その4 子猫
「……」
「……」
この時の感情は、驚き以外の何者でも表現出来ないであろう。
つまり、驚愕とか愕然とか、そういう難しい言葉を使うレベルの問題ではないのだ。
とてもとても驚いているけれど、傍目には、驚き半分ギャグ半分にしか見えない状態。
両名とも、目が完全に点になっている。
「……」
「……えっと…猫…かな?」
しばらくの後、蔵馬が何とか口を開いたが、出た言葉はこんな感じだった。
誰に対して言ったというわけでもなく、半ば現実逃避にも近い感情で出た言葉だった。
逃避もしたくなるだろう。
目の前に突きつけられた現状は、直視した上、凝視した後で言うのも何だが、あまりに直視しがたいものだった。
そこにいたのは、確かに猫だった。
猫のようだった。
猫っぽかった。
大きさといい、長いしっぽといい、大きな耳といい、猫のものでしかなかった。
…しっぽの先に房がついていたり、珍しい柄だったりと、微妙に猫でないところもあったが、とりあえず猫っぽかった。
これが猫の顔であれば、驚くこともなく、猫として受け入れただろう。
猫として受け入れられず、呆然としてしまった理由は、その顔にあり。
虐め蹴られていたためか、泥がついてわずかに赤くなっているその顔は、とてもとてもよく知っているものだった。
飛影は、彼が中学生の時からよく知っているし、そうでなくともさっきからずっと一緒にいる。
蔵馬は、毎朝顔を洗うために、洗面所にいけば、鏡の中で彼に出会う。
そう、その顔は紛れもなく、蔵馬のものでしかなかったのだ。
妖狐の姿とかそういうのではない、南野秀一の蔵馬。
顔立ちとしては、今現在、飛影の隣にいる蔵馬とほとんど同い年くらいだろう。
ただ違うのは、ネコの耳と尾がはえ、服ではなく、まだら模様の毛皮をまとっていたと言うこと。
言うなれば、↓こんな感じである。
……結構、可愛いかもしれない。
が、今はそういう場合ではない!!
「何だ、お前ら? この猫が欲しいのか?」
「ただじゃ、やれないよーだ」
とりあえず子供たちに話しかけてみたが、こんな感じ。
現実世界にもよくいる近所の悪ガキども…といった感じだった。
余談だが、管理人はこういうガキがとてもとても大嫌いである。
この世で嫌いなものベスト3が、「男・子供・ゴキブリ」と豪語するほどの子供嫌いの上、こんな性格の悪いガキなど、はっきり言ってゴキブリ以上に嫌いである。
何故、モンスターを叩っきれるだけの力があるのに、こいつらは殴れないんだろうと、プレイ当時とてもとても悔しく思ったのは記憶に鮮明に残っていたりする…。
「この猫欲しかったら、お化け退治してこいよー」
どうしたらそういう展開になるのか、よく分からないが、微妙な捨て台詞を残して、子供たちは猫を抱え、己の家へと雪崩れ帰って行った。
「……」
「……」
呆気にとられていた二人だが、まあそこにいても仕方がないため、とりあえず村探索へと戻った。
しばらくの間、お互い何も言わなかったが、
「……自分が虐められているのを見るのは、おもしろくないな…」
やや殺気だった声で、ぼそりとつぶやいた蔵馬の言葉に、飛影はとてもとても嫌な予感がしたのだった……。
夜。
蔵馬の家でもある宿へ泊まることになった飛影とコエンマ。
寝付きはいいため(それこそ戦った直後だろうが、目の前で戦闘が繰り広げられていようが、あっさり眠れるくらい、いい)、ベッドへ入り、すぐに寝入っていたが、いきなり腕を引っ張られ、飛び起きた。
気配は感じなかった。
というか、感じられなかった。
この子供の姿、思いのほか感覚も鈍く、そういうことに対する敏感さまで半減されてしまっているらしい。
とにかく、敵か!? ととっさに構えたが、ベッドの横に立っていたのは、よく見知った人物だった。
「やあ、飛影」
「……何のようだ」
「決まってるじゃない。お化け退治」
「……一人で行け」
「行こうかとも思ったんだけどね。村から出られないんだよ。主人公が一緒じゃないと無理みたいで」
「……」
「とりあえず、早く起きて、着替えて」
逆らおうとしても、無理なことは重々承知。
昼間の殺気からして、断れば、殴ってでもつれていかれるのは目に見えている。
さっさと起きた方が無難だろう。
コエンマも叩き起こそうかと思ったが、完全に寝入っているようで、一発二発では起きそうもない。
それに何だか度々イビキに混じって、くしゃみをしているようなので、
「風邪ひいたのかもね。そっとしておいた方がよさそうだ」
と蔵馬が言うため、あきらめた。
村の入り口へ行ってみると、昼間二人を止めた門番は、うたた寝などしている。
起こさぬよう、横をこっそりとすり抜け、村の外へと出た。
夜ともなれば、モンスターの活発化する時間帯。
「はあっ!」
「たあっ!」
昼間探索ついでに寄った店で、武器防具も揃え直しておいたので、ここへ来た時よりは攻撃力も防御力も上がっている。
でもってやはり蔵馬の戦闘力は半端でなかった。
子供とはいえ、女キャラになっているとはいえ、この力・このスピード。
前回のゲームの遊び人桑原よりずっと強いし、頼りになる。
……そこまでまだ書いていないため、詳しくは記載できないが、転職した後は桑原もとても頼りになったことだけはフォローとして載せておこう。
「えっとこの先かな…」
いつ情報収集したのか、村から北の山に古城があり、そこにお化けが出るとの噂まで手に入れていた蔵馬。
いくつか森や丘を越えた先に、それはあった。
古城というより、化け物屋敷に近いかもしれない。
といっても、それに怖がるような二人ではなかったが。
「入り口は鍵がかかってるな……裏に回ってみよう」
城の裏手に回ると、そこには長い螺旋階段。
まずここが出入り口の場所として使うので、間違いないだろう。
子供の体では一段一段がやけに高く感じられるが、そうも言っていられない。
ようやく最上階へたどり着き、階段から床へと降り立った……そのときだった。
がっしゃーん!!
「!?」「!?」
同時に振り返ったが、時すでに遅し。
階段と最上階の床との間に、太い鉄格子が降りていた。
「罠…か」
「そのようで」
子供の力ではとうてい開けられそうもないし、二人の持つ武器は剣と鞭。
鉄格子など切れそうにもない。
「奥へ進めということか」
「らしいね……うわっ!!」
「! 蔵馬!?」
稲光に照らされたそこに、蔵馬の姿はなかった……。
「っ、蔵馬!!」
乱暴に墓石を蹴飛ばし、棺桶の蓋をこじ開けた。
「いたた…あ、飛影」
「……」
意外にも元気そうでいると、心配したこっちがバカのようで、むっとすることが時々ある。
飛影のは、まさにそれだった。
いきなりいなくなって、さんざん探してみれば、何故か城の屋上に作られていた墓の中から声がしたものだから、必死に開けてみれば、これである。
「……何している、貴様」
「何って、いきなり誰かに腕捕まれて、ここに投げ込まれてね。内側からじゃ開かなかったんだ」
ぽんぽんっとホコリを払いながら立ち上がる蔵馬。
ほおりこまれた時に頭を軽くぶつけた程度で、怪我などはないようである。
「心配かけた? すまなかったね」
「っ、誰が!!」
「そう? ならいいけど……それはそうと飛影」
「何だ!」
「後ろ」
「……!?」
……山林のモンスターはそれほど強力ではなかった。
子供の自分たちでも倒せるほど、たいしたことはなかった。
しかし、イベント場所というのは、決まっていることだが、そこら辺よりもレベルの高いモンスターがひしめいている。
それはわかりきったこと。
とはいっても……。
「飛影、大丈夫?」
「うるさい!!」
いきなり襲ってきた動く石像にこてんぱんにやられた二人。
蔵馬はさほど怪我を負わなかったが、飛影は頭にでっかいたんこぶが出来てしまい、結局二人して元の村へUターン。
もう夜明けも近いため、勝手に村の外に出たことがばれるのもあれだろうということになり、おのおのベッドへ引き返したのだった。
「イベントクリア出来なかったな……どうなるんだろう」
「……」
普通イベントがクリア出来るまでは、話は進まないのが常である。
だが、そうであれば、いつまで経っても夜が明けないのが普通……なのに、もう夜明けはすぐそこまで来ていたのだ。
朝が来るということは、護衛目的で村へ来ていた飛影は、コエンマとともにまた旅立ってしまう。
実際、コエンマは昨晩宿に戻った際、「明日には向こうの村へ戻る」と言っていた。
ということは、進めるのにクリアする必要性のないイベントだったのだろうか?
しかしそうとなれば、獣姿になっているといっても、自分が虐められるのをまじまじと見てしまった蔵馬の立場がない。
というか、怒りをどうやってはらせばいいのか……。
とばっちりが来ないことを願いつつ、飛影はたんこぶ抱えて、短い仮寝についたのだったが……。
「はっくしゅーん!!」
朝になって起き出してきた飛影と蔵馬。
目の前で布団に潜り込んでいる約一名に、呆気にとられていた。
「……風邪ひいたんですか、コエンマ」
「ああ、そんなに冷えた覚えもないんだがな……悪いが飛影、治るまでもうしばらくこの村にいるからな」
「……好きにしろ」
もしかして一晩で、イベントクリア出来なかった場合、こういうことになる予定だったのだろうか?
とすれば、コエンマの風邪は偶然ひいたわけではなく、イベントクリア出来なかったが故にひいたことになる。
やや気の毒だな〜と思いつつ、まあ仕方がないかと(酷っ)、二人は再び夜になるのを待ったのだった……。