その4 <壺>
「いでっ! おい、誰か今、俺の足踏んだろ!!」
「お、俺じゃねえぞ!」
「そう言ってるヤツが一番怪しい! やっぱ、てめえだな! 桑原!! 何処にいやがる!」
「てめえこそ、どこにいんだ!」
お互いに見えないと、いつも以上にアホらしくなるらしい二人の喧嘩…。
殴っていこうにも見えないし、かといってゲーム中では霊力も何もないため、気配すら感じられない。
声のする方へ拳を振っても、まるで当たらない。
代わりに本人がずっこけるだけ……つまりは両名さっきから転けまくっているのである。
しかしいくら姿が見えなくとも、これだけ喋ってしまっていては、門番に見つかるのではないだろうか?
……と、考える余裕は今のところ二人にはないらしい。
先程「話ながらじゃ、ぜってーバレるぞ!」と、誰かさんが言っていたような気もするが……。
不思議なことに門番は彼らがギャーギャー叫んでいても、首をかしげるだけで、気付いている様子はなかった。
だが、それ以降も怒鳴り続けているというのは問題だろうに……。
「大体てめえはなー!!」
「おめえこそなー!! いい加減にしねえと、螢子ちゃんに嫌われっぞ!!」
「な、何でそこで螢子が出てくんだ!! こんにゃろー!!」
バキッ!!
幽助の右ストレートが桑原の顔にクリーンヒット。
哀れにも桑原は天井から吊されたシャンデリアに激突!
そのまましぼんだ風船のように、ヘロヘロと落ちてきた……。
「あっ……」
「てめえ!! 何しやがる!!」
「桑原!! おめえ、見えてるぞ!!」
「へっ? あっ!!」
お返しにと幽助に拳を持って行った桑原だが、幽助の驚異の声にピタッと動きを止めた。
慌てて、自分の身体を見回してみる。
見えている……。
間違いない。
目の錯覚などでもない。
ジャラジャラキラキラと音を立て続ける派手な服が、はっきりと見えたのだ。
「な、何で……お、おい! 浦飯、おめえも見えてるぞ!!」
「げっ!?」
桑原に言われ、幽助も自分自身を見回した。
防具も剣も兜も全て見えている。
近くにかけられていた鏡で見てみると、全身が綺麗に映っているのが見えた。
「ま、マジかよ……薬の効き目、きれたのか?」
「そうなんじゃねえの。けど、蔵馬言ってたろ。多分、城の中入ったら、大丈夫だろうって」
「……そういや、蔵馬は? 飛影もいねえけど」
「あ、そういえば……おい。蔵馬、飛影。おめえら、まだ薬きれねえのか?」
……返事はない。
周囲を見渡したが、二人らしい姿は何処にもない。
ただ城の住人と思しき者たちが、自分たちを不審そうに見ているだけである。
「おい……まさかとは思うが、先に行っちまったのか?」
「んな馬鹿な! 『入城したら、そのまま動かないで薬の効き目が切れるまで待つこと』って言ったの、蔵馬だろ!?」
「けど、俺たち同時に薬飲んだんだぜ!? 蔵馬は若干遅れたかもしれねえけど、飛影は一緒だったじゃねえか! 先に行ったとしか、考えられねえよ! ったく、薄情な連中だな!」
ブツブツ言いながら、傍目を気にせず歩き出す幽助。
慌てて桑原が後を追い、肩をつかんだ。
「お、おい待てよ! いいのか!?」
「あ〜? あっちが先に行ったんだろ。じゃあ、俺たちが好きにしても文句は言えねえぜ」
「そりゃそうだが……」
「とりあえず階段探そうぜ。城ってったら、コエンマいるだろ。何とかと煙は高いところが好きっていうからな。あんの門番のことで、一発シメねえとな!!」
「おう!!」
無茶苦茶なことで一致団結した幽助と桑原。
誰かが話しかけようとしてきても、まずはほおっておいてコエンマを探すことにした。
どうせ物色も情報収集も蔵馬がやっているだろうし。
ほどなく上へ向かう階段は見つかり、上がっていくと、幽助が予想したとおり、彼はそこにいた。
「よお、久しぶりだな」
「コエンマ……」
「ん? 何だ、その顔は? 何か気に入らんことでもあったのか?」
「大ありでい!! 何だ、あの門番は!! 人のことを田舎者呼ばわりしやがって!!」
「そうだぜ!! 俺たちが勇者一行だって言ったら、鼻で嗤いやがったぞ!!」
「仕方なかろう。この城はそういう設定なんだから……」
「……は?」
「ここは誇り高き者たちが住まう城でな。外部からの侵入者は全て『よそ者』『田舎者』とされる。だが、まあ安心しろ。わしは心の広い王だからな! 田舎者でも話くらい聞いてやるぞ! ……どうかしたか?」
ふと幽助と桑原が俯いていることに気付いたコエンマ。
きょとんっとした顔で、玉座から立ち上がった。
「おい、どうした。そういや、蔵馬と飛影は何処だ? まさかここまで二人でこれるわけが……」
「コエンマー!!!!(大激怒)」
城中…いや、島中に響き渡る大絶叫。
ずさああっと後ずさるコエンマだが、一瞬にして飛びかかってきた幽助に押さえつけられてしまった。
「ふざけるのもいい加減にしやがれ!! てめえの勝手でゲームやらされて、てめえのせいでこんな苦労までしてんだぞ!? それを田舎者だー!!?」
「ざけんな!! 何が心の広い王だ!! 今すぐナマス切りにして海に捨ててやるー!!」
「お、おまえら落ち着け!」
「これが落ち着いていられるかー!!」
もはや沸騰した脳みその勢いは止まらないらしい。
しかもこの場には仲裁役となる蔵馬もいないし、止めに入ってくれそうなぼたんもいない(←何故かいなかった)。
コエンマの命の灯火も後僅か……かと思われたのだが。
「へ、兵士よ!! 王を助けい!!」
「はっ!! 貴様等、王への無礼により、死刑だ!!」
「うるせー!! てめえらなんざ、敵じゃねえ!!」
バキッ!! ドカッ!! ボカッ!!
成り行きでなったとはいえ、勇者は勇者。
相手がモンスターでなくとも、余裕で倒していっている。
ちなみに桑原も頑張ってはいるが、遊び人の性は悲しいものなのか、幽助ほど効率よくはいけていない。
しかし、数が多すぎる。
一体どこから湧いてくるのか、倒しても倒しても次から次へと押し寄せてくるのだ。
いくらゲームキャラでも相手が人間では、魔法や剣を使う気にはなれない。
素手で死なない程度に殴るしかないのだが……。
「ジャマだー!!」
「いい加減にどけー!!」
「コエンマを海に捨てたら、こんな城さっさと出ていってやらー!! ……おわ!!」
突然、幽助と桑原の身体が宙に浮いた。
兵士たちは驚愕して腰を抜かしたが、それ以上に驚いたのは他ならぬ幽助たちである。
「ど、どうなってんだ!?」
「知るか!! おい、コエンマ! 何しやがった!!」
「わ、わしは何もしとらんぞ!」
「うるせー! てめえ以外に誰がこんなことしやがるってんだ!!」
「知らんもんは知らん!!」
奇妙な体勢で怒鳴り合っている間に、段々とコエンマから遠ざかっていく幽助たち。
何とか床に下り、一発だけでもコエンマを殴りたいところだが、何かに捕まっているように身体が動かない。
そのまま強制的に階段のところまで持って行かれ、一階まで強引におろされてしまった。
もちろん、コエンマがほっとしたことは言うまでもないが……。
「ったく、あいつらは! しかしこの城の欠点も分かったな。現実に戻ったら、もう少し兵を増やしておくか」
いや、そういう問題ではないだろうに。
まず現実へ戻ったら、自分が殴られた上で、このゲームが破壊されると思っていないのは、大物なのか単にヌケているだけなのか……。
いずれにせよ、幽助たちにとってこのゲームで良いことがない限り…それこそ、このゲームに来て良かったと思うようなことがない限り、彼は現実に戻ってまず葬式の手配をしなければならないことは明白のようである……。
「いい加減におろせー!!」
何に捕まっているのかも分からぬうちに、宙に浮いたまま一階へとおろされた幽助&桑原。
しかし、一階へ下りても尚、二人は解放されなかった。
そのまま一階の廊下を白い眼で見られながら、通過。
城の外へほおり出されるのかと思ったが、二人が空中から落ちたのは、更に階段を下りた場所…つまり、地下室だった。
「いで!!」
「な、何だ!?」
「しっ!」
「く、蔵馬! 飛影も!」
頭から落ちた痛みも忘れて、がばっと顔を上げる幽助。
桑原はまだひっくり返ったままだったが……。
上半身だけ起こした状態で幽助が見上げた先にいた者……それは、先に行ってしまったと思われていた蔵馬と飛影であった。
「全く、上が騒がしいと思って見にいってみれば……城は情報収集の要なんだよ? そこで騒動起こしてどうするんだよ」
「わ、わりー…」
「これからはせめてコエンマへの悪口程度でおさえてほしいですね」
「出来るだけそうする……って、ちょっと待て!! 先に行ったの、おめえらだろ!?」
立ち上がっても、まだ若干視線は上の蔵馬に向かって怒鳴る幽助。
流石に相手が相手だけに、コエンマのようにいきなり殴りかかる気にはなれないらしい。
しかし、蔵馬は一瞬驚いた後、呆れた顔になって、
「先に行ったのは幽助たちだろ? 俺たちが城に入った時にはいなかったじゃないか。俺たちは門番の近くも何か落ちてないか、物色してから入ったんだよ。君たちが口喧嘩してたのは、後ろから見えてたけど」
「じゃああん時はまだ……城に入ってなかったのか?」
「まあね」
「……」
呼びかけても返事がなかったはずである。
先に行ったとばかり思っていた蔵馬たちは、実は幽助たちよりも後に城へ入ったのだ。
考えてみれば、その方が自然である。
口喧嘩のついでに、お互いに殴りかかろうとしながら進んでいたということは、つまり数メートルずつ勢いをつけて走ったということなのだ。
いくら途中でずっこけまくったとはいえ、一瞬でも多く走っていれば、その方が速いに決まっているではないか。
「そ、それより、何だ? ここ…」
「地下」
「んなのは、サワガニにだって分かる!」
「…ヤドカリはやめたのか?」
「あー、いいから! 教えろ!」
「(何がいいんだ?)……ここは先々代の王が遺した宝が眠ってるところだよ」
「宝!?」
その言葉にきらっと眼を輝かせる幽助たち。
このゲームに入ってもう長い……蔵馬や飛影の盗賊行為がうつったのか、物色癖がついてしまったようである。
「ど、何処だ!?」
「さがせー!!」
「もう見つけたけど」
ドテッ…バシャンッ…
勢いづいて探そうと走り出した途端、後ろからこの台詞……。
一気に脱力し、前に転び、挙げ句の果てには、何故か溜まっていた地下水に落っこちてしまった。
「……大丈夫?」
「ま、まあな……それより、宝って?」
「これ」
びしょ濡れになった幽助たちの前に蔵馬が差し出したもの……。
薄汚れていて、魚の口のような奇妙な形で、絵柄もおかしく、お世辞にも『宝』と呼ぶに相応しいとは言えない、へんてこな物体…。
「…壺か?」
「壺だろ。壺にしか見えねえ……つーか、ボロいな〜。何か意味あんのか?」
「なければないで、捨てればいい。それほど荷物にもならないし」
「そりゃそうだな」
「じゃ、桑原くん。袋かして、入れるから」
「おう」
蔵馬に言われ、背負っていた袋を床に置く桑原。
先程水に落ちたのだから、びしょびしょになっているが防水性には優れているので、中は全く濡れていない。
武器も防具もいくらでも入るので、壺も中へ……。
と、蔵馬は自分が持っていた一番小さな袋(といっても、それなりに入るものだが)を肩からおろし、中から何やら引っ張り出した。
どうやらこの城で物色したもののようで、本やら服やらゴチャゴチャ出てきた。
この小さな袋は元々、薬草やら毒消草やらを入れているので、防具などの部類は一切入れていない。
整理の意味も兼ねて、一つ一つ大きな袋に移し替えていった。
最後の一つも一緒に入れようとして、ふとその手を止めた。
「桑原くん。派手な服脱いで、これ着て」
「ああ? げっ!? なんだこりゃ!?」
蔵馬に渡され、桑原が叫んだもの……それは、派手な服ほど派手ではなく、むしろ派手な服よりは大分質素だろうと思われる防具だった。
が、派手な服と同様、防具としてはあまりに奇妙で、この世界にはそぐわない。
どこからどう見てもスーツにしか見えない代物だった。
「お、おい! 蔵馬!!」
「お洒落なスーツって言うんですよ。今より防御力12も上がるから。飛影も装備出来るんだけど、防御力は桑原くんの方が低いからね」
「……」
防御力云々の話をされては、着ないわけにもいかないだろう。
また戦闘で力尽きたら、教会に行って馬鹿神父に生き返らせて、莫大な金を失って……そう考えただけで、蔵馬の機嫌が悪くなることは火を見るより明らかである。
不満は満載だが、仕方なくお洒落なスーツとやらを着込む桑原。
意外と見た目よりは動きやすいが、しかし恥ずかしいことに違いはなかった。
「コエンマのやろ〜(怒)」
「さて、行くとしますか。もうここには用がないし」
「そうだな〜。そういや、蔵馬。さっきのどうやったんだ?」
「さっきの? ……ああ、あれか。二階から強制連行した……あれは刃技(バギ)の応用だよ」
「刃技? 刃技ってあれだろ。この間覚えた……」
そう。
実は蘭士衣琉から絵迅部亜へ来るまでの数日間に、蔵馬はレベル12にレベルアップしていたのだ!
おかげで新しい5つも魔法を習得。
その中に刃技という魔法を確かにあった。
激しい旋風を呼び寄せ、敵のグループに大きなダメージを与える……そこまで考えて、幽助はハッとした。
「ちょっと待て!! てめえ、攻撃魔法俺たちに使ったのか!?」
「ああ。そうだよ」
「ああそうだよって……殺す気か!!」
「大丈夫だよ。ちゃんと力の加減したから。大したダメージ受けなかっただろ? あ、でも服が少し破れたみたいだね。桑原くんは代えたからいいけど、幽助は後で繕うから」
「そういう問題じゃねー!!」
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