その7 星の下
「よお、久しぶりだな!」
「おう! 元気だったかよ!」
「見りゃ分かんだろ! 俺だからな!」
「まあな!」
「……異様な光景だね」
「貴様も二役だろうが、人のことが言えるか」
ここは、羅院法度(ラインハット)。
十年間飛影と共に奴隷生活を強いられ、脱出後にはしばし共に旅をした王子の幽助の故郷である。
かつて偽皇太后−−モンスターによって、散々に荒らされた国だが、ようやく以前の活気を取り戻しつつあるようだった。
化けていたモンスターが倒されたことで、本物の皇太后も解放され、その実の息子である現王(よーするに幽助の異母弟)も、以前飛影たちが出会った頃より元気になっている。
王家に、明るい光が、差し込んでいるようだった。
……留羅月草は、あの後、日が完全に落ちた時、自然と見つかった。
それも至極簡単に。
確かに、大まかな地図だけでも余裕で見つかるだろうと断言できるほどに。
夜の帳が落ち、薄暗い森の中。
そこだけが月の光を受け、淡く光り輝いていたのだ。
帰り道も、モンスターとの戦闘などを予想していたが、それも雑魚程度の連中とちょこちょこ出会った程度。
イベントとしては簡単な方だったろう。
村へ戻り、草を渡すと、呪文はあまりにあっけなく完成した。
……が、その後が大変だった。
前回のゲーム、飛影は最初から最後までずっと盗賊。
賢者に転職した蔵馬とは違い、帰還魔法など覚えられるはずもなかった。
だから仕方ないといえば仕方なかったのだが……。
「う、うわあああ!!」
「ぎゃあああああ!!」
「ひ、飛影! 行き先考えずに呪文唱えたら駄目だって!」
「う、うるさい!」
……何も考えず、適当に呪文を唱えたのが、不味かった。
確かに例の老人は「呪文を言えばいい」とだけ言ったから、飛影だけに非があるわけではないが。
それに、飛影はいちいち村や町の名前を覚えてなどいないのだから、自然と何処かへ…ということすらないのは、必定。
結果、行く先が分からない魔力は翻弄され、蔵馬が「羅院法度! 幽助の城!」と叫ぶまで、延々空を巡り続けたのだった……。
「王位は弟が継いでるんだね」
「ああ。あいつは返すっつったけどな。俺、いらねえから、お前が王やれっつったんだ。面倒だし、そういうの向かねえし」
「あはは。幽助ならそう言うと思った」
のどかな会話が流れるここは、王子の幽助の私室。
王位は譲ったといっても、王家の人間であることには変わりないので、城の中でも上階で、しかもかなりいい部屋を貰ったらしい。
本人は、
「広すぎて落ち着かねえこともあるけど、まあまあいい」
という意見だが、どっかりとソファに腰を落ち着かせているところを見ると、そこそこ気に入っているようである。
最もその天井にドデカい穴が開き、お空が見え、絨毯が破れてシャンデリアが落下しているという光景は、相当異様なもんではあるが……。
……留羅により、羅院法度へと飛んだ一行は、ぐるぐる空を流され続けたせいか、今までのようにまともに国の入り口に着地できず、いきなり城へと突っ込んだのだった。
旗を折り、レンガの屋根を突き破り、煌びやかな天井を破壊し、シャンデリアに絡まるように落ち、豪華な絨毯へとめり込んだ……のは、桑原だけだったが。
後3人は、とりあえず天井を破壊後、上手く身体をひねって綺麗に床へと降り立ったが、不法侵入…しかも相当非常識な方法での侵入であったことは否めない。
偶然とはいえ、そこが幽助の私室だった上、本人が珍しくも出かけずに居てくれて、本当によかったと言えるだろう。
いくら幽助同士、同じ顔をしているとはいえ、王子の幽助が不在であれば、そのまま牢屋に放り込まれていても不思議ではない。
もちろん、王子の幽助もある程度は呆気にとられたものの、元々非常識が常識である彼。
十年前に別れたっきりだった蔵馬がいたことには、驚きながらも興奮し喜んだものの、それ以外については大したツッコミもいれず、「者供、であえであえ」状態で雪崩れ込んできた家来たちも適当に追い返し、天井と屋根と絨毯とシャンデリアはほったらかしたまま、現在に至っているのだった……。
「みんな、お茶入ったよ」
「あ、サンキュ」
奥の部屋から、人数分のカップとティーポットをトレイに載せ、長いスカートを少し歩きにくそうにしながら現れたのは、一人の少女。
その顔を見た途端、桑原がぎょっと声を上げた。
「け、螢子ちゃん!? 何でここにいんだ!?」
桑原が驚くのも、ある意味無理はない。
彼が螢子と共に行動したのは、飛影らと戦って仲間になった後、彼女の力が必要とかで付き合ってもらった僅かな期間。
偽太后との戦いは危険だと、そのまま世話になっていた教会で過ごすことにしたはずである。
それがいきなり現れたのだから、驚かずにはいられないだろう。
が、しかし。
「今更何言ってんだ、桑原」
「え、だってよ! …ありゃ?」
呆れた声に周囲を見渡してみれば、どうやら驚いているのは自分一人らしい。
王子の幽助は元より、モンスターの幽助も蔵馬も飛影も全然驚いていなかった。
唖然とする彼に助け舟を出すように、蔵馬が苦笑しつつ、言う。
「ここへきてすぐ会ったじゃないか」
「へ? そうだったか?」
「フン。貴様があれに絡まってもがいていた時だ」
顎をしゃくって飛影が差したのは、壊れて原型を留めていないシャンデリア……。
実はここへ来た直後。
屋根が壊れた轟音に、カーテンで仕切られたキッチンにいた螢子も顔を見せたのだが、唯一シャンデリアに絡まっていた桑原には、螢子の姿が見えていなかったのである。
というか、現状打破が最優先で、他3名が暢気に王子の幽助との再会を懐かしみ(一名はかなりうざったそうではあったが)、螢子が来ていたことにも驚いたり納得したりしていたことも、全然気がつく余裕がなかったのだ。
「んだよ。知ってるなら、教えろよ」
「気付いてねえなんて思わねえだろ。すぐそこにいたんだぜ」
「フン、この程度の距離で気がつかんとは。莫迦め」
「誰が莫迦だ誰があー!」
「貴様以外の誰がいる」
「てめえ!!」
「……止めなくていいんですか?」
「いつものことだから。それより、お茶美味しいね。ありがとう」
「いいえ、そんな」
ぽっと頬を赤らめる螢子。
蔵馬ほどの美形に褒められれば、当然悪い気はしない。
恋情こそないが、彼の美形さには、一種憧れのようなものさえ抱いているのだから。
積もる話もあるだろうということで、出発は明日になり、その日一行は城に泊まることになった。
幽助の部屋は先ほど彼らが居た場所だけではなく、更に奥や上や下があり、とにかく広い。
彼の客専用の客間まであり、ずっと安い宿屋で雑魚寝していた4人には広すぎるほどだった。
「飛影」
バルコニーから外を眺めていた飛影に歩み寄る蔵馬。
客間の寝室では、既に桑原がグースカ寝息を立てている。
幽助は上の部屋で本人同士盛り上がっているらしい。
そのうち、螢子が止めるだろうが、当分は飲み止めないだろう。
「心配?」
「何のことだ」
「雪菜ちゃんのこと」
「……」
図星を言い当てられ、二の句が告げない飛影。
あの日、このゲームへ入り、船から下りたあの時。
すれ違い程度だが出会った妹。
本人は思った以上に馴染んでいたし、前回のゲームのように、自分たち外から来た者は死なない、死んでも生き返れる。
そう思っていた。
だからそのままにしておいた。
また会えるのだから…と。
……まさか、コエンマが死ぬとは思わなかった。
あんなにはっきりと殺されるなんて思わなかった。
幽助が螢子をここへ連れてきたのも、あれのせいだろう。
一度目は偽太后がいたから連れてこられなかったが、その恐怖が取り除かれた今、一番安全なのは、傍で守ること。
幽助は迷わず決行したのである。
今、雪菜は何処でどうしているのか。
全く見当もつかない。
あの時の船が何処へ行ってしまったのか。
十年も前のこと、調べられるはずがなかった。
自分もあの時…そう思わずにはいられなかった。
あの後、奴隷生活を強いられたのだから、連れて行かなくて正解だったかもしれない。
…かもしれないけれど……。
「会えるよ、きっと」
「……何処に根拠がある」
「ゲームの傾向からして。後は俺の勘」
「……あてになるか」
言って、視線をそらす。
眼下には煌く町の灯りが広がり、城壁の向こうには暗い森が…けれど、空には星空が広がっていた。
この星の……どれか分からないが、きっとその下に、雪菜はいる。
蔵馬の言の葉は飛影にとって、何よりも安堵を与えてくれるものだった……。
第二章 終