず、無言でベッドから下りる飛影。
毛布を取っ払って初めて気づいたが、自分にも多少包帯が巻かれていた。
といっても、蔵馬の比でなかったが……。
まあ飛影が寝ていたのは、躯から攻撃を受けたからというよりは、冬眠のためである。
いつもよりは時間が長かったが、その分怪我自体の回復は早かったらしい。
右腕の包帯以外を取るが、そこに傷はもうなかった。
改めて横になった蔵馬を見ると、その傷の深さは誰にでも分かるものだった……。

 

 

「……で、貴様はどうした」

蔵馬のベッドの脇に立って、飛影が聞いた。

「時雨との後は、まだ戦ってないよ。前の試合が長引いてたみたいでね。ああ、幽助と黄泉の試合も当分先らしいから」
「だれが試合のことを聞いた」
「は?」
「……何故寝ていると聞いている」

視線を反らさずに問いつめる飛影。
この場合の「寝ている」は、横になっている、という意味だろう。
蔵馬は何を当たり前のことを聞くのだろうという顔で、

「何故って……入院してるところだけど」
「見れば分かる。時雨の試合の後、ずっと入院してるのかと聞いているんだ」
「ええまあ……」
「ざまあないな。一体何時間寝ている」

顔を窓の外に向けながら、横目でだけ蔵馬を見る飛影。
その口調は、少し揚げ足をとるようになっていた。
自分が横になっていて、蔵馬が起きているということはよくあるが、その逆は滅多にない。
今のシチュエーションは、普段の仕返しに絶好だと思ったのだろう。
何分、会う度会う度にからかわれているので……。

 

 

が、次の言葉を聞いた途端、その感情が一気に失せた。

「ほとんど君と同じ時間だと思うけど」
「……何?」

一瞬、固まった後、ゆっくりと顔を正面に向ける(正確には斜め45度ほど下だが)。
何となく嫌な予感がする。
が、聞かずにはいられなかった。

「おい、ちょっと待て。ならば、俺が躯と試合していた時、貴様起きていたのか?」
「起きてたよ」
「何していたんだ!?こんな身体で!」

バンッとベッドの淵を両手で叩き、身を乗り出しながら怒鳴る飛影。
蔵馬は少し驚き、目を見開いたが、すぐいつもの穏やかな顔に戻り、

「何って……貴方の試合見ていたに、決まってるじゃないか。あんな試合見逃せないよ」
「……まさかとは思うが、手当もせずに、か?」
「ああ」

「バカか、貴様は!!」

先程よりも更に声をはりあげる飛影。
廊下はおろか隣の部屋まで響き渡るほどの怒声を発しているのだが、本人は全く気づいていない。
蔵馬は廊下の方から聞こえるざわつきに気づいたが、彼が忠告するヒマもなく、飛影は怒鳴り続けた。

「どれだけ酷い怪我だと思ってる!?並の妖怪なら、生きている方が不思議なくらいだぞ!?」
「……これでも並よりは強いから。現に生きてるから大丈夫だよ」
「『生きてる』程度だろうが!!何処が『大丈夫』だ!そんな体で、俺と躯が闘っていた間、起きていただと!?何を考えている!!」
「……特に何も考えてなかったけど。ただ試合が見ておきたかっただけ。何かありそうだったから……よかったですね、ふっきれて」
「!!……」

言葉が続かない飛影。
大して大きな声で会話はしていなかった。
そうでなくても轟音だらけで、カメラを通したとても、自分たちの交わした言葉が聞こえるはずないのに……。
蔵馬には戦いだけで全てが分かったらしい。
流石…と他の者なら言うだろうが、当の本人である飛影は、ただただ赤面するばかりである。

 

何とか誤魔化そうと、ベッドから離れながら、

「バ、バカにも程がある……次の試合、いつだ」

と、話をそらした。
当然蔵馬には、彼が話をはぐらかそうとしていることくらい百も承知だが、それ以上はつっこまず、質問に答えた。

「君が起きる直前に呼び出しかかったから、もう行かないと……悪いけど、服とってくれないか?そっちの椅子にかかってるから」

布団をのけ、ベッドの淵に腰掛けながら言う蔵馬。
まだ管は動いているが、気にせず包帯ごと取ろうと、引っ張る。
……と、その手を飛影が押えた。

「飛影?」
「……」
「ああ、自分で取れるよ。だから服の方…」
「寝てろ!!」

いきなり叫んで、蔵馬を突き飛ばす飛影。
多少回復しているとはいえ、今の蔵馬に堪えられる力はない。
踏ん張りもきかず、そのままベッドにひっくり返ってしまった。

「いたたっ……」

ベッドの角などにぶつかることはなかったが、突き飛ばされた際、飛影に押された腹の傷がうずいた。
外れそうになっていた管が更にうねり、一瞬開きかけた傷口を一気に修復する。
幸いすぐに塞がったが、包帯が少し血でにじんだ。

 

「そんな傷で出るつもりか」
「……これは貴方がやったんでしょう」
「し、知らん」

しまったと思ったのか、少し気まずそうに顔をそらす飛影。
そのついでに廊下へ出ると、飛影の大声が気になって集まってきた野次馬たちで溢れていた。
彼の顔を見た途端、ざわつき後ずさりする野次馬たち。

が、自分が巨声を発していたことなど気づいていない飛影にしてみれば、「蔵馬に収集がかかっていたのに、来ていないのが不思議だった」くらいにしか感じない。
少し考えた後、近くにいた看護婦を捕まえて、

「おい、貴様。蔵馬は次の試合出られん。実況に言ってこい」
「は、はい……」

一瞬ビクッとしたが、怒っているわけではないと察したらしい看護婦は、そそくさと立ち去った。
と同時に、野次馬たちも我先にと逃げ出す。
随分早急に散っていったと思いつつ、飛影は気に留めず部屋に戻った。