第一章

 

その1 新たなるスタート

 

 

 

……バタバタバタバタバタ!!

 

気持ちよく眠っていたのに、突如として轟音が鳴り響いた。
どうやら何者かの足音らしい。
それは段々と大きくなり、近づいてきているのがよく分かる。

 

(……敵…か…?)

 

まだはっきりと目覚めていないが、安全なのか危険なのかが分からない以上、とにかく起きなければ。
しかし、身体が全く動かなかった。

まるで金縛りにあっているような……手足が鉛のように重く、思い通りに動かせない。
声すらでなかった。

妖力を駆使しようとしてみたが、魔界の炎はおろか、人間界の炎…それもマッチ程度の火すら出すこともできなかった。

 

(くそっ…)

 

敵であれば、まさに万事休す。
どうすることも出来ない惨めさだけが、心中をしめていた……。

 

 

 

そうしている間に、足音はどんどん近づき、ついには自らの枕元までやってきた。
にらみつけてやろうとしたが、瞼がろくに上がらない。

相手の顔すらよく見えなかった。
もし弱い相手であれば、眼力だけでも何とかなったかもしれないものを…。

 

(これまで…か…)

 

覚悟は決めたくないが、どうしようもないことに違いはない。
それに屈するよりはマシだろう…。

 

 

しかし……

 

(……?)

 

相手はいつまで経っても、自分を殺そうとしなかった。
それどころか、

 

 

(……殺気がない?)

 

怪訝に思ったが、相手がどんな顔をしているのかすら、分からない現状。
だが、音だけは何とか聞き取れた。

 

 

 

「産まれたのか!!」
(産まれた? 何がだ?)

「ええ、あなた……」
(誰だ? そこにいるのは……聞き覚えがあるような気がするが……くそっ、気配もろくに分からんのか…)

 

殺気がないことくらいは分かる。
だが、相手が分からない上、一体何を目的として自分のそばに来たのかも分からない。
そこに、妙な会話である。

今まであまりに気配が弱くて気づかなかったが、どうやら足音の主以外にも幾人かいるようである。
どちらが発した声なのか分からないが、とりあえず最低男と女が一人ずつはいるようである。

あれこれ思案している間に、周りでは勝手に話が進んでいるらしい。

 

 

「トンヌラというのはどうだ?」
(一体何のことだ?)

「でもね、あなた。私も名前を考えていたの……飛影というのは、どうかしら?」
「飛影か。あまりぱっとせんが」

男のその声に、ぴきっと額に青筋が走った。

(パッとせんだと!? 盗賊からつけられた名前とはいえ、ある程度は気に入ってる名前だぞ!! 貴様、何様のつもりだ!!)

 

「よし! 今日からお前は飛影だ!」

「……」

 

ここまでくれば、大体予想はつく。
男と女が何者かとか、ここがどこかとか、なぜ動けないとかではない。
それよりももっと大事で、かつ人によってはどうでもいいはずのことだ。

 

(ちょっと待て! じゃあ、さっきのトンヌラとかいうのは、俺の名前のことかー!?)

 

 

 

 

 

「ふざけるなー!!!」

 

怒鳴りながら、がばっと起き上がる飛影。
今度はしっかり体も動かせたし、声も出た。

 

「よお、飛影。起きるのが遅かったな」
「誰がトンヌラだ、誰が!?」

声をかけてきた男に、つかみかかる飛影。
男は一瞬ぎくっとした顔をしたが、

「な、何のことだ?」
「貴様が言ったんだろうが!!」
「し、知らんぞ、そんなことは!! 夢でも見たんだろう!?」
「……」

今ひとつしっくりこないが、夢だったような気もしないでもない。
あまりにリアルすぎたが、今、体はしっかり動くし、声も出せる。
であれば、自分の思い通りにいかない夢だったと考えるのが、自然だろう。

 

「夢、か…」

言いながら、すっと男の胸ぐらを離した。
男は反動で尻餅をついたが、飛影は全く意に介さない。

 

 

「いたた……」
「……おい」
「何だ?」

「貴様、何だ。その格好は」
「……お前も似たようなもんだぞ」

男−−コエンマに言われ、初めて自分のおかれている状況を見下ろした飛影。
そこにあったのは、いつもの自分の黒服ではない。
いや、いつもの自分の体格ですらない。

これは、まだ盗賊として魔界を暗躍していた……邪眼の手術を時雨に依頼する前の姿。
幼くしてA級の盗賊妖怪として名を馳せていた、5歳児の時の姿だった。

しかし纏っている衣装は当時と全く違う。
白を基調とした、やけに軽そうな衣。旅装束というやつだろう。

紫のマフラーと帽子。額に手を当ててみたが、邪眼はやはりなかった。

 

そして周囲は……やけに古い部屋。

壁にかけられた世界地図は、見たことがない地形。
それが小刻みに揺れているところを見ると、どうやらここは陸地ではない。
自分と同じような旅衣装の姿のコエンマと二人、狭い船室にいるようだった。

 

 

 

「…というより、お前…現状理解できとるか?」
「……」

無言だが、ようするにあんまり理解できていない。
まあ今起きたばかりなのだし、無理もないが……コエンマが言いたいのは、そういう現状理解ではなかった。

 

 

「じゃあ簡単に言うがな。ここはゲームの中だ」
「……ゲーム?」
「そう、ゲーム」
「…ゲームは終わっただろうが」

飛影の台詞も最である。

この話は、時間的には、管理人が未だに終わらすどころか、中盤までも持っていけていない、だらだら続く長編小説『どらくえ3』が終わった後と、仮定して書かれているものなのだ。

 

あくまで仮定である。
あれが果たして終わりを迎えるのかどうかは、管理人にすら分からない。

というか、ゲーム自体クリアできていないから、一生終わらない可能性の方がずっとずっと高い。
読者さまとしては、「だったら、こんな新しい連載始めるな、先にさっさと終わらせろ」と言いたいところであろうが、しかし終わるのを待っていては、多分一生公開出来ないであろう物語のため、『あくまで仮定として』進めさせていただいている次第なのだ。

 

「……随分長い言い訳だな」
「いつものことだろう」

…ほっとけ。

ついでに飛影くん、管理人の揚げ足とってる暇あったら、別のツッコミを入れてはどうでしょう?

 

 

「……それもそうだな」
(管理人、余計なことを…)

ふむと頷く飛影、そしてやや引き気味のコエンマ。
多少汗が増えているようにも見えるが、それも無理はなかった。

 

 

「仮定の話でもいちおう終わったんだろうが。何故、まだゲームの中にいる?」
「……あれとはまた別だ」
「何?」

「あれは『どらくえ3』というゲーム、これは『どらくえ☆ふぁいぶ』という全く違うゲームだ。同じ『どらくえ』とつくが、世界観も登場人物も全く違う」

「名前なんぞどうでもいい。何故そうなる? 何故、終わった途端に、別のゲームがスタートされる?」
「えっと…それは…だな…」

コエンマが言い辛いようなので、代弁すると、答えはこうである。

 

『どらくえ3』は確かに終わった。
仮定の話であろうと、いちおう終わった。
それまでにどんな苦労困難、四苦八苦、何度死んだか分からないが、とりあえず終わった。

しかし、いざゲームから出ようとした際、誰一人気付いていなかった…いや、考えも及ばなかったことが起こってしまったのだ。

 

幽助が『どらくえ3』をセットしたゲーム機は、何代目かのPS。
ゲームのカセットを入れる場所は二つある。

そう、『どらくえ3』を入れたスペースとは反対側に、実はもう一つ、別のゲームが入っていたのだ。

あの時、『どらくえ3』の電源を入れたのは幽助だったし、コエンマも、二つも霊界のゲームを持ってきてはいなかった。
だから、幻海の持ち物であったそのゲームカセットは、本来であれば、ただのゲームでしかなかったはずだった。

 

……が、強い霊気を発する物とともに幾時間も同居状態だったため、『どらくえ3』と同じ効果を得てしまったのである。
そのため、いざ脱出しようとしたところ、反対側のディスクに引き寄せられ、結果プレイせざるを得なくなってしまった……簡単にいえば、そういうところだったのだ。

 

 

 

「……コエンマ」
「な、何だ?」

「覚悟は出来ているだろうな?」

 

怒りをあらわにした顔で、コエンマを睨み付ける飛影。
寝起きのせいか、それとも地なのか、目の下にクマがあり、いつもより凶悪そうな顔は、怒りがなくとも十分怖い。

それが怒っているのだから、怖さも倍増。
コエンマでなくても、逃げたくもなるだろう。

 

「ま、待て! 早まるな! お、お前、仮にもわしは今な…」

「問答無用!!」

「ぎゃああーーー!!」