その3 <田舎者>

 

 

翌朝、勇者一行は蘭士衣琉を出発した。
目指すのはもちろん、凍矢の言っていた絵迅部亜である。

最も蔵馬は、凍矢のことは言わず、皆には情報を仕入れたことだけ告げたのだが。
別に言ってもいいとは思う…だが何となく伏せておきたかったのだ。
飛影だけは何か感づいているようだったが……。

 

 

相変わらず、修繕作業やモンスター退治と平行しての船旅のため、進むペースは恐ろしいほど遅い。
ちょっとした強風でも吹っ飛びそうになりながら、ちょっとした大波でも飲み込まれそうになりながら、ちょっとしたモンスターでは…特に何もないが、とにかくのんべんだらりと毎日を送っているのだ。
いい加減、完全に直してからいけばいいと思うのだが……。
しかし、これからもコエンマの嫌がらせがあると思うと、ちゃんと直す気も失せる。
それに強風や大波には、直したところで対応出来ない場合もあるので…(むろん、元がボロい船だからであるが)

 

そして、蘭士衣琉を出発してから、数日後…としか書けないくらい、何週間航海したか分からないくらい時間が経ったある日のこと。
ついに勇者一行は絵迅部亜へと到着した。

このゲームの世界は、どうやら現実の人間界がモデルになっているらしいのだが、絵迅部亜は丁度イギリス辺りになるようである。
ちなみに出発地点である亜利亜半をオーストラリア。
呂魔理亜はイタリア、石州などがあった辺りはアフリカ大陸で、歩琉都牙がポルトガルかスペイン辺りらしい(名前からすれば、100%ポルトガルだが、場所的に無理があるので)。
芭羽螺駄や駄亜魔は、形は大分違うがユーラシア大陸の一部。
蘭士衣琉は……特にそれらしい大きな大陸はないが、マダカスカル島にすれば、何とか辻褄はあう。

しかし、現実と全く違うところといえば……やはり、この世界は平面であるということだろう。
地図通り、海を真っ直ぐ西に行けば、東へ出られるという点は現実と同じだが(とはいえ、まだ鷹の目で見ただけで、試していないのだが…)、地図を下へ行っても、上に出るということは現実ではあり得ない。
だが、現にこのゲームの中では出来たのだ。
そうでなければ、凍矢の言った通りに『南西』へ向かって、地図の上の方にある絵迅部亜に到着出来るはずがない。
おそらく、地図の端まで行けば、もう片方の端へワープする仕組みになっていると思われるが……つくづくコエンマはいい加減な性格のようである。

 

 

それはさておき、とりあえずは目的地にたどり着いた幽助たち。
城である以上、コエンマはいるだろう。
そろそろ殴りたいと思っていたところだったし、丁度いいかと上陸した直後、探索もせずにそのまま城へ。
最も小さな島で、他に村などがなさそうだったのも1つの要因だが。

城は今までで一番大きく、三角屋根が特徴的な、ヨーロッパ風のものだった。
まあ城の形など、今まで一度も気にしたことはないし、今も全く気にしていない。
当たり前のように城壁をくぐり、当たり前のように白へ入っていこうとしたのだが……。

 

 

「止まれ!」

突然門番たちが、入ろうとした4人の行く手を阻んだ。
手にしていた槍を斜めに突き出して交差させ、こちらをにらみ付けてくる。
今までこんなことのなかった幽助たちは、一瞬ぽかんっとしてしまったが、本当にそれは一瞬のことで、すぐさま、

「な、何しやがる!!」
「あぶねえじゃねえか!!」

門番たちに負けず劣らず、ものすごい形相でにらみ付けながら、怒鳴る幽助と桑原。
しかし、門番たちはひるむことなく、びしっとした姿勢を崩さずに、

「ここは貴様等のような田舎者の来るべきところではない!」
「田舎者は帰れ帰れ!」

事も無げに、言い放ったのだった。
それについて幽助たちが激怒しないはずがなく……、

「てめえら、何様のつもりだ!!」
「俺たちは勇者一行だぞ!」

殴る前に、とりあえず怒鳴った。
どういう反応であっても、殴るつもりだったが、とりあえずは……。
勇者と聞いて、連中が恐れ多いという顔をするのならば、それを見るのも悪くないだろう。

だが、しかし……。

 

「勇者?はんっ、貴様等のような田舎者に勇者の名を語られるなど、片腹痛いわ」
「長年門番を務めているが、ここまで世間知らずの田舎者は初めてだな」
「この絵迅部亜の城は、いずれ世界を統治する力を持つ由緒ある城だ。世界を統治するのは、この国の王。そして王こそが勇者」
「田舎者の貴様等など、遊び人がお似合いだろう。おや、そいつは元々遊び人らしいな」
「『勇者一行』に遊び人がいるとは、流石は田舎者だな!はっはっは!」

「こっ、こいつら〜!!!田舎者田舎者って…」
「あ、遊び人がいて何が悪い〜!!」

ここまでバカにされたのは、ここへ来て初めて……いや、生まれて初めてかも知れない。
こっちは好きで勇者になっているわけでもないのに、ましてや好きで遊び人になっているわけでもないのに……。

もはや堪忍袋の緒も切れる直前……いや、もうとっくにキレている。
それでも殴らなかったのは、後ろから蔵馬が鞭で引っ張っているからに他ならない。

「あんだよ!蔵馬!!」
「はなせよ!!」

しかし、蔵馬は鞭をゆるめようとしない。
無言のまま、更に鞭に力を入れると、そのままズルズルと引きずって、城から少し離れた森の中に連行していった。
背後ではまだ、門番たちが高笑いを続けていた……。

 

 

 

「あんにゃろ〜…」
「田舎者、田舎者って……」

森に入ってからも、ブツブツと文句を言い続けている幽助たち。
むろん、未だに鞭でグルグル巻のまま……そうでなければ、とっくに門番は昇天していることだろう。

その隣で、飛影も言葉にこそ出していないが、キレる寸前のようである。
それでも彼が完全にキレなかったのは、おそらく……。

「幽助、桑原くん。抑えて…」
「なら、聞くけどな蔵馬!てめえはムカつかねえのか!?」
「そうだぜ!あんだけ田舎者呼ばわりされてよ!」

 

「……怒ってないと思うか?」

 

「……思いません…」

一気に怒りが冷え切る幽助たち。
そう、この場で一番キレていたのは誰か……少し考えてみれば、分かることである。

あの蔵馬が……あそこまでバカにされたにも関わらず、黙っていた理由。
それは言葉を出すことも出来ないくらいの怒りに震えていたからに、他ならない。
いくら蔵馬が4人の中で一番冷静とはいっても、何千年も生きてきた分、プライドの高さも半端でないのだから。
あそこで女呼ばわりされていれば、門番たちの行く末は……大体見当がつく。
死にはしないだろう。
簡単に殺してくれるほど、彼は自分の嫌いなタイプの敵に優しくはない……。

「(ヤバイ……完全にキレてやがる……)」
「(相手を瞬殺できねえくらい怒ってんのか……)」
「(……触らぬ蔵馬に祟りなしだな)」
「(ひとまず大人しくしとこ……)」

 

 

幽助たちが蔵馬の怒りに触れぬよう、とりあえず大人しくしている間、蔵馬は自分の中で渦巻く怒りと格闘しつつも、策を練っていた。
もしこれがイベントの一環ならば、正攻法でなければ入国は出来ないと思われる。
仮にコエンマの嫌がらせだった場合は、別の国に行って、コエンマを気が済むまで殴り倒す気でいたが…。
しかし、凍矢の言葉からしてここには何かがあるとみて、まず間違いない。
何か別のイベントをクリアするか、あるいは条件を満たさなければ、入れないようにされているのだから……。

「(……条件?そういえば……)」

ふと、蔵馬は桑原がその辺に投げ捨てていた袋を手に取った。
中を探り取り出したのは、例の…蘭士衣琉で購入した消去草。
凍矢がわざわざこれのことを聞いた後に、絵迅部亜の話をしたのは、つまりこの城に関係しているからに違いない。

「(消去草…消え去り…もしかして……)」

何やら思いついたらしい蔵馬。
再び袋の中に手を突っ込むと、いつもは満月草や毒消し草を使う際に用いているすり鉢とめん棒を取り出した。
軽く布でふいてから、すり鉢に消去草を入れ、少しずつ水を加えながら、めん棒ですり潰し始めた。

ゴリゴリと音がしているので、そ〜っと振り返ってみた幽助たち。
と、突然ずいっと何かを鼻の先に突き出された。
それは普段水を飲む時に使っているカップ……しかし、今そこにはただの飲み水とは程遠い、異様な臭気を放つ液体が注がれていた。

「く、蔵馬?」
「これ、何だ?」
「消去草の薬。名前からしても、姿が消えるものだろうからね」
「姿を消す〜?」
「んなこと、出来んのか?」

言ってから、後悔する桑原。
蔵馬は今、壮絶なまでに機嫌が悪い……そこにこんなこと言われれば、またあの冷たい視線でにらみ付けられるに決まっている。
現に、既に彼は頭上に何か悪寒のようなものを感じていて、顔を上げることが出来なかった。
それは隣に座っていた幽助や飛影も同じで……。

3人とも、これ以上怒らせてはマズイと即座に判断。
どう見ても毒にしか見えない薬だが、とにかく飲むしかない!!
死んだら文句を言ってもいいだろう。
今は目先の怖さのために、数分先の地獄に目を閉じよう……。

 

「ぐあっ!!」
「があっ!!」
「……っ!!」

案の定の結果だったらしい。

やはり激マズ……以前、彼が酎たちに飲ませたような『毒のような薬草』といい勝負だと思われる。
喉を抑えて、辺りを転げ回る幽助たち。
その後ろで蔵馬も同じように、薬を飲んでいたが……彼はマズイものに耐性があるのか、それとも我慢強いのか、あるいは味音痴なのか。
全く動じず、ケロッとした顔でその辺りに散らばったカップを拾い集めている。

そんな彼の姿を、地獄を味わいながら見ていた幽助(見たかったわけではなく、単に視界に入ってきただけだが)。
だが、その姿が段々とぼんやり霞んできた。
焦点もずれてきたのか、蔵馬の向こうの木々が見えている。
そして完全に蔵馬の姿が消え、幽助の視界は真っ暗に……いや、なっていない!

おかしい。
蔵馬が見えなくなっただけで、その向こう側の森や城壁はちゃんと見えている。
普通、気絶なり死亡なりすれば、全てが真っ暗になるはずなのに……。

 

「あ、あれ?」
「成功したみたいだね」
「く、蔵馬?何処だ!?」
「っつーか、浦飯も何処だよ!飛影もいねえぞ」
「……ここにいる」
「何処だ!見えねえぞ!!」

騒ぎ立てる幽助と桑原。
飛影は「ここにいる」と言った後、一言も喋らなかったが、しかし確かにそこにはいた。
蔵馬ももちろんいるが、こちらも無言のまま。
しばらくバカ騒ぎ(本人たちは本気だが)をしていた幽助たちを眺めていた蔵馬だったが、はあっと深くため息をついてから、

「だから……見えないんだよ。消えたんだから」
「は?」
「さっき言っただろ?姿を消すって。最も見えなくなっただけで、肉体の機能に異常はなさそうだけど」

肩を回したり、手首や足首をひねったりして、身体の具合を調べている蔵馬。
むろん3人からは何もない空間から、声だけが聞こえてきているのだが……。
何ともなさそうだと納得すると、蔵馬は荷物の中から一番軽そうなのを担いでみた。
ハタから見れば、ふわりと宙に浮いたようにしか見えない。
が、次の瞬間、荷物は空中に溶け居るように消えてしまったのだ。

「き、消えた!」
「なるほど。荷物も消えるな。じゃあ、桑原くんよろしくね」
「げっ!また俺か!?」
「1つは俺が持ってるじゃないか。まあ幽助たちとじゃんけんしてくれてもいいけど」
「おーし!じゃあ、早速…って、できねえじゃねえか!!」

それはそうだろう。
お互いの姿が見えないということは、つまり手も見えないのだから、じゃんけんなど出来ようはずがない。
ということは、やはり桑原が1人で担ぐということに……。

 

 

「なあ、蔵馬」
「何?」
「確かにこれで城に入れるだろうけどよ。どうやって、元に戻るんだ?薬草とかで戻るのか?」
「いや、植物の質からして、時間経過で元に戻るよ。コエンマがイタズラしていなければね」
「(それって、植物の質よりも気にするべきなんじゃ……)」

一抹の不安は残るが、時間経過だとすれば、あまりのんびりはしていられない。
早く城に行かねば……が、ここで1つ問題が生じた!

「ちょっと待てよ!お互いに見えねえんじゃ、どうやって行くんだよ!話しながらじゃ、ぜってーバレるぞ!」
「まさかこの年になって、電車ごっこでもするってのか!!」
「桑原くん。それは真っ先にバレる……」

普通にバレるだろう。
いや、例えバレない方法だったとしても、絶対に誰もやりたがらないのではないだろうか…。
そこまで幼児向きのゲームではないし、言い出した桑原でも、言ってから「俺はぜってーやらねえからな…」と思っていたくらいなのだから。

少しの間、話を中断して城を眺めていた蔵馬。
城の大きさは最大級、そして凍矢の言葉、門番とは話せたことを踏まえれば……。

「……それぞれ城に向かえばいい。入城したら、そのまま動かないで薬の効き目が切れるまで待つこと。いいね?」
「いいのか?城に入ってから見られても……」
「多分大丈夫だよ。そうでないと、情報収集出来ないからね。これだけの城だったら、アイテム入手の目的だけではないだろう。会話による情報収集も出来るはずだ」
「……やっぱ、RPGって分かんねえ…」