その6 死んだら許さない
「信じてたから」
蔵馬は笑って言った。
楽しそうにも嬉しそうにも面白そうにもしていない。
極自然な……当たり前の笑顔だった。
そして何一つ、嘘を言っていなかった。
「君は絶対に死なないってね。だから、また会える」
「……ゲームだから、か?」
「それもまああるけど」
一呼吸置いてから、蔵馬は淡々と言う。
まるで、新聞で興味のない記事を読むように、当たり前のこととして。
「一番は君だから、だよ。たとえゲームだからって、負けず嫌いな君があんな連中に負けっぱなしで死ぬなんて、ありえない」
「……」
そういえば、すっかり忘れていたが、負けっぱなしだったのだ。
10年前のあの日、叩きのめされて意識を失って。
次に意識が戻った時、あのモンスターたちは既におらず、ついこの間まで働かされていた神殿に運び込まれていた。
しばらくの間は、連中への恨みつらみを抱いていたが、厳しい現実に思い返す時間も次第次第に減り……今、思い出されるまで、それこそ遺跡へ蔵馬を探しに行った時にさえ、思い出さなかった。
蔵馬がいない。
そのことに気をとられすぎていて。
あの連中が今何処で何をしているかは分からない。
だが、いくら10年経過したとはいえ、あれだけの実力者、そう簡単に死ぬとは思えない。
この世界の何処かにいる。
そう思うと、今更だが怒りがこみ上げてくる。
そもそもあの連中さえいなければ、コエンマは死ななかったし、10年も奴隷生活を強いられることもなかった。
……蔵馬と10年もはぐれてしまうことも。
心配することも、ほっとしすぎて苛々することも、なかったのだ。
思い出すと、途端に怒り沸騰。
仮にここに連中が現れれば、即座に斬り殺すくらいの感情が沸いて出た。
「あいつら〜(怒)」
ざくっ ビシッ!
苛立ち紛れに、剣を岩に突き立てる。
割れこそしなかったが、やたらと大きなヒビが入り、夜になりかけた森に響き渡った。
「やっと飛影らしい顔になったね」
「……何のことだ」
「ん。素直に怒ってるから。さっきまでの君、何に対してどう怒ればいいのか、はっきりしなくて。欲求不満って顔に書いてあったよ」
「……」
“欲求不満が面中に広がってたぜ”
以前、幽助に対して告げた言の葉。
まさか、蔵馬から言われるとは思わなかった。
けれど、確かにさっきまでの飛影は、あの時の幽助とよく似ているように思う。
立場も状況も違うけれど、自分の思い通りにならなくて、空回りして、頭がぐちゃぐちゃで。
こうして、素直に怒りを抱いて、初めて逆に冷静になれた。
自分が殺意を持つべき…倒すべき相手のこと。
そして何故、ここまで苛々していたのか。
何に対して、一番怒っていたのか。
怒りたいのに、素直に怒れず空回りしていたのか……分かった。
いや、理解した。
理解すると今度は……さっきとは別の意味で、頭が痛かった。
眉間のしわが深くなるのが、自分でも分かる。
がりがり頭をかく振りをしながら、蔵馬から視線を外し、背を向ける。
真正面から見つめているのが、耐え難かった。
「でもさ」
ふいに蔵馬が言った。
「無理ないよ。俺はただの1モンスターに過ぎないんだから。死んだと思っても」
「!!?」
はっとし、思わず彼を振り返った。
蔵馬は何処か困ったように苦笑している。
しかし、それは全てを分かっていたから……飛影を理解していたからこその、笑みだった。
そう。飛影がずっと怒っていたのは、自分。
自分に対して、怒りを感じていたのだ。
上手く発散できず、空回りしていたのは、原因が自分でも分かっていないようで、その実はっきり分かっていたから。
案外、怒りの原因とは、最初から分かっている方が解決しにくいものである。
つまり、
『蔵馬が死んだと一度でも思った自分』
に、怒っていたのだ。
彼の強さを誰よりも一番知っているとは言わないが、少なくともそこら辺の妖怪どもよりは知っているつもりでいる。
妖力や体力は、ゲーム内では関係ないにしろ、精神力だけは変わらない。
何千年も、それこそ自分の何十倍何百倍も生きてきた彼。
極悪非道の盗賊妖怪と恐れられるほどの精神。
時として、氷のような冷酷さは、己の心を何処まで制御できるかを表している。
その精神の強さと恐ろしさを考えれば、例え子猫の姿であろうと、重い剣を携えていようと、生きてこられたに決まっている。
どんな手を使ってでも、どんな卑劣な方法をとってでも、必要なことと割り切って、何処までも冷たく。
それでも、生きていける。
孤独になど殺されやしない。
家族や仲間という守るものが何もない以上、彼は自らを何よりも守りぬく。
いつか再会する、その時まで、と……。
それを一度でも、思ってしまったのだ。
もしかして…や、万が一…程度であっても、思ったことに変わりはない。
こんな彼が死ぬわけないのに。
思ってしまった自分が恥ずかしくて、思ってしまった自分に怒りを抱いていたのだ。
しかし、怒りの原因が分かっていても、自分に対してでは発散も出来ずに、八つ当たり……まるで子供のやること。
尚更、自分が恥ずかしい。
頭痛もする。
……けれど、蔵馬は。
そんな飛影すら、全て見抜いていた。
そして、受け入れてくれていたのだ。
あえて幽助や桑原の前では、何も言わず。
2人きりになれるまで、ただ待って。
飛影が1人で解決できそうならそのままにしておいただろう。
欲求不満で爆発する前に、止めたのだ。
離れていた10年間を微塵も感じさせぬ大きさ。
居心地が悪いような、いいような。
むかつくけれど、心地よい。
初めて出会ったあの日から、一切変わらぬ……優しさだった。
「……ふざけるなよ。死んだら許さん」
「はいはい」