その9 誘拐

 

 

 

羅院法度までは特に問題なく辿り着くことが出来た。
悔しいことだが、コエンマの戦闘力は半端でない。
バッサバッサとモンスターなぎ払い、あっさりと先へ先へと進めたのだった。

 

「羅院法度へようこそ!」

これまた特に問題なく、入国し、入城。
どうやら、コエンマの目的は王への謁見だったらしい。
ここからは大人の話ということで、蔵馬と飛影は暇になる。

 

「城の中を見せてもらってこい」

王の目の前で、こういう台詞でいいのだろうか…と思わないでもないが。
王は特に気にした様子もなく、コエンマと話を進めている。

 

 

一方、蔵馬と飛影は文字通り暇になったので、コエンマに言われた通り、城内散策へ乗り出したのだった。
もらえそうな物は貰い(つーか、パクり)、適当に話しかけて、情報収集。

結果、この城の様子も見えてきた。
穏やかに見えて、今の羅院法度はとてもとても黒くドロドロとしたものが流れている。

 

正妃の産んだ第一王子…つまり、次期王位継承者はあまり周囲に評判がよくないこと。
王子として不適だと思われていること。

しかし聞いた限り、どうも子供のイタヅラ程度で片付けてもよさそうなこと。
つまり、彼の評判を落としている原因は、他にあること。

他というのが、側室の存在であること。
側室にも息子…つまるところ第二王子がいて、側室としては自分の産んだ子を王にさせたいのだと。

その辺のギスギスが、この国に暗い影を落としているのだった……。

 

 

「何処にでもありそうな話だけれど、聞いていて気分のいいものではないな…」

一通り、城内散策した二人の結論は、こういうものだった。

 

 

「後、見ていないところは……あっちの奥か」

開けられない鍵がかかっている場所などを除いて、二人が足を運んでいないのは、後一箇所。
いくら広い城内とはいえ、今まで一度も出会わなかった以上、彼がいるとしか考えられない。
つまり、第一王子の部屋である。

 

「失礼します」

ノックして部屋へ入る。
そこには、

 

「よお。遅かったな」

とてもとても見慣れた顔がいた。
王子の衣装を身に纏った、いつもより十歳ほど若い…というより幼い彼ではあったけれど。
多分この、いかにも悪ガキっぽそうな顔つきは、彼しかいないだろう。

 

 

 

「幽助、か?」
「他の誰に見えるってんだ。ったく、おせーんだよ。おめえは……ん? 今、蔵馬の声しなかったか? おめえ、一人か?」
「……」

呆れながらも、足元を指差す飛影。
つられて、幽助の視線がゆっくり下がっていく。
紅いじゅうたんの上に、ちょこまっと座った、彼に。

 

 

「あははは!! まーた、すげーかっこうだな、おめえ!! 女装の次は猫かよー!!」
「幽助…(怒)」

ここまで笑われれば、冷静な蔵馬だって怒るに決まっている。
流石にいきなり飛び掛っていくようなまねはしなかったが、それでも機嫌は悪そうだった。

これでもう一人同じ人格がいて、そっちは女装だったと知られた日には、一体どうなるのだろうか…。

しかしネタにはなるし、どうなるのか興味もある。
といっても、自分に飛び火されるのは、ゴメンだし…。
言うべきか言わぬべきか、悩まずにはいられない飛影だった。

 

 

 

 

とりあえず、ここに至るまでの情報交換。
とはいえ、幽助は開始以来、ずっとここにいたため、大したことはなかったという。

環境が環境だけに、さらに自分が若返っていることでも、大体ゲームの中ということは予想がついていたらしい。
雪菜にしてもぼたんにしてもそうだが、二度目ともなれば、皆馴染むのも早いのだろうか?

 

 

「それはそうとよー。なあ、俺いつまでここにいればいいんだ? 退屈で退屈で仕方ねえんだけど」
「退屈、ね…」

で、退屈でイタヅラしまくっていたらしい。
やりようが子供っぽすぎたのは、子供がえりしているからか、素なのか、かなり謎だが…。

最も、退屈であるだけなら、まだいいではないかと思わないでもない蔵馬。
彼はゲームスタート時から、お化け退治がクリアされるまでの間、ず〜っとガキどもに虐められていたのだ。

退屈と思えるくらいの方が、まだマシに思えるのも無理はない。

 

 

「んで、退屈しのぎに、色々やって、抜け道なら見つけたんだけどよ。どうしても、外に出られねえんだよ」

言いながら、椅子を蹴飛ばしてどける幽助。
分厚いじゅうたんをめくると、隠し扉があった。
開けると、滑り台のように急な坂が階下へと伸びている。

 

「これが抜け道?」
「ああ。つっても、直接城の外には通じてねえけどな。城の水路くらいには行けるぜ」
「……」

王子がイタヅラで作った隠し通路…というには、何で水路なんかに通じているのだろうか?
そのまま城の外に通じていないとなると、なんとなくいや〜な予感がする。

 

「とりあえず、行こうぜ。主役が一緒なら、OKかもしれねえしよ」
「幽助、ちょっと待っ…」
「いっくぜー!」

蔵馬の忠告も聞かず、さ〜っと滑り降りてしまう幽助。
でもって、もう一名もあっさりと行ってしまった。

 

「……」

嫌な予感が膨らんでいく蔵馬。
しかし、猫の自分一人ここにいても仕方がないし、あの二人だけで進ませるのは、もっと心配である。
警戒しつつも、すぐさま後を追って、坂を滑り降りた。

 

 

……が、遅かった。

 

 

「! 飛影!?」

 

蔵馬が坂を降りた瞬間、出口付近に跳ね飛ばされてきた飛影。
殴られたらしく、口の端から血がにじみ出ている。

 

「くそっ…」
「飛影、何が…幽助!?」

はっとしたが、そこに幽助の姿はない。
ほぼ一緒に下り降りたのだから、どれだけ急いで走ったところで、後姿くらい見えるだろう。

いつもの彼ではなく、あくまで子供の彼なのだから。
しかし、360度見回しても、彼の姿はなかった。

 

 

「っ、外か!」

少し離れたところにある窓にも近いような小さな扉。
半開きになっているのを、体当たりの要領で押し開け、外へと転がりだす。

そこは確かに幽助が言った通り、水路だった。
ちょうど、城の内掘りのところだろう。

 

その水路の……ほとんど城壁の辺りに、小さなボートが見えた。
蔵馬が見ている前で、ボートは凄まじい勢いで…それこそ、あんなゴムボート並のものでそんなスピード出るんかいというくらいの勢いで、城壁の隙間から逃げていった。

 

……荷物のように、最後尾に積まれていたのは、紛れもなく、幽助の姿だった。

 

 

 

 

「ゆ、ゆ、ゆ、誘拐ー!? 誘拐だとー!? 誘拐って、『誘うに拐かす』って書く誘拐ー!? 融解でも幽界でもなくて、誘拐ー!? 『だまして連れ去る』って意味なのに、攫うこと全般みたいに例えられる誘拐かー!? ……って、誰が?」

「幽助が」

いきなり誘拐と言う言葉を聞かされれば、大半の人間は焦るだろう。
例外ではなく、コエンマも焦った。
訳の分からないが、いちおう間違ってはいない言葉を羅列するくらいには。

しかし、目の前に蔵馬と、何故か怪我しているらしいが飛影もいる以上、一体他の誰が誘拐されるというのか。
しばし叫んだ後、冷静になって考えれば、「誰が?」と聞きたくなるのも道理。

 

でもって、あっさり答えたのは、もちろん蔵馬である。

あの後すぐにでも追いかけたかったが、誘拐犯たちは、城を抜け出し、国の外へ行ってしまっている。
国内でない以上、他の援助は求められないだろう。

子供と猫の自分たちだけで行ったところで、返り討ちにあうのが関の山。
既に飛影が一度ぶっ飛ばされたらしい状態であるのも、考慮して、先にコエンマに報告に来たのだ。

 

 

「幽助? 幽助に会ったのか?」
「王子でしたよ。この国の第一王子」
「ああ、悪ガキ王子って幽助だったのか」

どうやら、コエンマもこの国の王子たちの話は聞いているらしい。
ひどく納得しているようにみえるのは、気のせいではあるまい…。

 

 

「それでどうするつもりだ」

聞いたのは飛影だった。
行くなら行く、行かないなら行かない、さっさと決めてほしいらしい。
既に自分に選択権がないことは、苛立ちながらも、自覚しているようである。

 

「そりゃまあ……連れ戻しに行くしかないだろう」
「そうですね。誰かさんが誘拐された時も、先頭きって行ってくれたのは、幽助だったし……そういえば、何で俺は後から呼ばれたんでしょうね?」

某映画にて、夏のバカンスと洒落込んでいた御方が誘拐された時のことを言っているようである。
蔵馬に限らず、本当に何故だろう? と思っているのは、管理人だけではあるまい。

 

 

「全くだ。ジョルジュのヤツ、一番頼りになるヤツをまず呼ばんと」
「幽助が聞いたら怒りますよ」

「後で、ぼたんからマグマ谷へ行くまでの経緯聞いたが、お前がおらんかったら、ぼたんはとっくに死んどったというではないか。ついでに幽助も桑原も一生檻の中だって」
「まあ状況からすればそうだったかもしれませんね」

…そうだったと思うのだが、どうだろうか?
生きた植物操る人物が、枯れ木の檻を壊さぬ限り、あれは無限に再生することになっていたはずだと思うけれど。

 

 

「ついでに、お前、飛影を連れ戻しに行ってから来たからって、大分時間かかったと聞いたが?」
「飛影の説得に時間がかかってね。金印のメリットデメリットについて、延々説き伏せてましたので」

「? どういうのやったんだ?」
「まあ色々と」
「…フン」

 

どうでもいいが幽助はいいのだろうか……。