その8 極寒地獄

 

 

 

「さ、さ、さ」
「ぼたん。『さ』ばかりじゃ、分からないよ」

本当は分かっている。
ぼたんの表情見れば、大体何が言いたいのか見当くらいつく。

例えそれが一千年の時を経て、人の感情の機微にも敏感となっている元・盗賊妖怪でなくとも。
引きつって、青ざめて、身体縮こませて、両腕で肩を抱きしめて、がたがた震えていれば…。

 

 

「さ〜む〜い〜!! 何とかなんないのー!!」

大口あけて叫ぶが、すぐに亀が甲羅に頭を引っ込めるように、もふもふのコートの中に首を縮めこんでしまった。

 

外の寒さはまだ耐えられたが、この氷の城、予想以上に、寒い。
いや、むしろ屋内なのだから、外よりもマシだろうと、ぼたんは思っていた。

だが、外の方が暖かかった…と感じるくらい、激烈寒いのだ。
息を思いっきり吐き出せば、白い息がそのまま凍って、床に落ちるほどに…。

 

「まあ、寒いのは分かるけど。仕方ないだろう。ここクリアしないと、先に進めないんだし」

身も蓋もないとはまさにこのことか…。

 

 

「ねえ、何とかあったかくなんないのかい〜?」
「なるならとっくにしてるよ……俺だって、寒くないわけではないんだし」

「…あんまりそうは見えないけど…」
「寒がる暇があったら、先に進みたいからね」

そう言いつつ、時折だが、はあっと手に息を吹きかける蔵馬。
凍らぬよう、しっかりとガードしながら。

先行く飛影は、流石氷河出身、なんてことないらしい。

 

(…飛影は平気そうだけど、蔵馬はやっぱり寒そうだな〜)

 

考えてみれば、彼は毛皮をまとっていても、素手素足なのだ。
毛皮の上に防具はまとっているが、お金がないため、一番安物で、防寒性は皆無。

それだけでも結構寒そうなのに、素手に素足。
手には武器をしていても、こちらも防具と一緒で防寒性なし。

足に至っては、何もない。
毛皮も肝心の足の裏には全く生えず、柔らかい肉球丸出しなのだ。

 

雪の上でも結構冷たかっただろうが、氷の城は文字通り、氷でのみできた城。
当然、壁・天井・扉だけでなく、床も全て氷で出来ている。
氷に素足で歩くなんぞ、相当冷たいだろうに、彼は全然そんなそぶりも見せず、歩いていた。

 

 

(……よく見たら、足の裏真っ赤じゃんか! 凍傷起こしたら、どうするんだよ!)

実際は真っ赤ついでに、あかぎれ、しもやけ、その他エトセトラ…色々なりかかっていたりする。

 

そこまで考えて、ぼたんは慌てて蔵馬を抱き上げようとした。
今の蔵馬の体重であれば、抱いて歩いても、それほど体力は消耗しない。
これ以上、酷くなる前に……と、思ったのだ。

 

 

 

「あっ…」

その手は空を掴んだだけだった。
急に蔵馬の身体がそこから消えた。
消えたというか、別の人物が先に抱き上げていた。

 

「飛影? どうしたんだ?」
「……肩に乗ってろ」

「いいですよ。自分で歩けますから」
「凍傷にでもなってぶっ倒れられたら、足手まといだ。乗っていろ」
「……」

足手まとい…が結構効いたのだろうか。
蔵馬はそれ以上何も言わず、飛影の肩に腰を落ち着かせた。

後ろにいるぼたんには、二人の表情は見えないが。

 

(何だ、飛影も気付いてたんだ。やっぱ、相手が蔵馬だと優しくなるねえ、飛影も♪)

本人には絶対言えないけれど。
言ったら、殺されるだろうから。

それでもぼたんは、みんなに会えたら、報告したいなと思ったのだった。

 

 

 

 

息が凍って、つららとなって落ちたり。
つるつると滑ったり転んだり。
寒い寒い、微妙に痛い痛い思いをしながら、やっと辿り着いた最上階。
こういう城といった建造物のボスは、七割方、一番上にいるが、今回もそうだった。

最も、以前お化け退治に行った城は、ボス自体の所有物でなかったということと、最上階が入り口代わりだったことで、例外的であったが。

 

そこにいたのは、鍵の技法を習ったドワーフに何処となく似た、子供のドワーフ。
話しかけてみるが、やっぱり話の通用する相手ではなかった。

というより……、

「あんたが材屡(ザイル)? 思ったよりも、ちっちゃいね」
「子供…というより、幼児か」
「フン。ガキというより、ジャリか」

と、悪気はなかったのだが、神経逆撫でするような発言をしたのが、原因かもしれないが。

どちらにせよ、こういう場合、戦闘が起こるのは、予想の範疇内。
話しかける直前に、薬草で体力回復させておいたため、またここへ来るまで、何度も滑って地下へ落っこちて最初からやり直しになったため、レベルも上がっており、それほど労せず、倒すことが出来た。

まあ、相手が子供だったというのもあり、かなり手加減してはやったため、死にはしなかった。
最も子供といっても、現時点では彼らも子供だけれど。

 

 

「ボク〜、大丈夫かい?」

ぼたんが話しかけてみるが、材屡はふて腐れたまま、寝転がっていた。

床にそのまま。
冷たく、ないのだろうか?

 

 

でもって、直後に、ありがち展開発動。
黒幕登場となった。

 

「……」
「……」
「……」

強そうなのは分かる。
その辺の雑魚モンスターに比べれば、ずっと強いだろうことは分かる。
分かるのだが……。

 

 

「ね、蔵馬」
「何?」

「あれ、何てモンスターだと思う?」
「さあ…一本ダタラにしては、足は二本あるようだし。木霊鼠…違うな。飛影は何に見える?」
「雪男(きっぱり)」

 

「雪の女王じゃ、ボケぇー!!」

 

……随分と口が悪い上、しかも見た目も全然女王っぽくない(むしろ飛影が言ったように、雪男といったほうが納得いきそうな)女王さまのようである。

 

 

聞く前に勝手にべらべら喋ってくれたことだが、やはり雪のモンスターにとって、春は大敵。
その春が来るために必要なフルートさえ、手中に収めれば、永遠に自分たちの時を繁栄させられると思ったらしい。

といっても、自分では妖精の村へは入れないので、ドワーフの子供を丸め込んで利用したとか。
知られた以上、帰すわけにはいかないということで、襲い掛かってきた。

 

「……やっぱり、ありがちパターンだったか」

しばしの交戦の後、蔵馬が振るった鋭い爪が、女王の急所に入り、あっけなく勝敗は決したのだった……。

 

 

 

「春風のフルートを取り返していただき、お礼を申します」

女王が溶けた場所に転がっていたフルート持って、妖精の村へ戻った一行。
材屡の件に関しては、まあいつぞやのコアシュラのように、黒幕にたき付けられたということで、軽いお仕置きで勘弁してもらえることになった。
その『軽いお仕置き』とやらがどんなもんかは、あえて聞かなかったが(お尻叩き一万回だった日には、笑いが止まらないだろうし)

 

 

「じゃあ、あたいはここまでだね」
「ああ。まだ物語も冒頭だろうから、これから何があるか分からない。気をつけて」
「はいな! あんたたちもね!」

妖精の国の出口まで二人を見送ったぼたん。
彼らが完全に見えなくなると、きびすを返して、村へ戻った。

春が来た妖精の村。
暖かな春、新たな命の芽吹き、咲き乱れる花々。
それらは全てすばらしいものだったけれど。

 

 

「……きっと、すぐにまた、会えるよね…」

ぽつりと呟いた言葉は、誰にも聞こえることはなかった。

 

暖かな春を迎えた妖精たちの国で、彼女一人、冬にだけあった暖かさを忘れられなかった……。

 

 

 

 

 

「ああ、いたいた。何処に行っとったんだ? 蔵馬も飛影も」

妖精の国を後にし、飛影の家へ戻ると、コエンマがいきなり旅支度して登場した。
前回、人間の蔵馬とともに隣村へ向かった時より、幾分小奇麗な格好だった。

 

「色々とありまして。それより、何処かへ行くんですか?」
「ああ、そうだ。羅院法度(ラインハット)に行くことになったからな。早く支度しろ」

「羅院法度?」
「かなりデカい国だ。結構礼儀にも五月蝿いからな。きちんっとした格好をしてこい」
「……」

唐突だな〜と思いつつ、二階へ上がって準備をする二人。
とはいえ、蔵馬にはほとんど準備などないが。

 

 

 

「大きな城に行くとなると、物語が急展開する可能性もあるから。荷物はなるべく袋に入れるか、飛影が持っていた方がいい。俺は最低限のものだけでいいよ」
「そうか?」

「ああ。今までのシチュエーションからして、このゲームはパーティの入れ替わりが激しいようだから、俺もいつまで一緒にいられるか分からない。そもそも、子供でいる時間が異様に長いのが気にかかる」
「……長いと何か問題があるのか?」

いつまで一緒にいられる分からない…というのも、ちょっと引っかかるが、それを紛らわす意味でも、後半の言葉への問いかけをする飛影。

 

 

「子供から始まって大人になっていくゲームはいくつかあるが、こんなに子供時代が長いと、大人になるまでに相当のプレイ時間がかかるはず。それだとプレイヤーが飽きるケースがある。それは製作者として、一番気になるポイントだろうから…」
「……結論として、どういう意味だ」

「何らかの形で、少年期を通り越す可能性が高いってこと。それが何かはまだ分からないが…」

 

 

確証はない。
それでもそうでなければ、ストーリーがダラダラとなってしまって、面白くない。
ゲームとしては致命的だ。

何かの形で一気に年を取るような展開が待っている。
避けられぬ展開が。
そう、蔵馬は確信していた。

 

 

そしてそれはものの見事に的中することになる。

 

いつまでも一緒にいられない……その事実とともに。