その6 <商人>
「……村、か?」
「それにしては随分荒れてるけど…」
「んじゃ、廃村ってやつか?」
「いや…」
棺桶の上で立ち上がり、周囲を見渡してから、蔵馬が確信づいて言った。
「それにしては、建物の痕跡が全くない。不自然過ぎる…」
祠で鍵を見つけてから、数日後。
勇者一行は、とある大陸へ上陸していた。
本当は一度亜利亜半へ戻って、この鍵で色々開けまくって物色する予定だったのだが……。
数日前の夜のことだった。
その夜は、いつも交代で行っている見張りを、昼間の乱闘にて、役に立たなかった上に、足を引っ張りまくったり、挙げ句の果てには蔵馬を棺桶送りにしたという理由で(魔法に専念していたところを、後ろから岩で殴りつけるという悪行であったのが一番かもしれないが…)、桑原一人でやることになったのだが…。
そういうことをして、何も起きずにすむわけがない!
案の定、途中で彼は居眠りをしてしまい、船は見事なまでに潮に流され、目的地から遙か遠くへ流されてしまったのだ。
しかも何が悲しくて、わざわざ来た方角へ……。
むろんそこでケンカだの言い争いだのは散々あったが、蔵馬は死んでいるし、幽助のMPも残り少なく、貧乏パーティである以上、道具も無駄には消費出来ない。
仕方なく、一番近い国へ行って、蔵馬を蘇生させようということになったのである。
彼らの位置からして、一番近かったのは、絵迅部亜の城。
だが、あそこには教会などなかったし、そうでなくても二度と行きたくない。
どうせ消え去り草がないのだから、入れないだろうし。
というわけで、二番目に近かった歩琉都牙へ向かおうとしていたのだが……。
祠へやってきた時も、こちらへ戻ってきた時も、横切った大陸。
周囲を断崖絶壁に覆われ、入れそうにないからと無視していたところだが……崖の麓に広がる森が、一部分だけ開けていたのだ。
前にもここは通った航路だが、夜だったため、気がつかなかったらしい。
多分、その時の見張り当番は桑原だったのだろうと思いながら、蔵馬は何も言わずにいたが…。
だが、今回見た、その異様な空間。
何かある……RPGの原則というよりは、直感で察した幽助。
蔵馬も行ってみる価値はあるだろうと同意し、船酔いしている二人の意見は聞かず、上陸。
森が開けたところへは、徒歩でもそれほどかからず、今に至っているのである。
しかし…4人が首をかしげるのも、無理はなかった。
不自然に開けた森、それが人為的なものであることは間違いなかったが、それにしては近くに村や町などない。
ということは、木を切り出すための場所とは考えにくい。
つまりはここ自体が村である可能性が一番高いのだが……それにしては、草はボーボー、大きな池は全く整備成されておらず、地面も凸凹である。
一体ここは何と呼べばいいのか……。
蔵馬の棺桶を引っ張りつつ、池の周囲を見渡す幽助。
後ろからは船酔いが治りきっていない桑原がついてきているが、飛影は既に探索に飽きて、近くの木の上で昼寝中。
とはいえ、もはや誰も気に留めたりはしなかった。
いつものことだし、騒動を起こされるよりはマシなので…(むろんそれは幽助たちにも言えることだろうが)。
「やっぱり村じゃねえの? 足跡もなくもねえんだし、人はいるんだろ」
「ああ。ただ人数としてはそれほど多くない。いたとして、一人か二人だろうな」
「そうなのか?」
「靴跡の具合で大体見当はつくからね。ここにあるのは、全て同じサイズだし、クセも同じだ。ここまで全く同じ足跡はなかなか出来ない。偶然を考えても、二人まで……とすれば、仮説は一つある」
「何だ?」
「村があったというより、今から創られるという場合だ」
「ご名答」
「うわっ!!」
ぎょっとして飛び退く幽助。
船酔いでフラフラになっている桑原は、そんな余裕なかったが、内心は驚いていたことだろう…。
「だ、誰だ、てめえは!?」
幽助が奇声を発したのも、無理はなかった。
明らかに見た目はヨボヨボで、今にもぶっ倒れそうな老人……記憶の限りで、こんなジーサンに出会った覚えはない。
最も桑原の顔を覚えるのに、数ヶ月かかったのだから、あまり彼の記憶はアテには出来ないが……。
だが、今回は無理はないだろう。
呂屠のように、幽助は彼に直接出会ったことはない……いや、正確には一度会ったのだが、その時は隣にいた色男くらいしか覚えることは出来ず、目前の彼を含めた他の4人は、記憶に留めることすらなかったのである。
まさか彼が金髪で素顔は結構いい男であるくせに、ピエロの風貌をしていた魔闘家などとは、思わなかっただろう(いや、幽助はピエロバージョンすら知らないはずなのだが)。
「わしはここに町を創ろうと思っている者じゃ。しかし金も人手もなく、困っているところじゃ」
「なるほど。分かりやすい展開だね…」
こういう時、次に出てくるであろう発言は、大体決まってくる。
つまり勇者たちに頼み事をするパターンである。
RPGにはよくあることだが、難題を言われると、幽助たちの神経を逆撫でする場合があるので、あまり厄介なことは言わないでほしいのだが…。
しかし幸いにも、今回のはそれほど難題というほどではなかった。
「町を創るには、商人がいる。有能な商人を知っていたら、紹介してほしいのじゃ」
「商人ね〜」
再び大海へ乗りだした幽助たちは、数日の航海の後に、無事に歩琉都牙へ到着。
まあ死んでいる蔵馬のぞく全員のHPが、残り「1」というのは、あまり無事とは言えないかもしれないが。
とりあえず、蔵馬の蘇生を前に、宿で休憩をとる幽助たち。
茶を飲みながら、例の老人こと怨爺の言っていたことを思い返していた。
町を創るのに商人が必要というのは、何処か当たっているようで、間違っているようで……しかし、コエンマの創ったゲームだし、そこら辺は深く考えないことにした。
「どうすんだ? 俺たちの中で商人なんていねえし」
「っていうか、俺たちが考えてやる必要あるのか?」
「……あると思う」
「蔵馬?」
皆には見えていないが、棺桶の上で顎に手を当てている蔵馬。
何故、先に蘇生に行かないのかといえば、宿屋の料金が三人分しか残っていないのだ。
蔵馬が蘇生した場合、一人は野宿ということに……棺桶ならばタダなので、蘇生は明朝ということで、今日は死んだままでいることに。
もちろん提案したのは、蔵馬本人だが(でなければ、今頃不満で口すら聞いてくれないだろう)。
「多分、メインイベントの一種だ。達成しない限り、クリアは出来ないだろう。順番を違えることも出来るが、やっておいて損はないはずだ」
「ってことは、誰かが商人に転職すんのか?」
「いや、俺たちの中からじゃなくてもいいはずだ。商人はそれほど戦闘には向いていないから、なったとしても大した利益はない。元々バランスが悪いパーティなんだから。商人なんて入れれば、それこそ大パニックだよ」
いや、遊び人よりは幾分マシなのではなかろうか?
まあいずれにしても、桑原はまだレベル18なのだから、転職は不可能だろうが。
「……じゃあ、どうすんだ?」
「一度、亜利亜半に戻って、酒場で商人を連れてこよう。最後の鍵での物色もあるしね」
ほぼ後半が目的であろうことは分かっていたが、あえて突っ込まない幽助たち。
自分たちもしたかったのは事実だし、何よりそろそろコエンマを一発殴りたかったのだ……。
しかし…その願望(野望?)は脆くも崩れ去った。
コエンマはそれを予感していたのだろう。
もしくは絵迅部亜にて、相当懲りたのか…。
幽助たちの入国を聞くやいなや、城の桟橋を上げ、彼らの侵入をあからさまに阻んだのである。
「コ、コエンマのやろう〜」
「(仕方ないな。裏口がなくもないけど、時間が惜しい)。しょうがないさ、コエンマを殴るのは、今度にしよう」
「むかつくなー」
腹は立つ。
だが、蔵馬は裏口とやらを知っているらしいが、幽助たちは知らない。
つまりは桟橋を上げられては、手が出せないということに…。
以前、色々頼れとは言ってくれたが、こういうことは教えるわけにはいかないだろうと、黙っているのである。
ケンカが長引けば、それだけ女装が長引くのだし……。
「というわけなんです。螢子ちゃん、誰か商人呼び出してもらえませんか?」
城の目前でUターンし、留衣々田の酒場へ。
カウンターに四人並んで、それぞれコーヒーやジュースを飲みながら、螢子に話しかけた。
本当のところ、幽助は酒が飲みたかったのだが、蔵馬の睨みがきいているところで飲めるわけがない。
一瞬、頼みかけて、ギロッと睨まれてから、そういうことはやめておくことにしたのである。
最も螢子が出すとは思えないが。
「事情は分かったけど……でも無理よ。一緒に旅が出来るのは四人までだもの」
「旅すんじゃねえよ。あそこに連れていくだけだって」
「それでもダメ!」
きっぱり言い切る螢子。
完全に酒場の主として、なりきっている。
雪菜にしても、静流にしても、女性たちの適応力の高さには感心するものがあるというもの。
それに引き替え、男群は……まあ、蔵馬は女装しているという点さえなければ、おそらくは完璧にキャラになりきれただろうが。
「仕方ないな。じゃあ、一度1人がお留守番ってことで」
「ちょっと待てー!」
蔵馬の発言に、他三名が叫びながら、立ち上がった。
当然、酒場の全員がこちらを凝視し、螢子も呆気にとられたが、しかしそんなことを気にとめる彼らではない。
「お、俺はイヤだかんな!!」
「俺は残らんぞ!!」
「俺もゴメンだぜ! 旅も面倒だが、置き去りなんざゴメンだ!!」
「幽助は勇者なんだから、関係ないよ。勇者が行かないで、どうするのさ」
「あ、そっか」
ホッと肩を落とし、蹴り飛ばした椅子を引き寄せて座る幽助。
自分が行けるとなれば、どうでもいいのだろうか……。
しかし、桑原と飛影にしてみれば、死活問題である。
旅は面倒だし、船酔いするし、ボロボロになるし、時には死ぬし……この上なく嫌なものであるが、皆が戦っているときに、一人でこんなところに残されるというのは、もっと嫌である。
どういう点で嫌なのかと言われると答えられないが、こういうのは理屈ではなく感情の問題なのだ。
今までは勇者という、一番面倒そうな職でないことにホッとしていたが、今回ばかりは勇者でなかったことを悔いた。
そして、こういう設定になった原因であるコエンマを死ぬほど恨んだのだった……。
最も、勇者が幽助になったのは、たまたまであり、別にコエンマは何も悪くなかったはずなのだが(多分…)。
「とにかく俺か、飛影か、桑原くんか…」
「決定。桑原残れ」
「何で俺が!!」
何の迷いもなく、きっぱり言い切る幽助に、桑原はぎょっとして叫んだ。
しかし、幽助は間違ったことを言ったような顔でもなく、平然と言ってのけた。
「しょうがねえだろ。蔵馬いねえと俺のMP低いんだから、帰還魔法の留宇羅が頼りねえじゃんか。敵が多いときは、蔵馬の鞭が一番だし」
「…く、蔵馬はいいとして…何で俺じゃなくて、飛影なんだよ!!」
「飛影いねえと、戦力不足だろ」
「魔法が通じない相手だと、飛影のスピードと急所をつく毒針が一番有効だしね」
「フン、貴様がいても足手まといだからな」
「だ、誰が足手まといだー!!」
三人全員に散々言われ、涙目になりながら、怒鳴り散らす桑原。
気の毒だが……実際問題、現時点で桑原は確かに足手まといなのだ。
攻撃力は低いし、防御力も低く、MPもあったところで意味はなく、挙げ句の果てには仲間を危険な目に追いやることも珍しくない始末……。
五月蠅いくらい怒鳴ったせいか(普段からも五月蠅いが…)、ぜいぜいと肩で息をする桑原。
その間にも幽助は桑原を残していく手続きを螢子にやってもらっていた。
最も、螢子はかなり複雑そうな面持ちだったが…。
何故だかあった酒屋のコマンドに桑原が「居残る」ことが表示された。
留守番が確実になったせいか、桑原の士気が一気に下がる……ず〜んっと暗い影を背負いながら、酒屋の隅っこで転がっている桑原。
あまりに哀れである……。
その背をポンっと叩いた人物がいた。
視線だけそちらへやると、蔵馬が苦笑を浮かべながら立っていた。
「まあ、気落ちすることないよ。商人をあそこまで連れて行くだけだから。歩琉都牙まで留宇羅で行って、そこからはすぐにつく。必ず戻ってくるよ」
「……戻ってこなかったら、ぶっとばすぞ」
蔵馬が同情で言っているわけではないことも、すぐに戻ってくるであろうことは分かっている。
ただ安心させようとして、言ってくれたのだ。
嬉しいけれど、素直になれずに、そっぽを向いたままの桑原。
ちなみに、「ぶっとばすぞ」の後、「お前は怖いからやらねえけど」と言いかけたが、やはりそれは怖いのでやめておいた……。
「ところで商人ってどいつだ?」
「うん、実はこの酒屋、商人一人しかいなくてね。今呼ぶから」
そう言って、奥へ引っ込む螢子。
間もなく、とある人物の手を引いて戻ってきた。
しかし幽助はその人物を迎えるわけでもなく、怪訝な顔で見ているだけ……やがて螢子の方を見やって、不思議そうに尋ねた。
「……おい、螢子。商人はどうした?」
「何言ってんのよ。あんたの目の前にいるじゃない」
「こ、こいつがか!?」
嘘だろといった顔で、叫ぶ幽助。
しかし無理はなかった。
商人というからにはドデカイ鞄でも持っている、普通の中年男といったイメージがあったのだが……(一体どっからきたんだ、その偏ったイメージは…)。
目の前にいる人物は、ドデカイ鞄など持っていないし、まして中年でも男ですらない。
水色のポニーテールの彼女が一体他の誰に見えるというのか……。
「幽助。そんなに驚くことかい?」
「驚くに決まってんだろ! 商人のイメージとかけ離れてるし、第一おめえ大臣じゃなかったのかよ!」
「ぼたんさん、大臣と商人の兼任なんだって。だから今、お城には大臣さんいないよ」
「……相変わらずコエンマのゲームはいい加減ですね…」
ため息を通り越して、頭が痛くなってきた蔵馬。
まあ下手に嫌いな人物が設定されているよりは、幾分マシだったが…。
「大丈夫だって! コエンマさまから、クリア条件聞いてきたから!」
「クリア条件? どんなです?」
クリア条件と言われては聞かないわけにはいかないだろう。
こういう点では、ぼたんが商人というのは適任だったかもしれないと思った蔵馬だったが、次の言葉で再び考えを改めた。
「いや〜。それがよく分からないんだけどさー」
「……聞いて…きたんじゃないんですか?」
「方法は聞いたよ。けど、それがどうすればクリアに繋がるのかが分からないだけ。何か、とにかく大きな街にしろって。住民から文句が出ても、ゲームキャラの言い分だから無視してやれってさ」
「強引だな、何か」
「……」
ぼたんの言葉に幽助は呆れただけだったが、蔵馬は嫌な予感を覚えた。
ただ大きな街にしろ…というだけならば、分かる。
よくあるパターンとして片づけられるだろう。
しかし……住民から文句が出てもと、はっきり言ったらしいことには、一種の違和感を覚えた。
「(…つまり、住民から文句が出ることは既に決定事項というわけか。それを無視しろと言ったということは、まさか……)…ぼたん」
「何? 蔵馬」
「コエンマがその話をした時……彼、どんな顔してた?」
「え? えっと……何か複雑そうな顔してたかな。夕飯の最中だったから、御飯が不味かったんだと思うけど、それがどうしたの?」
「…いや、何でもない」
一抹の不安を覚えつつも、確証はない。
それにもし自分の感が当たっていれば、幽助は大激怒するに違いない。
いくら相談しろと言われたからと言っても、こればかりは言うわけにはいかない。
「(外れていて欲しいけど……この予感だけは)」
〜作者の戯れ言〜
え〜、ドラクエ3やったことある人には、この後何がどうなってしまうのか、すぐにお分かりいただけると思います。
蔵馬さんの予感がどういうものなのかも……まあ、ネタバレになるので、伏せておきますが。
その辺どうやって、まとめようかも思案中(幽助くんたち激怒しないように…)
とりあえず、次からちょっとだけ桑原くんはパーティを外れます。
いつまで外れているかは……今のところ未定(笑)