その2 酒場

 

 

 

飛影たち一行を乗せた船は、比較的穏やかな波の海域を旅した後、歩ー斗競見(ポートセルミ)という街へ入港。

そこそこ繁盛しているようで、武器屋・防具屋・道具屋など、あらゆる施設があった。
最も今まで立ち寄った国(王子の幽助の故郷とか)や街(変な爺さんに会ったところとか)がかなり大きなものだったせいか、凄まじく繁盛しているようには見えなかったが。

 

「なあ、満月草買おうぜ、満月草。もうなかっただろ?」
「けど、鬼萌羅(キメラ)の翼ももうねえし……なんか、今回いつまで経っても、転移魔法覚えられねえんだろ?」
「フン、知るか」

「あ~、けど武器をいい加減に変えてえ」
「もうちょっと我慢しろよ、武器は高ーんだから」

「んなこと言ったって、これでいつまで闘えってんだ!! はっきり言って攻撃力滅茶苦茶ひけーんだぞ!!」
「俺は素手だぞ! 果物ナイフでも装備できるだけ、まだマシだろうが!」

 

やっぱり、前の街で無理してでも鋼の牙でも買っておけばよかった……と今更後悔したところで仕方がない。
最も当時も今もあんな高いものを買う金、存在しないのだが。
龍子が装備出来る武器や防具は思いの外少なく、未だ幽助は何の装備もなく、身1つで闘っているのだった……。

余談の上、彼には内緒だが、攻撃力はそこそこ低いが、彼が装備出来る武器が、以前飛影が立ち寄った街にあったりした。
が、当時龍子の幽助はまだ仲間でなかった上、飛影も王子の幽助も、自分が装備できる品でなかったために、すっかり失念したりするのだった……。

最もまあ、今更思い出したところで、船は行ってしまったから、どうしようもないのことなのだが。

 

 

「俺も10年前と同じ武器だぞ……」
「大分さびてきてるもんな。刃のブーメランあたりいいんだが、金がなあ……武器っつったら、とにかく高くつくからな~」
「……」

財布と見合わせ、ため息混じりに諦めることにしたらしい。
武器屋で光り輝く刃のブーメランが彼らを悲しく見送っていた……。

 

 

こうして、新しい街や村に入るたび、彼らはとにかく買い物に時間を費やしているのだった。

以前までパーティの経理担当をしていた蔵馬がいない今、彼らにまともな売り買いが出来るわけがない。
幸い、幽助がある程度の商売根性を持っているのと、前回のゲームで蔵馬に散々怒られた経験があるため、今のところ、何とかぼられずにはすんでいる。

とはいえ、蔵馬がいないのであれば、飢えて死ぬまでいかなければ、多少浪費したところで、特に問題ないように思われる。

しかし、いずれは再会するであろう彼に、今までの状況を問われた際、百戦錬磨の極悪盗賊の拷問にも似た尋問を前にして、誤魔化し通せるとは到底思えない。
むしろ、絶対無理だろう。

 

幽助たちに出来ることはただ1つ。
再び出会うその日まで、何が何でも節約に節約を重ね、悪徳商人に騙されぬよう心がけ、ひたすらに節制の道を歩むことだけだった……。

 

 

 

「とりあえず、買い物はこんなもんか」
「おい、浦飯。あっちにも何かあるぞ、でっけーのが」

桑原が指さす先には、確かに何か随分と大きな建物があった。
道具屋や武器屋、その他の施設よりもかなり大きい建造物だった。

 

「道具屋その2とかじゃねえだろうな? あっちの方が安かったら、また無駄遣いしたって、蔵馬にどやされる…」

ここにいないにも関わらず、恐れられている蔵馬。
おそらくは未だ描かれていない部分で、更に末恐ろしいことがあったに違いない。

幽助が心底恐れているのだから、それはそれは恐ろしいことだったのであろう……。

 

 

 

しかし、幽助の心配は杞憂に終わった。
簡単に言えば、そこは道具屋でも武器屋でも防具屋でもなかったのである。

「昼間っから酒くせーな。酒場か?」
「らしいな。っと、何やってんだ、ありゃ?」

桑原が見やった先には、何か人だかりのようなものがある。
だが、わいわい駆け寄っているというよりは、やや遠巻きにして見ているような……。

 

「よく見えねえな。ったく、ゲームの中で何でもありっつったって、ここらの連中デカすぎだぜ」
「確かにそうだな。ただの村人のくせに、180はあるぜ……」

悪態つく幽助たちだったが、無理もない。
人垣はあまりにでかすぎて、全然向こう側が見えないのだ。

 

しかし、仕方ないことかも知れなかった。
ファンタジーといえば、総じてキャラの身長は高いものである。
主人公がそうなのだから、当然周囲の人間たちも、それに準じて、日本人の平均よりは若干高めに設定してあるだろう。

加えて、今の幽助は龍子であるからして、現実よりも小柄な状態。
桑原はまあいちおう人の姿のモンスターゆえに、日頃と大して変わらないが、ぷにぷにのよく分からない物体に常に跨っていなければならないのだ。
当然、目線は常より下がる。

飛影に関しては……大人になったことで、常と全っく変わらなくなったのだが、その『常』が池乃メダカ並なのだから……結論は言うまでもないだろう。

 

「しゃあねえから、二階のバルコニーにでも……」
「そこに立っていろ」
「は? 飛影、おめえ何言って……うぎゃ!」

 

ぐに

 

ぷにぷに+座った状態の桑原+己の身長。
これだけ合わされば、いくら小さな彼であっても、周囲の人間よりは高い目線を得ることが出来るのは道理。
しかし、それであればせめて肩くらいに乗ってやればいいものを、

 

「ひ、飛影、てめえ!! 世紀の美男子の頭を踏んづけるたあ、どういうつもりでい!」
「じっとしていろ、よく見えん」

ちなみに、彼の頭を踏んづけたのは、何も飛影が初めてではない。
某大会準決勝にて、彼を『失敗面』呼ばわりした上、『長く見るのは見苦しい』とまで例え、彼の怒りを買いつつ、その仲間たちには見事に同意された美少年(正体は小鬼)も綺麗に草履の跡がつくまで踏んづけてくれたものである……。

 

 

 

「うおおぉおおぉお!! 喧嘩かぁああぁああぁあ!!」

やけにテンション高く叫びながら、飛び上がる幽助。
その姿は、冗談抜きで、「飛んで」いた。

「跳んで」の変換ミスではない、「飛んで」で合っている。

 

実のところ、今の彼はちょっとくらいなら飛べたりするのだ。

子供とはいえ、ドラゴンはドラゴン。
それなりのサイズの翼もついているし、飛行能力もちゃんとある。
……まあ、あんまり高くは飛べないし、早くも飛べないし、長くも飛べないので、あくまでも「ちょっとくらい」なのだが。

しかし、人垣の上から顔を出して、向こうを覗き込むくらいの飛行ならば、それほど難しくはなかった。
そしてその瞳に映ったのは、確かに喧嘩と呼んでもいいものだった。
男が3人ほどで争っている姿は、まあ喧嘩と呼べないこともない。

 

この様子を、三度の飯より喧嘩が好きな幽助がほおっておくわけがない。
何せ、船旅は平和すぎて、ろくな戦闘もなかったのだ。

退屈でたまらなく、ついでに蔵馬の激怒を想像しながらの買い物で疲れてもいた彼。
こんな楽しそうで、憂さ晴らしにもなりそうなこと、ほおっておくわけがない。

 

 

 

「だりゃああああ!! うおりゃあああ!!」

武器調達が出来なかったため、相変わらず攻撃は常に素手のみの幽助。
いちおう『特技』として、炎くらい吐けるが、ただの喧嘩に炎など必要ない。
拳のみ、蹴りのみ、とにかく打撃攻撃だけで挑んでいく。

その様子を飛影は、とてもくだらないものでも見るかのような目で見ていた。
実際、くだらないと感じているのだろう。
日頃から三白眼だが、普段以上に仏頂面…実に呆れが込められた顔であった。

 

 

「……バカが」
「どうでもいいが、てめえいい加減下りろ!!」

同じく三度の飯より…な桑原だが、今はそれよりも、いつまでも頭に乗っかったままでいる飛影に対する怒りの方が大きいらしい。

ぶんぶんと果物ナイフを振りかざしながら抗議するが、そんなものが受け入れられるわけもなく、結局人垣がひいて、飛影の背丈でも向こう側が見えるようになるまで、踏み台がわりのままだったのであった……。