その2 つかの間の再会
「お、坊主。そろそろ着くぜ、下船の支度を……ぎゃあっ!!」
比較的下っ端と思われる船乗りは、この物語上で唯一の台詞を全て言い終えることなく、甲板へ沈んだ。
死んだわけではない。
単に失神しただけである。
理由は、殴られたから。
誰に…というのは、語る方が馬鹿馬鹿しい。
人の言うことを聞かず、初対面の相手に平気で殴りかかるという人物は……まあこの話には結構いるが、それでも台詞の前半部分すら言わせてくれないのは、彼ぐらいだろう。
尖った頭に、ネコの眼よりも小さな瞳孔、眼の下にクマのある凶悪な顔つきの彼くらいしか…。
「……」
無言で無断で、船の中をあちこち歩き回る飛影。
目的があるようなないような……もしかしたら、じっとしている気分でないだけなのかもしれない。
とりあえずここがゲームの中ということは分かった。
が、以前の『どらくえ3』とは明らかに状況が違う。
それが飛影をより苛立たせていた。
以前の物語は、ゲームに入った途端、そこは酒場で蔵馬と桑原、螢子がいた。
桑原と螢子はいたところで、大して状況に変化はなかったが、少なくとも蔵馬がいたのは、とても好都合だった。
幽助が来るまでの数時間の間に、大体の状況は理解できた。
幾度かからかわれ、それ相当腹は立ったが、ワケが分からないうちに話を進められるのは、もっと腹が立つ。
ということで、さっきから同じ船に乗っていないかと、探しているのだが、出会うやつ出会うやつ、見知らぬ他人。
しかも自分を子ども扱いしまくり、「坊主」と連呼しまくっている。
短気な飛影が怒らないわけがなく、そのたびに先ほどのような感じになっているのである。
……それなら、少なくとも自分よりは知っていそうなコエンマを、叩きのめして、瀕死の重態にした上、床に転がしてこなくても…と、思わないでもないが。
「お、飛影か。もう着くぞ、あいつ連れて来い」
「……」
見知らぬ男だったが、今までの連中よりも年上で服装がいいことから、どうやら船長と見て取れた。
ちゃんと名前を呼んだこともあり(何故名前を知っているのか…とも思ったが、どうせコエンマが教えたのだろうとあえて聞かなかった)、男が指差した先に陸地が見えてきたことから、船室へ戻った。
最も男は“あいつ”と言っただけで、誰のこととは言わなかったが、
「……どうせ、コエンマのことだろう」
他に心当たりもないのだし。
船室で相変わらずノビたままのコエンマを、仕方がないと引きずって、外へ出る。
船はもう港へ着いており、船乗りたちが荷物の上げ下ろしを行っていた。
飛影が半数近く叩きのめしたため、随分と時間がかかっているらしい。
「飛影、じゃあ達者でな」
「……」
コエンマがノビているのはどうでもいいのか、船長は笑顔で手を振っていた。
ずるずるとコエンマを引きずりながら、船と桟橋の間に渡された板を渡っていく飛影。
と、入れ違いに船へ入ろうとする一家族が目にとまった。
途端、一瞬固まってしまった。
強い相手でもなければ、他人に興味を抱かない飛影が、立ち止まるほど凝視してしまった相手。
それはその家族の…一家の長でも、縁の下でもない。
幼い…今の飛影よりも幼い、一人娘だった。
その顔には見覚えがあった。
ありすぎた。
いくら若返っていても、見間違えたりしない。
忘れるわけがない。
その姿を飛影は一度だけ見ている。
雪山で動物と戯れる幼い少女の姿を。
「……雪菜」
「あ、飛影さん」
呼ばれるまでの数秒間、飛影は完全に固まっていた。
はっとした、というのが一番あてはまるだろう。
呼ばれたことで、我に返ったといったところだ。
「…雪菜、か?」
「はい」
あえて確認しなくても分かりきったことだが、雪菜はいつもの笑顔で答えた。
「私はあの方たちの娘なんだそうです」
先に乗船した夫婦を見ながら言う雪菜。
つまりこの雪菜はゲームのキャラクターではなく、飛影たちと同じようにゲームへ引き込まれた雪菜本人ということなのだろう。
にしては、随分馴染んでいるが……まあ、前のゲームでも彼女は意外と馴染んでいたようだから、案外今回もすんなりやっているのかもしれないが。
「これから船で、しばらく旅に。飛影さんたちはどちらへ行かれるんですか?」
「……おい」
バコンッ
聞かれたところで飛影が分かるわけもない。
好き勝手にいきたくても、それが出来ないのがゲームだというのは、この何十日にも及ぶゲーム三昧で分かったことだ。
となれば、知っていそうな人物に聞くのが一番。
未だ酷い状態で転がっているコエンマを蹴り上げて起こした。
雪菜は一瞬驚いたようだが、案外コエンマがあっさり起きたので、あえて何も言わなかった。
「いっつー…」
「貴様には分かっているんだろう。これから何処へ行くつもりだ?」
「え? えっとな……ああ、雪菜。いたのか」
「はい」
「何処へ行くと聞いている…」
やや殺気立っているのが見えて、焦るコエンマ。
「えっとな。ここから北に小さい村がある。そこに行く予定だ」
「そうなんですか」
「雪菜はこれから船か?」
「はい。しばらく船旅に」
「……」
誰とも知れぬ相手とともにいくより、一緒にいたほうが…と思っても、それが無理なことも大体見当はつく。
それに一緒にいたほうが危険なことだってある。
「頑張ってくださいね」
甲板の手すりから身を乗り出して、こちらへ手を振る幼い妹。
どうか無事でと、言葉には出せなかった。
「それじゃあ、わしらも行くぞ、飛影」
「……」
……目的地の村までは、それほどの距離ではなかった。
前のゲームと同じように、ランダムにモンスターが現れたが、いかんせん子供の身体は戦いにくい。
本来、この年にはA級妖怪として名をはせていたのに、当時の力はこれっぽっちも発揮できない。
本当にか弱い人間の子供の身体でしかないのだ。
「ちっ…」
それについてもイライラしているが、飛影がイライラしている原因はもう一つある。
「こんの!!」
ずばっと音を立てて、モンスターが切り裂かれる。
剣を振り回し、一撃の元に。
子供になってしまった自分に比べ、彼は本来なかったはずの力を手に入れていた。
「よし、片付いた。飛影行くぞ……ぐはっ!!」
すちゃっと剣をおさめながら、振り返ったその顔を、飛影は思いっきり蹴倒した。
「何をするんだ、いきなり!!」
「五月蝿い!!」
もう2〜3度適当に蹴りを入れてから、すたすた歩き出す。
歩幅が違うのもあるが、あっという間に追いつかれた。
「さっきから何をイライラしとるんだ?」
「……」
聞かれようが、答える気になどなれない。
いくら魔封環を使えば、どんな妖怪でも封じられるほどの力があるといっても、普段は乳離れしていないようにしか見えないだけのチビ閻魔。
たとえ青年サイズになっても、おしゃぶりしたまま、名前の通りの子閻魔。
その彼が自分より数倍強いなど、いくらなんでもイライラせずにはいられない事実だった……。