その5 <鍵>

 

 

「持ってきたのはいいけどよ〜」
「これどうすんだ?」

絵迅部亜の城を後にし、ボロ船へと戻り、再び大海へと乗り出していった勇者一行。
相変わらず足取りは遅いが、とりあえず修繕が一段落したので、甲板で壊れていないところを探し、座って昼食をとっていた。
ついでに今まで集めた道具やら防具の整理をしてみたのだが(正確にいえば、しているのは蔵馬だけ。他三名は見ているだけである)。

城で見つけた、例の壺。
見れば見るほど奇妙で奇っ怪で……。
もうちょっと良いデザインを思いつかなかったのかと思わずにはいられないような代物だった。

しかもよくよく見てみれば、魚の口のような部分。
何とそのまま筒抜けているではないか。
つまりは壺というよりは、ヤカンに近いのである。
これでは物を入れても水を入れても、すぐに零れてきてしまうだろう。

 

「どうすんだ? どっかで売るか?」
「使い道が分からない以上は下手には売れない。多分道具なんだろうが、何に使うのか…」
「壺なんだから、何か入れるんだろ。ま、ヤカンだったら水入れて、湯湧かすんだろうけどな。試しに使ってみるか?」
「え、ちょっと幽助!」

蔵馬が止める間もなく、幽助は目の前においてあった水筒の水を壺に注ぎこんでしまった。
呆れてものも言えない蔵馬……しかし、幽助が怪訝な顔をしているのを見て、

「…どうした?」
「……消えた」
「は?」
「水が……消えた」

「何ー!!?」

 

……断っておくが、この絶叫は蔵馬のものではない。
ガツガツと食料を胃袋へ納めていた桑原のものである。
口の周りに食べかすをいっぱいつけたまま、幽助へつかみかかっていく桑原。

「て、てめえ!! 水がどんだけ貴重か分かってんのか!? ゲームったって、周りは海水なんだぞ!? 水なくなったら、生きていけねえじゃねえかー!!」
「しょ、しょうがねえだろ! 消えちまったもんは……」
「……幽助」

二人が口喧嘩を始めかけた時(すでにやっていたかもしれないが)、蔵馬が幽助に話しかけた。
マズイ、怒られる…と、悪さでもした子供が母親からの説教を受ける直前のように、おそるおそる振り返ったが……。
しかし、意外にも蔵馬は怒っていなかった。
水が貴重なのは、蔵馬が言い出したことなのだから、てっきり冷ややかな視線を送ってくるものだと思ったのだが……。

「な、何だ?」
「ちょっと壺貸して」
「は?」
「いいから」
「あ、ああ…」

訳も分からないが、とりあえず壺を蔵馬に手渡す幽助。
が、蔵馬は何を考えたのか、幽助から受け取ったばかりの壺を、すぐ横の床に空いていた穴の中へ投げ入れてしまったのだ。

 

「お、おい! 蔵馬!」
「何やってんだよ!? 水溜まりの船倉にほりこむなんざ! 言っとくけど、俺は取りに行かねえぞ!」
「……お、おい! 浦飯、見ろ!!」
「えっ…あ!!」

桑原に言われ、彼がしているように穴から船倉を覗き込んでみると……。
そこでは驚くべき光景が繰り広げられていた。

船倉内に溜まっていて、バケツリレーでもして出そうかと言っていた大量の水……それが皆の目の前で、急速に減っていったのだ。
ただ減っているわけではない。
まるで渦を巻くように、回転しながら……その先には、蔵馬が投げ入れた壺があり、水は魚の口へと吸い込まれているのだ。

唖然として見ている幽助たち。
その後ろから蔵馬も見ていたが、驚いてはいない。
ちなみに飛影は興味がなさそうに、昼飯を食べ終えるとマストに登ってしまっていた。
最も先に修理を再開しようと考えたわけではなく、ただ何となく登っただけらしいが……。

 

 

 

そして数分後。

「水が…消えた!!」

コトンっと音がして、壺が船倉の床を転がった。
つまり水が完全になくなったのである。
それも一滴も残さずに…。

転がっていた壺が動きを止めた頃、蔵馬は船倉へと降りた。
壺を拾い上げ、床や壁に触れてみた。
普通はどんなに丁寧に拭いたところで、多少の湿り気というものは残ってしまうだろう。
しかしここにはそれがなかった。
まるで念入りに天日干しされたように、すっきりと乾いている。
本当にこの壺は一滴残らず水を吸い上げてしまったのだ……。

「なるほどね。この壺の役割が分かったよ」
「本当か!?」

蔵馬の言葉に甲板から身を乗り出して叫ぶ幽助。
蔵馬は首を縦にふって続けた。

「ああ。まあ見てのとおりだけど、この壺は水を吸収出来るんだろう。もちろん無限とはいかないだろうが、かなりの量をね。つまり俺たちが次に行くべき先は、水をなくしてしか入れない、または通れない場所だ」
「水がなくならねえと、入れねえか通れないか…」
「何処だ?」
「それは今から探すんだろ」

ガクンッ…ドシンッ!!

ずっこけたついでに、バランスを崩して、船倉に落ちる幽助&桑原。
挙げ句の果てには頭が船倉の床にめり込んでしまっているが……まあ、海水が染みてくる気配もなさそうなので、蔵馬はほおっておくことにし(いいのか?)、一人思案し始めた。

 

「(船倉に溜まった水を吸い切ることが出来た上、その時間は短い。ということは、少なくともこの船よりは大きなところだな。下手すれば島一つ分…いや、それは無理がある。となれば池か湖か? それはないか。この世界に来てから、それほど大きなところはなかったようだし。石州のオアシスか? それもないな。あそこは既にイベントクリアしたとみて間違いない。今までのところで探すよりは新しい場所を想像するべきだろうな。だが、現時点では新大陸を探し出したとしても、そこから見つけ出すには時間がかかりすぎる。もしイベントクリアの順番を間違えたなら、可能性は捨てきれないが……しかし、確率の問題では、むしろ陸よりは……)海、か」
「はあ?」

やっと頭を床から抜いたばかり幽助は、顔中木くずだらけにしながらも、呟いた蔵馬を振り返った。
(ちなみに桑原はまだ抜いている最中である)

「とすれば、海岸線か…いや、それだと壺に吸収しきれないか。むしろ浅瀬と考えた方がいいか」
「お、おい、蔵馬?」
「え、何?」
「さっきから何ブツブツいってんだ? つーか、ここ来てから、おめえそうすること多いけどよ。俺たちゲーム知らねえけど、少しは相談に乗らせろよ。おめえ一人で背負い込む問題じゃねえだろ」
「あっ……」

少し顔を曇らせる蔵馬。
確かにここへ来てから、蔵馬は一人で考え込むことが増えていた。
RPGを知っているのは自分だけ。
霊力や妖力の問題でない以上、自分が何とかしなければ……何処かでそう考えていたのかもしれない。

もちろん三人の力を低くみていたわけでも、頼りないと思っていたわけでもない。
だが、確かに一人で片づけようとしていたかもしれない……。
そんなこと出来るはずがないのに……。

 

 

「……すまない」
「べ、別に謝るこたねえって! つーか、謝るくらいだったら、もうちょっと頼れよ。そりゃ、俺たち頼りっぱなしで、頼りになんねえかもしれねえけど…な、少しくらい役には立つぜ! ちょっとくらい頼れって!」
「幽助……」
「そ、それより何だったんだ?」

蔵馬がいつもと違い、憂いを帯びたような表情になったので、幽助はぎくっとして話題を変えた。
そんなに悪いことを言ったのだろうか?
言い過ぎたのかもしれないと、オロオロしていたが、蔵馬はふっと笑顔になって、言った。

「ああ。壺を使うところの予想をね。まあ確率的な問題だけど、何処か浅瀬のようなところがあればね」
「……あれか?」
「え?」

ふと、甲板の上の方から飛影の声が聞こえた。
まさか船倉の会話が聞こえていたのだろうか?
しかしそうとしか考えられない。
三人そろって再び穴から甲板へ戻り、マストの上に立っている飛影を見上げた。
最も桑原は若干遅れてきたが…。

 

「飛影、どっちの方角に見える?」
「……あっちだ」

マストに寝転がったまま、進行方向を指さす飛影。
急いで船の舳先へと走っていったが、甲板からではまだ見えないらしい。

「とにかく方角はこっちであってるのか?」
「ああ」
「じゃあ、このまま進もう。いちおう戦闘態勢にはしておいて」

装備を確かめながら言う蔵馬。
飛影も蔵馬に言われたせいか、大人しくマストから降り、甲板に投げ出しておいた装備品を身につけた。
幽助も同じように兜や防具を装備したが。
しかし『頼れよ』と言った直後に、頼りにならず、飛影が役に立っていたのは、少々悔しい気もしていたのだった……。

 

 

 

それから数十分後。
船は飛影が見たという浅瀬へ到着していた。
地図で位置を確かめてみると、どうやら夢緒琉の近くのようである。
ぼ〜っとしている間に、絵迅部亜から大分西へ来てしまったらしく、大きな大陸を一つ越えてしまっていた。

が、近くを通っていたのだから、大体そこがどういうところなのかは見当がつく。
周囲が絶壁や越えられそうにない山脈に覆われ、とてもすぐには上陸出来そうになかった。
もちろん上陸出来る場所もあるだろうが、しかし浅瀬にたどり着けたのだから、越えてしまって正解だったろう。

 

「さてとっと。で、ここで壺使ったらいいのか?」
「ああ」
「んじゃ、せーのっ!!」

ドボンッ!

壺を浅瀬へ投げ入れる幽助。
しばらくして壺は海面まで上がり、そして一気に水を吸い上げていった。
小さな浅瀬だったが、船倉に比べれば、かなりの広さがあった。
時間はかかるが、しかし確実に水は減っていく。

やがて、水が完全になくなった時、そこに現れたのは……。

「祠か。入ってみる?」
「当たり前でい!!」

勢い勇んで船から飛び降りる幽助。
蔵馬も続いて、船から下りた。

「あれ? おい、桑原、飛影! 何やってんだ!」
「わ、わりー…先行ってくれ……」

ゆっくりと船から上半身だけ覗かせた桑原は、いかにも気分が悪そうだった。
どうやら船酔いしたらしい。
船旅を初めてから何度かあったことだが、これでは行くのは無理のようである。

「しょうがねえな〜…」
「じゃあ、そこで待ってて。飛影、袋に薬草入ってるから、後よろしく」
「げっ! ちょ、ちょっと待て! 飛影が調合した薬草なんざ、飲みたかねー!!」
「五月蠅い。とっとと来い」
「ぎゃー!!」

蔵馬に言われたから…というよりは、珍しくおもしろがっているらしい飛影。
実はこの数日前に飛影も船酔いしたのだが、その時蔵馬は手が離せなかったため、一人手の空いていた桑原が薬草を調合したのだ。
その時飲まされたそれは、劇薬か毒薬のような味と効果で……(後々、蔵馬がもう一度作らねばならないようなものだった)。

つまり、飛影は仕返しをするつもりなのである。
これでは後で蔵馬はもう一度調合する必要があるかもしれない……。

 

 

背後で桑原の大絶叫を聞きながら、幽助と蔵馬は歩を進めていた。
祠は浅瀬の中央にあり、そこまでは普通の草原が広がっている。
見たところ、モンスターの気配はない。
一気に草原を駆け抜け、祠へ直行!!

しかし……祠へ入ってすぐ、その勢いは幾分落ちてしまった。
その祠、かなり寂しいものだったのだ。

半分朽ちかけた古い祠で……ぽつんっと置かれた宝箱がもの悲しさを一掃強調していた。
辺りを観察しつつも、宝箱へ近づく幽助たち。
途中、蔵馬が一枚コインを拾ったが、後は何事もなく宝箱に近づいていった。

 

無言で宝箱に手をかけ、蓋を開く蔵馬。
中に入っていたのは、とても小さなものだった。

「鍵…か」

ぎょろりとした紅い目玉のついた、いかにも悪趣味なデザイン。
金細工が施されており、羽根のようなものが片側にだけついている。
しかし鍵穴に差し込む部分は今まで手に入れてきた鍵の中で、最もシンプルのようだが……。

「……役に立つのか? これ」
「多分ね……!」
「なっ!」

ばっと一歩下がり、身構える幽助と蔵馬。
二人が見上げた先…宝箱の向こうにあった玉座に、誰かが腰掛けていたのだ。
こんな今まで海に沈んでいたところに人間など、いようはずがない。
モンスターかとも思ったが、違うらしかった。

 

そこにあったのは、一体の骸骨……。
骸骨というと、黒鵺のことを思いだしてしまうせいか、蔵馬は過敏に反応しているようだった。

しかしその骸骨は言葉を話さなかった。
いや、黒鵺の骸骨とは根本的に違う。
彼はモヤのように現れたが、今目の前にある骸骨は元からそこにいたらしいのだ。
ぴくりとも動かず(その方が普通なのだが)、ただ空洞となった暗い瞳で幽助たちを見ている…。

用心しながらも、ゆっくりと近づく二人。
後一歩で触れるというところまで近づいて立ち止まると、じっと彼を見た。
よくよく見てみると、それは誰かに似ているような気がした。

蔵馬よりも高い身長、尖った耳、骨の太さからして男であることは間違いなさそうである。
服はなく、腰に布がまかれているだけ。
そして頭に毛は一本もなく、代わりにバンダナのように布が巻いてあった。

 

 

ここまで考えて、二人はある人物を思い出した。

「……まさか。画魔か?」
「おそらく……彼もまだ出ていなかったからね」

物言わぬ躯を見下ろしながら言う蔵馬。
幽助は何も言えずに、ただ一緒に骸骨を見ていた。
と、玉座の後ろに何かが書き込んでいるのを見つけ、

「おい、蔵馬。何か書いてあるぜ」
「え? ああ本当だ……えっと、『最後の鍵を手に入れし、旅人へ。我の遺志を受け継ぐことを願う。戯亜我の大穴へ向かえ』か」
「戯亜我の大穴?」
「多分、イベントの一環だろう。いつ頃になるかは分からないが……」

しばらく沈黙が続いた。
何となく幽助は感じ取っていた。
蔵馬が気落ちしていること……自分や桑原、飛影もそうだろうが、何処かでゲームと現実が入り交じり始めていることを。
もしかすると、このゲームの本当に恐ろしいところは、ここなのかもしれない。
時間経過と共にゲームと現実の区別がつかなくなる……特に死者が登場してしまうと、強烈なダメージを受けてしまうのだろう。
とりわけ、自分が殺した相手となっては……。

 

 

 

「蔵馬!」

呼ばれて蔵馬が振り返る前に、幽助はマントを脱いで目の前の骸骨にひっかけていた。
そして驚いている彼の腕をひっぱり、祠を飛び出したのである。

「行こうぜ!!」
「えっ?」
「『えっ』じゃねえよ! ほら、行こうぜ。さっさとゲーム終わらせんだろ!!」
「……あ、ああ…」

一瞬、目を丸くした蔵馬だったが、ふっと笑顔になって、

「そうだったね」
「なっ! 行こうぜ!!」
「ああ」

幽助に強引に引っ張られながらも、蔵馬は嬉しそうに笑っていた。

 

 

『頼りになんねえかもしれねえけど』

あの時、幽助が言った言葉。
だが、それは間違っている。

蔵馬は……幽助のその存在に頼っているのだ。

彼が側にいると、心が落ち着く。
もちろんそれは飛影や桑原にも言えること。

 

大人なのだから、常時頼っているわけではない。
しかしこういう時には側にいてくれて……。

本当に頼りになると、蔵馬は心から思っていた……。

 

 

〜作者の戯れ言〜

今回は何となく、蔵馬さんと幽助くんのことを主体においてみました。
ページの関係で最初の方は全く関係ないですけど…。
いつも蔵馬さんって一人で背負い込んで、他の三人に頼るってことがあんまりないと思うんです。
アニメの最終話で幽助くんが「みんなの頼りになる蔵馬」って言ってたくらいだから、みんな頼りにしてると思うんですが、でもその分逆に自分から頼ることってあんまりないと…。
もちろん一人長く生きてるとかがあるためだとは思いますが、時には誰かに頼ってもいいかなと。

えっとこの回ですが……実は浅瀬の祠のこと、あんまり覚えてないんで、結構適当です(汗)
ちゃんと書き留めておけばよかったんですが…。
最後の鍵を手に入れるということしか覚えてなくて、祠の雰囲気とかあってるかどうか分からないです(滝汗)