その6 対面
「ここが最初に来た村ですか?」
「ああ、そうだ。やっぱりお前は初めて見る景色か?」
「そうですね。人間の俺に聞いた知識だけで、俺自身が見るのは、今回が初めてですよ」
最初の村…三田楼厨(サンタローズ)という村だったらしい…へ戻ってきた飛影たち。
人間の蔵馬はゲーム冒頭、ここにいたのだから、もし記憶を共有していれば、猫の蔵馬にとっても二度目の景色。
しかし、やはり猫の蔵馬にとっては、何もかもが初めての景色だった。
「ということは、やっぱりお前らの意識や記憶は別物ということか」
ふむふむと頷くコエンマ。
どうやら、彼にも猫の蔵馬の言葉は、理解できるらしい。
しかし、やはり他の者には猫が鳴いているだけにしか聞こえないようで、コエンマの家の召使っぽい男に話しかけてみても、
「旦那様、猫が鳴いてますよ。ご飯ですか?」
などと聞いてくるだけだった。
無論、ペット扱いされて、蔵馬がしばらく不機嫌だったのは、言うまでもない……。
「わしは荷物と家のものの整理があるからな。お前らは…」
「とりあえずイベントでも探してきますよ。行くよ、飛影」
そう言って、さっさと家を後にする蔵馬。
ハタから見れば、飛影は猫に誘導されているように見えるが、しかし当人たちにとってはいつものことのため、さほど気には留めていない。
いつもは見上げているのが、見下ろしているのと、見下ろしているのが、見上げているのの違いくらいである。
しかし、猫と人のサイズでは違いすぎるため、からかうのもアホらしく、気にするのもバカらしい。
ということで、二人はどらくえ3の時と同様に、普段と変わらぬまま、散策もとい物色を始めたのだが……。
既に一度目で見尽くし(大半人間の蔵馬が暇つぶしにやっていたことだが)、あまり珍しいものが隠されているわけでもない村での物色を、飛影が飽きるのは早かった。
「じゃあ、俺が何か探してくるから。出られないと思うけど、村から出ないようにね」
無理に引っ張っていこうとしても、今のサイズでは難しいと分かっている蔵馬。
強引に連れ立とうとはせず、一人で物色に向かった。
最後の言葉がカンにさわり、むしろ天邪鬼にも村を出ようとしたが、案の定彼の言ったとおり無理だった。
門番に止められ、無理矢理通ろうとすれば、ぽいっと投げられ、門の中へ戻される始末。
やけくそに2〜3発殴っておいたが、いかんせん子供の力のため、ろくに効かず(つまりちょっとは効いた)、更にイライラは募っていった。
……そんなイライラ絶頂の時だった。
意外な人物が彼の目の前に現れたのは。
それは二人目の『蔵馬』が現れた時よりも、もっともっと驚くような人物だった。
「……」「……」
教会の近くで睨み合う二人。
それは年こそ違えど、全く同じ顔をしていた。
大きな眼も、それに不釣合いなくらい小さな紅い瞳も、逆立った黒髪も、雪菜いわく「寡黙で眼の鋭い」桑原いわく「無愛想なガンたれ顔」の表情も…。
違うのは、こちらが子供なのに対し、向こうは本来の自分の姿をしているということだけ。
時を経て、鏡を合わせたような感じだった。
そう、それはどう見ても、自分のようだったけれど…。
「……貴様、何だ」
「……」
とりあえず、いつでも剣を抜けるようにだけ、小さく構えを取り、尋ねる飛影。
しかし向こうは無言のままだった。
ただ、こちらのように怪訝に感じている様子は明らかに、ない。
その眼は射抜くようでありながら、疑心は感じられないものだった。
二人の間に緊張が走る。
ゲームのキャラクターか、それともモンスターが化けているのか。
どちらにせよ、友好的な様子は感ぜられない。
隙を狙っているのが、見え見えだった。
だからこそ、飛影も隙を見せず、隙を狙う。
蔵馬同士の時のような和やかさは一切ない。
まだ抜いてもいないのに、二人の手には抜き身の剣が握られ、お互いの喉元に突きつけているような雰囲気が漂っていた。
そのまましばらく、二人は微動だにしない……。
そして。
先に動いたのは、相手だった。
剣に左手をそえたまま、まだ抜かずにそれでも、踏み出していた。
飛影は動かなかった、足だけは。
瞬時に剣を抜き、向かってくる相手めがけて、なぎ払うように斬り付ける。
手ごたえは、なかった。
飛影の横をすり抜けるように、向こう側へ走りこんだ男。
勢いが落ちず、かすってもいないのは一目瞭然だった。
かなり、できる。
まるで大人の自分そのものだった。
ばっと振り返り、再び剣を構えた。
遅れをとって、後ろから斬りつけられれば、たとえ短刀などであっても致命傷になる可能性がある。
もし腰の長刀を抜かれきっていれば、深手どころの騒ぎではない。
刹那の時も無駄にはできない。
……しかし。
「……?」
振り返った先に、男はいなかった。
ただ、教会の横壁だけがあった。
警戒しつつも、周囲を見渡す。
しかし、男の姿はおろか、気配すらなかった。
あの殺気にも似た、それであって殺気ではない、執着のような感情の波は、ここにはない。
逃げたにしても、そんな時間あったかどうか。
だが、確かに、ここにあの男はいないのだ。
「……一体なんだったんだ…」
「飛影! 飛影!」
首をかしげている飛影の元へ、聞き慣れた声がした。
慣れないのはその声がする方角。
段々近づいてきたそれは、やがて足元から聞こえた。
この角度だけは、どうしても違和感があって仕方がない。
「ここにいたのか」
トコトコと飛影の足元へ歩み寄る蔵馬。
そのまま肩へ飛び乗ってきた。
サイズが子猫ゆえに、全然重くない。
しかし、足元からにせよ、肩からにせよ、蔵馬の声が上以外から聞こえてくるのは、どうしても妙な感じがして仕方がなかった。
「どうかしたのか?」
「何がだ」
「剣抜いているから。それにしては警戒してなさそうだし」
単純に剣を抜いており、警戒していれば、村の中とはいえ、モンスターという可能性を考えただろう。
だが、剣を抜いているのに、構えもせず、首をかしげている様を見れば、それ以外の何かということになる。
「……わけの分からんヤツがいた」
「どんな?」
「よく分からん」
「? それで何処へ行った?」
「いきなり消えた」
「そう…」
あえてそれ以上聞かない蔵馬。
飛影が誤魔化そうとすれば、しつこく聞いただろうが、本人が「よく分からない」と言っている以上、聞いても仕方がないと思ったのだろう。
それに次の飛影の質問で、大体事の次第が見えたから。
「蔵馬」
「何?」
「貴様、人間の蔵馬を見た時、どう思った?」
「随分前の話ですね」
「…答えろっ」
「別に。ああ、俺だな、と。ここがゲームなのは分かっていたし、そういうこともあるんじゃないかと思ったから」
「……」
「まあ、もう一人の俺がいたんだから、驚いたことは驚いたけどね」
「……そうか」