その10 予想外の結末
あれこれ駄弁っていた一同だが、とにもかくにも救助に向かわねばならないのは事実。
国から北の方に、悪党のアジトだといわれている怪しげな古代遺跡があるというので、まあそこしかないなと、行ってみることにした。
が、これはゲーム上の宿命…というか、攻略条件なのだろうか?
外へ出た途端、
「……コエンマとはぐれてしまいましたね」
「フン、あんなヤツいなくとも」
「でも結構苦戦してません?」
「五月蠅い!」
いきなりといえば、いきなりだった。
城壁一歩出たところで、黒い靄のようなものがかかり、一瞬視界が遮られたのだ。
敵かと思い、身構えたが、敵は現れず、靄もしだいに晴れていった。
が、先頭歩いていたはずのコエンマの姿が見えないのだ。
「モンスターの気配はなかったし、人がきた気配もない……ということは、先に行ってしまったと考えるのが、妥当だろうね」
足跡も残っているし、と付け加える蔵馬。
攫われたり、倒されたりしたわけではない以上、彼のフィールド上での戦闘力を考えれば、心配はないだろう。
足跡はしばらくしたら、獣やモンスターの足跡とかぶってしまって分からなくなっていたが、その辺に転がっていないところを見ると、先へは進めているようである。
問題は、むしろ飛影たちの方だった。
いくら普段は、コエンマよりもず〜〜〜〜っと強いとはいっても、ここはゲーム。
そして彼らは子供と猫。
はじめに比べれば、それなりにレベルも上がっているとはいえ、かなりの苦戦を強いられていた。
飛影たちの村があったところに比べ、モンスターのレベルも上がっている上に、悲しいが頼りの綱だったコエンマがいないのである。
「ちっ!」
「っと」
子供の姿での動きも大分慣れてきていたが、日頃戦いの中に身を置いているがゆえに、いざとなると条件反射的になってしまうため、身体は普段の手足の長さを意識して動こうとする。
しかし、いくら本来の背丈が小さい飛影でも、今は普段の長さの半分あるかないか。
蔵馬に至っては一体何分の一になっているのか、測りたくもないほど。
いっそ魔法連発したいところだが、蔵馬は魔法が使えないし、飛影もいうほどMPは高くない。
無駄遣いできない以上、結局のところ、地道に努力するしかないようである……。
「……前回のゲームがどれほど楽だったか、実感させられますね…」
「……ああ」
一戦闘終え、は〜っとため息をつく二人。
こんなことなら、どれだけバランス悪くとも、大人でいられた前回の方が、ず〜っとマシだったように思う。
最も蔵馬としては、猫をとるか女装をとるかということもあるのだろうが……結局どっちもさせられている以上、やっぱり前のゲームの方がよかったといえるのだろう。
……そんなこんなで辿り着いた古代遺跡。
中へ入っていくと、案の定コエンマは先に辿り着いており、今も戦闘中のようである。
「あ、お前らやっときたのか!!」
「ええ、まあ…」
はぐれたことに気付いていながら、先に行ったのか…とやや呆れを隠せない蔵馬。
ついでに、苦戦したこともあいまってか、ちょっとだけ機嫌も悪かった。
故に、
「終わるまで、待ちますか」
「そうだな」
「こらー! 加勢しろー!!」
「おせーぞ、おめえら!!」
遺跡の最奥、小部屋がいくつかあり、全てに鉄格子がはまっているそこの一つに、幽助はいた。
よほど抵抗したのか、髪は乱れ、頬は腫れ、口の端からは血がにじんでいる。
最も、破れてボロボロになった服は、綺麗だったときより、彼に似合っている気もするが。
「ああ、幽助。無事?」
「全く。何をやっている。みすみす誘拐されるなど、子供じゃあるまいし」
「しょうがねえだろ! この身体、全然力ねえんだから!! つーか、今は子供だ!」
どっちにせよ、700歳のコエンマから見れば、20にも満たない幽助は十分子供だと思うけれど…。
ちなみに本当のゲームでは、ここで王子がよくないことを口走って、父に殴られるシーンがあったりする。
だが、二人ともゲームのキャラでない以上、またあの二人でこの状況である以上、あの美しくも厳しく、感動的な展開など起こるわけがなかった。
「はいはい、そこまで。どうせお互いに一度は誘拐された身でしょう(幽助二度目だけど)。両方とも人のこと言えないんだから」
「う」
「う」
まあ、仙水に誘拐された桑原を含めれば三人だし、飛影もある意味誘拐されたといえないこともないかもしれない。
魂とられるなど、下手な誘拐よりも、ず〜っと怖いし、危ないのだから。
そう思えば、誘拐された経験がないのは、蔵馬だけかもしれない。
飛影のあれが誘拐になるなら、ぼたんもそうだし、そうでなくとも彼女は耶雲にさらわれ、螢子も飛影にさらわれ、雪菜は五年間捕らわれ……見事に誘拐三昧である。
檻の鍵は簡単に開いたので(中から幽助がやっても開かなかったとかで、心底悔しがったのは言うまでもない)、とにかく遺跡を脱出することにした。
しかし、わざわざ内堀を使って城の中にまで侵入し、王子誘拐などという大それたことをした連中が見逃してくれるわけもない。
わらわらと集まり、行く手を阻もうとした。
「とりあえず、お前等先に行け。普通の人間のようだし、わしが相手をした方がいいだろう」
「は? 何でだよ、全員でやった方が…」
コエンマの発言に首をかしげる幽助だが、横から蔵馬がかくかくしかじかの事情を説明すると、すご〜く怪訝そうな顔で、コエンマを睨んだ。
「……本当につえーのか?」
「なら、ちょっと見ていくか?」
言いながら、すでに飛び掛ってきた一人目の誘拐魔を切り捨てるコエンマ。
そのあまりの早業に、幽助が呆気にとられ、ついでに悔しがったのは言うまでもない……。
「とにかく急ごう。出入り口は多分一箇所しかないだろうから、さっきのところから」
蔵馬に促され、コエンマに後を任せると、遺跡の入り口目指して走る幽助たち。
先頭きって走った蔵馬だが、その横顔がどうも浮かばないことに、飛影は気付いた。
「どうした?」
「いや…なんとなく、嫌な予感が…」
「……」
ゲームの中でも、千年の時を経た妖狐のカンは衰えない。
とりわけこういうことは…。
「「「!!??」」」
出口まで後一歩というところだった。
突如、現れたモンスター。
三人とも本能的に悟った。
強い、と。
……身構える暇さえ、なかった。
「っ何だ、こいつ……ぐはあっ!」
「レベルが違うっ……うわああああ!!」
「幽助!! 蔵馬!!」
僅か一発、たったの一発だった。
急所に当たったわけでもないのに、その一発ずつで、子供とはいえ幽助が、猫とはいえ蔵馬が、床に崩れ落ちたのだ。
はっとして、前を見ると、モンスターは飛影に向かっても、手を伸ばしていた。
「!! ……っ…」
反撃する間もなく、言葉にもならない悲鳴が、辺りに響き渡った……。
「うっ…」
「くっ…」
身体のあちこちが痛い。
一発くらっただけなのに、身体中引き裂かれんばかりの痛みが走っている。
「く、蔵…馬…」
搾り出した声で、彼を呼んだが、返答はない。
大きな耳さえぴくりとも動かないが、かろうじて胸が上下しているのが見える。
痛みのせいで、視界が利かないのでなければ、気絶しているだけだろう。
しかし、床に流れる血は半端な量ではない。
早く手当てしなければ……。
「く…」
必死に手を伸ばすが、届かなかった。
「飛影、動くな…血が…」
横から制止の声が聞こえた。
かろうじて、幽助は意識があるらしい。
何とか首を動かして、そちらを見るが、彼もまた血みどろだった。
「人のこと、言えるか」
「そうだけど、な……ああ、いてえ」
言葉に反し、顔は苦渋にゆがんでいる。
これほどの痛み、大人の時には……現実では感じなかった。
身体が子供になったことで、痛覚まで子供のようになってしまったのだろうか?
「くくっ、あっけない。所詮は子供、この下痲(ゲマ)様に敵うわけがないでしょう」
高らかに笑いながら、見下ろしてくるモンスター。
その不適な笑みを、もはや睨みつけることしかできない自分に、誰よりも腹が立った。
「!!? 幽助!? 飛影!? 蔵馬!?」
呼ばれて、何とかそちらを向けば、コエンマがいた。
奥から走ってきたのだろう、肩が荒く上下している。
「ほう、貴様。下っ端とはいえ、誘拐魔どもを短時間で片付けられるとは、なかなかできるようだな。なら、これでどうだ」
下痲がすっと手をかざすと、左右から別のモンスターが出現した。
やつの部下のようで、自分で戦う気は、もはやないらしい。
更に楽に勝つ手段というのを、彼はよく熟知していた。
先ほど飛影たちを一撃のもとに倒した巨大な鎌を振り上げ、振り下ろした。
飛影の首筋に。
「なっ…」
「少しでも貴様が抵抗すれば、分かるでしょう?」
「くっ…」
いつか蔵馬が言っていた。
人質というのは、時として最も危険な賭けだと。
しかし、この状況下で、しかもゲーム。
更に蔵馬は意識がないため、策を頼むことも出来ない。
万事休すだった。
モンスターどもに散々やられるコエンマ。
いくら、ゲームで強くなったといっても、何もしなければ、体力が減るのは自明の理。
かろうじて、何とか口だけは動くので、必死に叫んだ。
「っ! 何をやってる! とっとと逃げろ!」
「そうだぜ!! っていうか、攻撃しろよ、おい!」
「人質取られてるからって、自分を投げだすなど、貴様らしくもない!」
飛影幽助二人して、なんだかすごい言いようだが…。
別に日頃のコエンマがそこまで薄情であるわけでもあるまいに…。
いや、暗黒武術会でいつでも一人で脱出できるようにしてあった用意周到さは、結構薄情だったかもしれないが。
しかし、どうやらコエンマが抵抗しなかったのも、逃げなかったのも、他に理由があったらしい。
「か、身体が動かん……逃げるに逃げられん」
「はあ!?」
「飛影……幽助……お前等に言っておく……飛影の母親は……生きている……彼女を取り戻せば……きっと……」
「何しんみり言ってやがる!!」
「さっさと逃げろって言っているだろうが!!」
「誰が好きでしんみりするか!! 勝手に口が動いておるだけだ!! ついでに逃げるに逃げられんのだ!! でなければ、とっくに逃げとるわい!!」
……このシーン、本当はとてもとても切ないはずなのだけれど…。
「これで終わりです」
言って、下痲は飛影から鎌を外した。
そして両手を高々と上へ……そこに、巨大な熱球が出現した。
「ぎ、ぎゃああああ!!!!」
「っ、コエンマー!!!」
「これ、どうします? いちおうモンスターみたいですけど?」
しいんっとなった遺跡で。
下痲の部下の一頭が幽助と飛影を抱え上げた。
意識はない。
先ほど後頭部をうたれたことで、完全に断たれていた。
だが、息はある。
あえて殺さずに、連れ去ろうというのだ。
その真意は、よく分からなかったけれど。
そして、手ぶらなもう一頭が、足元に転がったままの蔵馬を靴先で小突いた。
意識を失っているらしく、ぴくりとも動かない。
「捨て置けばいいでしょう。人に飼われていたとて、所詮モンスター。子供ですし、勝手に野生に帰りますよ」
「了解しました」
「さて、では戻りましょうか」
言って、下痲は鎌を振りかざした。
その先端から、黒い光が発せられ、左右の部下を抱えられていた飛影たちごと包みこんだ。
数時間後。
闇の中で、ゆっくりと起き上がる影があった。
「うっ…」
痛めつけられた身体は、ろくに動かない。
それでも寝ているわけにはいかないと、必死に身体を起こした。
「飛影…幽助……」
辺りを見渡すが、周囲には誰一人いない。
気配すらない。
「くそっ…」
ふと、蔵馬は足元を見た。
何かが床に焦げついている。
何か…はよく分からなかったが。
しかし、その黒こげの中に、見覚えのあるベルトの欠片が、転がっていた。
「……」
しばらくの間、彼は呆然と、そこに佇んでいた。
音もない暗い遺跡の中を、冷たい風が、流れて過ぎた。
第一章 終