その5 ツーショッツ
そして、一行は次の村へ到達。
かなり入り組んだ村だったが、方向感覚の優れた蔵馬がいるのである。
大した苦労もなく、宿に泊まって疲れを癒し、翌朝には買い物も済ませたのだった。
「や〜っと、果物ナイフから卒業か!」
「武器! 初・武器かー!! やっぱ、何かないと落ち着かねえな!」
普段は素手のみで霊丸ぶっぱなすのみの彼だが、ここへ来て、ゲームにおいては何も装備してないということが、どれだけ不利なのか、よ〜く分かったらしい。
桑原は果物ナイフを売って、鋼の剣。
幽助は鋼の牙を装備することとなった。
「飛影はいいね。それがあるから」
「……」
蔵馬が言うのは、10年もののボロボロの剣のことではない。
あれは既に路銀のタシにするために、売り払ってある。
彼が言ったのは、飛影が今手にしている剣。
鋭く研ぎ澄まされたそれは、以前コエンマが使っていたものである。
そう、コエンマが消滅した際、僅かな服の断片と共に残され、唯一形を留めていたもの。
蔵馬は飛影たちがいなくなった後も、それを持ち続けていたのである。
モンスターである蔵馬には装備出来なかったが、持ち運ぶくらいは出来たという。
「いつか会った時、君に渡そうと思ってね。多分、君になら使えると思ったから」
当たり前のように語ったが、そんな簡単なことではなかったろう。
今でこそ、成人しているが、飛影たちとはぐれた当時、彼は子猫だったのである。
それこそ、子供だった飛影よりも格段に小さな……。
いつ頃から今のサイズになっていたのかは分からないが、楽々と剣を持ち歩けるほどの大きさになるには、相当の時間を要したに違いない。
第一、モンスターが装備もできない剣を持ち歩いている姿など、人間から見てもモンスターから見ても異様。
モンスターには、必要以上に襲われただろうし、人間には珍しいものを持っていると追われたはずである。
偽太后が遺跡を執拗に調べさせたのも、もしかしたらこれが狙いだったのかもしれない。
だからこそ、蔵馬は大陸を隔てるほど遠くまで移動しなければならなかったのかも……。
そうまでして剣を持ち続けたのも、それがとても攻撃力の高いものであり……いつかは再会する飛影に渡すため。
手放さなかったことで分かる。
彼は一度も、飛影が死んだと思わなかったのだ。
「……バカが」
ゲームだから……ということくらい、分かっている。
彼は結構ゲーマーだ。
ゲームの筋書きの予想をつければ、主役が死ぬわけがない。
だから、彼の考えは間違っていないけれど……。
10年。
あまりに長い時間、彼はずっと1人だったのだ。
地獄の奴隷生活を強いられたとはいえ、幽助と一緒だった自分と違って。
子猫の姿で。
大人になったとしても、モンスターの姿。
それも自分たちが見つけやすいように、罪まで犯しても。
装備できない剣を持って。
人からもモンスターからも逃げ続けて。
どんな生活だったのかは、想像もつかない。
常の彼ならばそれほど苦労はしなかったかもしれないが、ここは全く別世界なのだ。
それを……。
全てはいずれ再会する時のためだけに……。
「なあ、本当にこの辺にあんのか? その……『るりゃみゅんぐさ』って」
「留羅月草(ルラムーンそう)だよ、幽助……多分ね。地図によれば、この辺りのはずだ」
「つってもな〜」
ぐるり周囲を見渡す幽助。
「森ん中で、周り中全部草か木じゃねえか」
「岩もあるけどね」
「そういう意味じゃねえ! どれがそうなのか分かんねえっつってんだ!」
彼の言い分も最もである。
蔵馬は苦笑しつつも、「そうだね」と頷いたのだった。
……事の発端は、今朝。
買い物をすませて村の探索を進めていると、中心地から外れた場所に、一軒の小屋を発見したのである。
そこで出会った老人−−誰か、ではなかった。本当にただの老人−−に、頼まれごとをしたのである。
どうやらイベントらしいと蔵馬が言うので、とりあえず話だけでもまず聞いてみることにした一行。
で、老人はとある呪文を完成させるべく、ある植物を探しているというのだ。
それが、留羅月草(ルラムーンそう)。
名前からして、何を覚えるのか大体見当はつくが、つくからこそ、これはイベントをクリアせねばならないと、そそくさ行くことにしたのである。
場所は大まかにだけ教えてもらったが、その地点までやってきたら、この有様。
周り中、草・草・草。
木も岩もあるが、ほとんど草だらけ。
大体の形は聞いていたけれど、それもとりわけ珍しいものではなく、ぱっと見は、普通の草と見分けはつかないとのことだった。
つまり、手がかりはほぼゼロ。
地図で指し示された場所へ行けば、見つかりやすいのかと思って、気安く引き受けたのが裏目に出たのだった。
「まあ、こんなことだろうとは思っていたけど」
「おい……」
「簡単に見つかるようならイベントにならないだろう?」
「……そりゃそうだが」
「けどよ。難しくたって、見つからねえと話にならねえんだろ? 何か手がかりとかねえのか?」
ちょっとはゲームについて考えるようになったらしい桑原。
ぷにぷにの上に乗ったままではサマにならないが、言っていることは正しかった。
イベントクリアするには、ある程度の手がかりがあるはずである。
地図で指し示されただけ……というのは、あまりにも大まかすぎた。
「なくもないよ」
「本当か!?」
「ただ、今は無理だね」
「へ? 今は無理??」
「どういうことだよ?」
問いかける幽助に返答せず、蔵馬は馬車へ戻った。
「おい、蔵馬」
「日が暮れるまで待とう。それまで各自待機で、見張りは交代でね。戦闘の可能性もなくもないから、体力温存に努めないとね」
「?? 夜になったら分かるってのか?」
頷く蔵馬に、桑原も幽助も馬車へ戻った。
「おい、飛影。おめえも寝ろよ」
「……見張りがいるんだろうが、俺からやる」
「あ、そっか。珍しく気きくな、おめえ」
「……殺すぞ」
「飛影。そろそろ交代するよ」
西の空が赤く色づきはじめた頃、馬車から蔵馬が降りてきた。
長いくせっ毛に、ちょっとした寝癖がある。
もちろん、それすら美しく見えるのは言うまでもない。
ちなみに、他二名は未だ爆睡中である。
「? 飛影?」
馬車のすぐ近くの岩に腰を下ろした飛影は、蔵馬の言葉が聞こえていないわけがないはずなのに、動かなかった。
うたた寝でもしていれば、多少はぐらぐら動いたりするだろうが、それすらない。
この距離では起きていれば、飛影の耳なら十分聞こえるであろう音量だった。
つまり、聞こえていて返事をしていないわけで……。
「どうかしたのか?」
すぐ横まで来て、隣に腰を下ろす蔵馬。
飛影は一瞥しただけで、すぐにそっぽを向いた。
無視しているということくらい分かるが、しかし今は無視されるようなことはしていないと思うが……。
「それ、思ったより使い心地悪かった? 攻撃力はかなりあるんだけど」
ちょんちょんっと蔵馬が爪の先で触るのは、飛影が手持ち無沙汰に弄っている剣。
例の、コエンマが遺した、唯一の品だった。
戦闘で振るう恰好は、比較的いいものだったから、決して手に馴染んでいないわけではないと思っていた蔵馬。
もしかしたら、思ったよりも使いにくかったのかと、心配したのだった。
「悪くはない」
「そう。ならいいけど。じゃあ、他の装備? でも新しい防具買うには、ちょっとお金が足りないから、この辺りで稼ぐか、もしくは次の町で…」
「……何故、持っていた」
「はい?」
「……だから、何故持っていたんだ、これを」
「何故って……コエンマはああなってしまったけど。飛影が大人になればきっと使えると思って」
大人になれば…という点に、むっとしなかったわけではないが。
そんなこと、後でいい。
飛影が今聞きたかったのは。
そんなことではなかった。
「何故…また会うと思っていた? 何故、あそこで終わりだと思わなかった…」