その3 また…

 

 

 

港より北へ数キロ。
幾度かの戦闘の後、目的地である村へ着いた飛影とコエンマ。

そこはとても小さな小さな村で、前回の冒険で最初にいた国とは大違いだった。
山を背にしたコジンマリとした村だが、建物は大きさは小さくとも、割合しっかりした造りをしていた。

その一つ、北東にあった家へ、コエンマは足を踏み入れた。

そこには見覚えのある人物がいた。
最も、見慣れているのとは、大分違う姿ではあったけれど。

 

 

「……」
「……」

しばし無言で凝視する二人。
対照的に、あちらは特に驚いた様子もなく、

「どうもお久しぶり」

と軽く挨拶してきた。

 

 

「えっと…」
「コエンマ、久しぶりねえ。そっちはあんたの子?」
「え? え、まあ…」

コエンマが口を開こうとしたところ、家の奥からやってきた見知らぬ女性に割って入られてしまった。
彼にとっては知り合いのようだが、あくまで設定でしかないらしい。
女性はやや説明じみた自己紹介をし(コエンマの顔なじみらしい)、同時に飛影たちが固まった原因である人物の母親だと告げた。

 

「……えっと、つまり彼女の子…なのか? お前…」

女性が外へ行ってしまった後、問いかけるコエンマ。
相手はあっさり頷いた。

 

「そちらは旅を始めてどれくらい?」
「……いや、まだ船を下りたところで、旅らしい旅はまだ…」

「じゃあ俺は会うの、早い方かな?」
「ああ、まだ雪菜にしか会ってないしな……というかお前、いっこ聞いていいか?」

「何でしょう?」

大体見当はつくけれど、とため息をつく彼へ、コエンマがどう聞くか考えている間に、単刀直入に飛影が聞いた。

 

 

「蔵馬。貴様、また女か?」

 

「やっぱりそれですか…」

 

 

再び大きくため息をつく蔵馬。
予想ついていたためか、それほど怒ってはいないが、機嫌がいいようにも見えない。

それもそうだろう。
前回の冒険、女盗賊として任命され、賢者へ転職した後も性別だけは変えられず、結局全てが終わるまで、女装させられっぱなしだったのだ。
やっとそれから解放されると思った矢先に、これでは怒りたくなるのも無理はないだろう。

 

蔵馬が今している格好。
旅装束ではあるようで、飛影の着ているものによく似ているが、しかし色といい、微妙に違う形といい、どう見ても女物。

それに先ほどの女性は、はっきりと「私の娘」だと言い切っていた。
つまり、今回もまた蔵馬は女役を任命されてしまったということに…。

 

彼はいくら顔立ちが綺麗で中性的であっても、精神は立派な男の子。
女装の趣味はこれっぽっちもない、れっきとした男なのだ。

それが、たとえ似合うとはいっても(本人に言えば殺されそうだが…)、毎度毎度女装女装…。
気の毒だし、それが怒りの元となって、こっちに飛び火してくるのは、かなり怖い。

たかがゲームとはいえ、いくら何でもやりすぎだろう…と思わずにはいられない飛影たちだった。

 

 

 

「……それにしても、飛影」

まじまじと飛影を見る蔵馬。

彼もまた、飛影同様、子供時代まで年齢を下げられてしまったらしく、身長差はそれほどはない。
といっても、蔵馬が飛影を見ると、目線が斜めになるのだから、結局それなりに蔵馬の方が大きいのだが。

 

「君、小さい時から目つき悪かったんだね」
「五月蠅い!」

真面目な顔で言うことでもないような気もするが、蔵馬は至って真面目だった。

 

 

 

 

 

翌日。
飛影とコエンマ一行は、蔵馬とその母を交えて、村を出発した。

どうやら、蔵馬の父というのが病らしく、薬を届けるため、隣村へ行くことになり、戦闘力があまり高くない二人の護衛という形で同行することになったのだ。
といっても、蔵馬の戦闘力、あんまり低くもなさそうに見えるのだが…。

ちなみにその薬というのが、手に入ったのが、ある意味飛影のおかげだったりするのだが…。

 

「そういえば、洞窟に入ったらしいけど、何かあったのか?」
「……くだらんことだ」

簡単に言えば、薬を作っている道具屋が、たまたま暇つぶしに洞窟内をうろうろしていた飛影によって助けられた…というだけだった。
それも邪魔な岩を蹴飛ばしただけで、助ける気などさらさらなかった。
結果オーライというやつだが、その道具屋にやたら子ども扱いされたのが面白くなく、なのでとりあえず黙っているのだが。

 

 

隣村への道程自体は、あまり苦労はなかった。
幾度か戦闘はあったが、やはりコエンマの戦闘力は半端でなく、一撃必殺、あっさり倒してしまったのだった。

「……コエンマ、強いんですね」
「……」

「飛影。これ、ゲームだから」
「…五月蝿い!」

何を言われようが、やっぱり面白くない飛影だった。
蔵馬としては、まあゲームだし…程度にしか思っていないのだが。

 

 

村へ到着し、蔵馬の父とやらに対面したが、やはり見知らぬ人物だった。

「どうやら、このゲームは前のような機能は搭載されていないらしいな…」
「どういうことだ?」

「つまり主人公の知り合いがキャラクターとして登場しない、全て架空の人物ということ。飛影が会った雪菜さんも、俺たちが知っている雪菜さんだったんだろう?」
「…ああ」

「今後出会う知っている人物は、全員、俺たちと一緒にゲームへ入った皆だろうね。まあ、そのほうが分かりやすいけれど」

下手に知り合いが出てこられると、それが敵だったりすると対峙しにくくなる。
まあ飛影の知り合いなどそう多くはないだろうから、そういうこともあまりないかもしれないが。

 

 

……蔵馬の父とも、コエンマは顔なじみという設定らしい。
最初のうちこそ、話をあわせるのに戸惑っていたが、そこは適応力あるコエンマ(蔵馬もあるが)。
あっさり打ち解け、親同士の会話を成立させ、和気藹々と話し込んでしまった。

「ああ、蔵馬。お前たち、外で遊んでおいで」
「はい」

母に言われ、蔵馬は飛影をつれ、外へ出た。

 

 

「……いいのか?」
「まあ、病気といっても、大したことないようだし。コエンマが出立を決めない限り、飛影も勝手に出て行けないだろう? しばらくは俺たち二人で行動することになるんじゃないかな」

ゲームのシナリオは以前のものよりも複雑化しているらしい。
最初から十代の設定で、行動に特に制限がなかった前回と違い、今回は子供のため、パターンが限られている。

ためしに二人で村を出ようとしてみたが、門番に止められ、垣根などの類はやはり越えられなかった。

 

「村の中でイベントといったところかな。探さないとね」
「……」

ということで、二人して村の中を歩き回ること数分。
イベントらしきものに出会うことは出来た。
出来たというか、イベントと思わなかったが、出会ってしまったというか……。

 

 

 

「何だ、あのガキども…」
「…小動物を虐めているようにしか見えないけど」

川岸を歩いていたときだった。
橋の向こうで、子供が3人ほど集まって、その足元にある何かを蹴っている。
蹴られることで転がっているが、そうでなくとも動いているところを見ると、蔵馬の言うとおり、小動物の類らしい。

敵には容赦しないし、目的のためには手段も選ばない二人だが、弱いもの虐めを好んで行うような性質は全く持ち合わせていない。
自然不機嫌になり、つかつかと橋を渡って、歩み寄っていく。

子供たちはどうやら蔵馬たちより少し年上くらい。
だからといって、どうということはない。
文句の一つか、拳の一つでも入れてやろうと思い、近づいていったが……、

 

 

「あっ…」

「……!」

 

 

この世のありとあらゆる不可思議な出来事に出くわし、ゲームに引き込まれて、二度も違うゲームをやらされるという展開をも体験した二人。
それ相当のことがなければ、もう驚くこともないと思っていたが…。

驚いてしまった。
それ相当のことだったといえば、そうかもしれない。

別に子供たちに驚いたわけではない。
見知らぬガキどもなど、どうでもいい。

 

 

彼らが驚きを隠せなかったのは、子供たちが虐めていた小動物…。

 

それは……どう見ても、よく見知っている「かの人」にしか、見えなかった。