その7 妖精の国

 

 

 

「そうだ。飛影、ちょっとこっちへ」

とんっと肩から飛び降り、やってきた方角へ進む蔵馬。
飛影がついてきているか確かめつつ、一軒の家へ入っていった。
家といっても、一ヶ月ちょっと前に蔵馬が母親とともに泊まっていた宿屋だが。

何やら壁や床、天井に落書きがされていたり、置物の人形の髪の毛が毟られていたりと、子供がイタヅラしたような後が大量にある。

 

「貴様、やったのか?」
「何で俺がするんですか…第一、今の俺の手じゃ、筆も持てないよ」

ため息混じりに言いながら、奥の階段を登っていく。
ちなみに、猫を宿屋に入れていいのかというツッコミを入れる人物は、この場にはいない。
階段にも数多の落書きがあり、時折混ざっている人物像らしきものは、何処となく見覚えのあるものだった。

 

 

「これは…コエンマか?」
「だろうね。こっちは幽助と桑原くんかな? プーもいるけど」
「……」

他にも、逆立った髪に目つきの悪いこうもりなどもいたが、幸い飛影の身長では見えない位置に書かれており、この後対面する人物は、殴られずにすんだのだった。

 

 

 

「お待たせ。主人公、連れてきたよ」
「あれまあ、主人公って飛影だったんだ。ひっさしぶり! 元気だったかい?」
「……」

このテンションの高さ、この江戸っ子口調。
水色の髪にピンクの瞳はそのままに、自分たちと同じように幼くなった彼女。
三途の川の水先案内人・ぼたんは、いつもの元気さで、二人を迎えた。

 

「いや〜、また新しいゲームに入っちゃうなんてね〜。コエンマ様もうっかり者なんだから」

ぼたんに言われたら終わりだな…と思いつつ、何も言わない二人。

 

「それで、ぼたんは何の役?」
「ああ、えっとね。あたいは妖精の国の使いなんだ」
「妖精の国?」
「そう。ほら、羽生えてるだろ?」

言いながら、ひょいっと背中を見せる。
なるほど、彼女の背中、肩甲骨の辺りには、薄くすける羽が二枚備わっている。
ぼたんの意志で動く上、多少ならば飛行も可能だということだそうだ。

 

 

「何かね、その国…って、あたいの故郷って設定なんだけど。そこ、ず〜っと寒いんだよ、冬なんだよ。それもこれも悪いやつのせいらしいんだけど」
「つまりそいつの討伐?」

またありがちな…と思わないでもないが、物語もまだ冒頭。
そんなのもありだろう。

 

「うん、多分そうだと思う。詳しいことは、妖精の国の女王に聞いてよ。あたいはとにかくこっちの人間に知らせて、助けを呼べって言われただけだからさ。それなのに、誰もあたいの姿見えてないんだよ。色々落書きとかしまくって、感づいてもらおうとしたのに、誰も見てくれなくってさ〜。多分主人公じゃないとダメなんだろうなって、来るまで暇つぶしにイタヅラしまくってたの」
「なるほど……」

あの大量すぎる落書きの原因はそれか…と半ば呆れる蔵馬。
ついでに、主人公がコエンマにでもなったら、あの上司に対するとは思えない落書きの山、どう説明するつもりだったのだろうと思わずにはいられなかった。

 

 

「とにかく行ってみるしかないな。場所は?」
「えっとね。あっちの家の地下だよ」

外へ出、ぼたんが向かった先。
そこはなんと飛影の家だった。

 

「ここ。飛影の家じゃないか」
「あれ、そうなのかい? えっとね、こっちの方から地下に……あ、ここだよ、ここ」

当たり前のように家へ入り、台所の床下収納を持ち上げるぼたん。
そこには収納スペースではなく、階段があった。

「勝手知ったるナンとやら、だな。とりあえず行こうか」

 

 

 

 

ぼたんの案内により辿り着いた妖精の国。
そこは確かに冬だった。

確かに寒かった。
冷凍庫でももうちょっと暖かいだろうというくらい、寒かった。

例えるならば、北極とか南極とかグリーンランドとかアイスランドとか、それくらい…。
最もそこらの平均気温がどんなもんか、管理人はよく知らないのだが。

 

とりあえず寒いはずの地方であることは、確かだろう。
とにかくそれくらい寒いのだ。

しかし、この場にそういうことで泣き言を言いそうな者はいない。

 

 

「なるほど、確かに冷えるな」
「……大したことはない」

約二名はその程度で終わらせ、あとの一人は、

「防寒服いるなら、外で売ってるよ」

と、一人だけもこもこと暖かな毛皮を着込んでいたりする。

これで相手が幽助などであれば、一発殴られたりするところだが、元々氷河出身で寒さに強い飛影と、既にもこもこ毛皮をまとっている猫の蔵馬が相手では、それもなかった。
管理人としては、ここで一発けんかでもしてくれると楽しいところだが、このメンツではそれもできなかった…。

 

「……けんかすれば、行数稼げるからね」
「この辺プレイした時のことあんまり覚えてなくて、とにかくごまかそうとしてるんだろうけど」
「フン、くだらん」

…すいません。

 

 

妖精の国へついてすぐ、ぼたんの案内により、彼女が住まう妖精の村の女王という妖精と出会った蔵馬と飛影。
案の定、頼まれごとをされ、断れば先には進めないのは明白なので、了承した。

「ぼたん、貴女もついてゆきなさい」
「はいな!」

女王の命により、ぼたんも同行することに。

 

目的地は北にある氷の城。
目的は春を呼ぶ春風のフルートの奪還。
ただし、今回はそれだけではなかった。

「でね。その城の扉は閉ざされてて、押しても引いてもこじ開けても殴り飛ばしても魔法で爆発させても開かないんだって」
「つまり…鍵か」
「そういうこと! 西の洞窟に鍵が作れる人がいるはずだからさ。行ってみよう」

ということで、先に西の洞窟に決定。
その前に、買い物および物色はすませておいたことは、言うまでもない。

 

 

 

「うわ〜、すごい吹雪だねえ」

妖精の村を一歩出て、そこもやはり寒かった。
しかし、寒いだけでなく、かなりの猛吹雪。
それに一番驚いていたのは、他ならぬぼたんだった。

「ぼたん。外に出たことはなかったのか?」
「うん。何度か試してみたけど、無理だったんだ。主役と一緒じゃなきゃダメってことだろうね」
「だろうね。俺もそういうこと、あったらしいから」

「そうなんだ〜…って、『らしい』って??」
「ああ、ぼたんには言ってなかったか。実は」

 

かくかくしかじか、もう一人の蔵馬について説明する蔵馬。
いちおう飛影が会った『わけが分からんヤツ』の話は、直接蔵馬が見たわけでもないので、伏せておいた。

ふむふむと聞いていたぼたんだが、やがてはあっと感嘆のため息をついた。

 

 

「へえ、自分と話したんだ。何だか不思議な感じさねえ。あたいにもいるのかな、もう一人のあたい」
「さあ、そこまでは。そう度々いるものでもないとは思うけれど。コエンマも今のところ一人だけだし、幽助たちはまだ一度も会っていないしね。ああ、雪菜ちゃんには一度会ったんだっけ? 飛影」

「……何故、知っている」
「コエンマが言っていたけど?」
「……」

お喋りめ…と思いながら、他に余計なことを言っていないかと、やや焦る飛影。
もちろん余計なことをしゃべっていたら、ぶっ飛ばす気満々だった。

 

 

「じゃあ、まだ会ってないのは、幽助、桑ちゃん、静流さん、螢子ちゃん、幻海師範にプーちゃん?」
「そうなりますね」
「そっか〜。何処にいるんだろうね、みんな」

以前のゲームは一部のぞいて、大体最初からそろっていた。
それが今回はほぼバラバラである。
ぼたんが少し寂しくなるのも無理はなかった。

 

 

 

吹雪も吹雪、猛吹雪の中、例の洞窟へと辿り着いた一同。
着いた頃には、各々かなりの疲れが見られた。

「はあ…」

「ふう…」

「……」

お互い言葉を交わすよりも、黙って体力回復にいそしむ。
というより、今晩はここで野宿決定だろう。
すぐさま鍵が見つかったところで、吹雪いている上、日が落ちて真っ暗になった大平原へ出て行くバカはいない。

これが日頃であれば、出て行ったところでバカでもないだろう。
何とかはなると思われる。

しかし、今はいつもとは違う。
いくら寒さに強い二人に、防寒着を着込んだ約一名の組み合わせとはいえ、それだけではどうしようもない問題があったのだ。

 

 

「さてと。そろそろ奥へ行こうか」

モンスターとの戦闘で負った傷を薬草で治し、とりあえず洞窟内のモンスターと対峙しても問題ないようにしておく。
こういうところのモンスターは決まって、外よりも手ごわいものだろう。

全くいないか、外より強い、二者択一である。
まあ、いないに越したことはないが。

 

「洞窟内には雪はないみたいだな」
「吹雪こんでなくてよかったね〜。また雪かき状態で進まなきゃいけないかと思ったよ〜」

は〜っと心底ほっとしているぼたん。
そこまでではないが、蔵馬も飛影も同意見だった。

 

そう、日頃と違う問題とは、彼らの身長。
文章ばかりでイラストが全然ないため、忘れられているかもしれないが、彼らは今、子供なのだ。
それも五つか六つ程度の。

蔵馬に至っては、子供よりも小さな子猫サイズである。
吹雪で雪が積もれば、彼らくらいの身長、簡単に埋まってしまう。

 

よって、ここまで辿り着く至り、彼らは雪をかき分けかき分け、進んできたのである。
それも自分の身長くらいの雪をスコップなどないから、手にした武器などで、よいせよいせとかき分けてきたのだ。

某大人気映画のエルフのように、雪の上でも歩けるような体質にでもなっていればよかったが、妖精のぼたんでさえ、地道を歩くこと
しか出来ない。
まして、こんな吹雪の中飛べば、あっという間に吹き飛ばされてしまうだろう。

 

 

 

 

「開けられそう?」
「……」

少し心配げに問うぼたんには答えず、飛影は扉に手をかけた。
ぐっと少し力を入れただけで、扉は簡単に開いた。
一見すると、大人が何十人でかかっても開きそうにないのだが…。

「ほへ〜。これが鍵の技法なんだ。すごいね〜」

素直に感心しているぼたん。
一方、当の本人である飛影は、大した感慨もないらしく(ちょっとした感慨もなさそうだが)、さっさと中へと入ってしまった。
後に続く蔵馬も、

「飛影。多分、ここからモンスターまた強くなるはずだよ。慎重にね」

と言っただけ。
ゲームと割り切っているのか、あんまり興味がないのか、多分こんなもんだろうと思っていたのか、現実だったら吹っ飛ばして開けていると思っているのか…。

 

「もう! 感動ってもんがないのかねえ、みんなして!」

彼女だけが、何かにつけて、ありすぎるだけかもしれないが…。

 

 

 

……洞窟内で出会ったドワーフにより、鍵の技法を教わった飛影。
盗賊の鍵と、どっかで聞いたことのあるような名前だった。
これで、ある程度までの扉は開けられるという。

ついでに面白いことも一つ聞いた。

「なるほど。ザイルって人が盗んだわけらしいね」

どうやら、春が来ない原因は、このドワーフの身内にあるらしい。
ザイルという少年が、春風のフルートを盗み出したとか。
それが何で、棲家の洞窟ではなく、縁がなさそうな氷の城になんぞ行ったのか、謎ではあるが……。

 

「大方、城の主に利用されたんでしょう。氷の城というからには、冬のモンスターだろうし。春が来ると溶けてなくなるとか何とかで、来させないよう、フルートを盗ませたと考えるのが自然だ」

あっさり言ってのける蔵馬。
多分、そうだろうな〜とその場にいた全員、うんうんと頷いたものだった。