その2 <消去草>

 

 

「うっ……」

ふいに眩しい光に、まぶた越しだが眼球を刺激され、幽助は目を覚ました。
見上げた先にあったのは、天井。
いつもならばこんなこと当たり前だが、しかしここ数日間は屋根の下で寝ていなかったため、ものすごく違和感を覚えた。
むっくりと身体を起こして辺りを見回してみると、そこは宿らしき場所だった。
現に幽助は、いくつかあるベッドのうちの1つに寝ていたので。
だが、今まで泊まったことのある、どの宿とも違うような……。

 

「ここは……」
「目が覚めた?」
「蔵馬?」

開いたドアの向こうから顔を出したのは、装備一切を外し、ラフな格好をしている蔵馬だった。
水の入った洗面器を手に、幽助の方へ歩み寄り、ベッドの横に置いてあった椅子に座った。

「気分はどう?だるいところとかはない?」
「は?あ、いや……えっと、俺…どうしたんだっけ……」

蔵馬への返事もはっきりしないうちに、幽助は黙り込んでしまった。
というよりは考え込んでしまったのだ。
どういうわけか記憶がはっきりしない。
ここのベッドで寝るまでの経緯が、あやふやなのだ。

 

「(えっと……そう…胡椒もっていって……それで、コエンマから押しつけられたボロ船で、海に……それで、修理してたら…いきなり……)ああーーーっ!!!

突然、大絶叫する幽助。
隣でタオルを湿らせていた蔵馬は、びくっとして思わず床に落としてしまった。

 

「あ〜あ。汚れた。新しいの貰ってこないと……」
「蔵馬!!」

暢気にタオルを拾っている蔵馬の肩をつかみ、思いっきり揺さぶる幽助。
突然引っ張られた蔵馬としては、たまったものではない。
しかも、総合的な力はともかく、素手での腕力は幽助の方が圧倒的に強いのだから。
だが、幽助はそんな蔵馬のことに気付く余裕もないらしい。
がくんがくんと揺らしながら、ひたすら叫び続けた。

「桑原は!?飛影は!?船は!?竜巻はー!?」
「……お、落ち着いて、幽助。皆、無事だよ」
「は?無事?」

蔵馬の「無事」の一言で、幽助の動きはぴたっと止まった。
ほっとしたというよりは、意外な返答だった…と言うべきだろう。
あれほどの竜巻を受けながら、無事でいるなど、考えにくい。
最も自分や蔵馬が平気な時点で、無事でもおかしくないとは思うが……。

 

 

「飛影は昼寝に行ったよ。桑原くんは暇だから、その辺散策してくるって。ああ、ついでにここは蘭士衣琉(ランシール)って村で、目指していた内陸部から大分南に流されたらしく…」
「……蔵馬」
「何?」
「何で皆、無事なんだ?あんなでっかい竜巻くらったのによ。現実でだったら、平気かもしれねえけど、ここじゃ元々の力の半分もねえのに」

実際のところは、半分どころか1/10程度しかない。
レベルもそんなにまだ高くないのだし……だが、現実を離れて数十日、時間の感覚が大分狂ってしまったようである。
真面目にボケを言ってくる幽助に、蔵馬はふうっとため息をついてから、

「あれは多分、メインイベントではなく、コエンマのイタズラだよ」
「な、何ー!!?」
「今までも何度かあったから、間違いないと思うよ。ゲームの本筋には関係ないサブイベント。まあ、コエンマらしいといえば、そうだけど。現にあのボロ船も全く壊れてなかっ…」
「あんのやろー!!!!」

大絶叫の後は大激怒……もはや蔵馬の声は全く届いていなかった。
現実に戻ってからのコエンマの命は、ほぼないものと思っていいだろう。
今までも何度か似たようなことがあったのだし……。

 

 

ぎゃーぎゃー叫んでいる幽助に何を言っても無駄なので、とりあえず元気になったことを2人に言っておこうと、蔵馬は宿を出た。
と、丁度桑原も宿に戻ってきたところであった。

「お帰り」
「おう。浦飯起きたのか?」
「ええ……あの調子だけどね」

ちらっと閉めたドアを見やる蔵馬。
その向こうから聞こえてくる怒号は、外からも丸聞こえ……行き交うの村人も宿屋の主人も、何事だろうかと、そわそわしながら、こちらを見ていた。

「そりゃ怒るぜ、普通!竜巻に巻き込まれて、吹っ飛んで、気がついたら知らねえ海岸に打ち上げられてるなんざ、シャレにもならねえ!!」
「……桑原くんはもう叫ばないでくださいね。昨日あれだけ怒鳴ったんだから」
「いいや、まだ物足りねえ!!浦飯ー!!」

怒りが再加熱した桑原。
ドアを壊す勢いで、宿屋に入っていき、幽助と共にぎゃーぎゃー怒鳴りだした。
幽助がまだ寝ていた昨日は、1人で怒鳴りまくっていたというのに、まだ足りないらしい……。

 

 

 

「……」

つきあっていられないといった風に、蔵馬は歩き出した。
幽助が目覚めるまで、ほとんど付きっきりだったため(桑原や飛影に看護を任せるのは、少々不安なので)、まだ買い物や情報収集をしていない。
最も、あまり広い村ではないようなので、今日一日で終われるだろうが。

財布と相談しつつ、まずは薬草や毒草などの消耗品を買い、続いて武器屋に向かう蔵馬。
幽助と自分の分の魔法の鎧を購入し、以前着用していた鋼の鎧や絹のローブ、その他使えない拾い物などを売り払った。
後は飛影の武器として、パワーナックルを買おうと、自分の手でサイズを確かめた。
蔵馬の手と飛影の手では、飛影の方が若干小さいので、少しキツい目のものを買えばいい。
本当ならば、本人を連れてきたいが、何処かで気持ちよく寝ているのを起こすのも悪いし…(というより、面倒なので)。

 

「でよー。俺は神殿を探しに来たのに、いくら探してもねえんだぜ」
「おめえもかよ。どこにあるんだろうな」

選んだナックルを主人に渡し、代金を支払っている蔵馬の耳に、ふいにそんな言葉が入ってきた。
後ろで買った武器を振り回しながら話している男たちのようだが、あまりに声が大きすぎて、聞き耳立てずとも聞こえてきたのだ。

「かなり大きいって聞いてきたのにな」
「ったく、骨折り損だぜ」
「村の住人なんざ、神殿が有名とか言っておきながら、誰も場所教えねえし」

「(神殿か…)」

『神殿』……情報収集の時も何度か聞いた言葉だ。
こういう神がかったものには、必ずといっていいほど、メインイベントがつきものである。
それもかなり重要な部分、ここを通らなければならないというパターンが多い。
しかし先ほど村を歩いた時には、それらしいものはなかったが……。

「(探してみるか。やることはもうやったし)」

一度宿に戻り、買った装備品を部屋の隅に置いてから(幽助たちはまだ叫んでいたが、完全に無視して)、蔵馬は再び外に出た。
宿周辺にはないだろう。
これだけ五月蠅ければ、神殿から苦情でも来そうなものである。
武器屋道具屋の周りもかなり歩いたが、何もなかった。
民家の方にも行ってみたが、やはりない……。

 

「……あれ?」

ふいにもう一度最初から見てみようかと、宿屋へ戻ろうとした蔵馬。
だが、武器屋の向こう側に目を向けてみた時、奇妙なことに気がついた。
そこは少しだけ草っぱらになっていて、奥からは森になっているのだが……。
どう見てもおかしい。
何故、森の方へ足跡が続いてるのか……。

「(今までの村ではなかったことだな……道らしい道が全くないというのに……)」

普通に考えれば、取るに足りない小さな疑問である。
足跡といっても、つい最近のものではない。
かなり前についたらしいもので、一見は獣の足跡にも見える。
武器屋の主人がたまたま裏に回っただけかもしれないではないか。

だが、蔵馬はその疑問を打ち消さず、足跡にそって森へ入っていった。
そしてそれは他の誰もが見落とした、正解への道だったのだ……。

 

 

足跡は森のかなり奥まで続いていた。
村から離れるに連れ、木々の生い茂り方が激しくなり、日の光が薄くなる。
ここまでくれば、大概の人は逃げ出したくなるだろう。
だが、蔵馬はそんなことを気にもとめず、いちおうモンスターなどに対処出来るよう、瞬時に魔法を唱えられる準備だけしておいた。

しかしその必要もなかった。
ほどなくして、蔵馬の目前に巨大な神殿が見えてきたのである。

壁や床は白い石を積み重ねて創られたらしい。
神殿入り口の柱は、まるでアテネのパルテノン神殿を思い浮かばせた。
煌びやかな飾りなどは一切ないが、威厳を感じさせる神殿……。

しばらく蔵馬は観察していたが、ふいに扉に目がとまった。
いや、扉自体ではなく、その鍵穴に……。

「……」

ポケットに手を入れ、鍵を取り出す。
盗賊の鍵と魔法の鍵……しかし、どちらも合いそうにない。
試してみたが、やはり開かなかった。

「別のイベントをクリアしなければならないのか……」

ふうっとため息をつきながら、鍵をしまい込む。
どうやら盗賊の鍵と魔法の鍵以外にも、別の鍵が存在しているらしい。
今までも開かなかった扉がいくつかあったので、大体予想はついていたが……。
それにしても、コエンマは面倒なことをいくつも用意してくれたようである。
ここに幽助たちを連れてこなかったのは正解だったろう。
ただでさえ、竜巻の一件でぶち切れているというのに、鍵のことまで言えば、きっと脳天が沸騰するまで、大激怒するに決まっている……。

 

 

結局、ここでの収穫はなかった。
メダルなら一枚拾ったが、それだけである。
鍵を手に入れない限り、意味のない場所だったのかと、蔵馬は内心疲れていた。
むろん、宿に帰ったら、またあの五月蠅い叫びを聞かねばならないのだということもあるが……。

 

メダルをポケットにしまいつつ、村へ戻ろうとした蔵馬。
ふいに誰かが呼び止めた。
声に釣られて振り返ったが、誰もいない。
ただ普通に神殿があるだけ……だが、無視するわけにもいかなかった。
それにあの声はもしかすると……。

声の主を捜して、再び神殿内を歩き回る蔵馬。
もちろん中には入れないので、城壁の周囲を探っているのだが。

そして見つけた。
神殿外部の奥まったところ……目線の高さには何もなかったが、その者は彼の足下にいた。

 

 

「……消去草を持ってるか?」

そう聞いた彼は、やはり蔵馬が思った通りの男だった。
全体が空色で、流れた前髪だけが薄い目の藍色。
澄んだ水色の瞳は、ただひたすらに光を求めていた頃の彼に似ていた……。

「(凍矢……)」

確かに彼はあの魔界の忍に間違いなかった。
服装はやはりゲーム内で違和感がないような、ローブのようなものに変わっていたが。
忍の服かラフなスタイルしか見たことがなかったが、結構似合っている。
しかし……何故、こんなに小さいのだろうか?
元々蔵馬よりは小さかった彼。
だが、いくらなんでも素羅威夢並みに小さくなっているのは……。

「(コエンマの嫌がらせか?でも凍矢には恨みなんかないはずだけど……たまたまかな。気の毒に…)」
「どうなんだ?」

蔵馬が黙ったままなので、再び問いかけてくる凍矢。
小さすぎるので、流石に目線の高さは合わせられないが、膝を曲げて、ある程度まで腰を下ろす蔵馬。
ニコッと軽く笑みを浮かべて言った。

 

「ああ。持ってる」

そう言って、ポケットから小さな植物を取り出した。
先ほど薬草などを買いに道具屋を訪れた時、偶然見つけたもので、見慣れない珍しいものだったため、1つだけ購入したのだ。
凍矢はそれを見ると、頷きながら、

「ならば、絵迅部亜(エジンベア)の城へ行け」
「絵迅部亜?」
「南西の方にある……あまり良い場所ではないがな」

絵迅部亜……聞いたことのない地名である。
しかしここから南には、行ったことがないので、無理もないかもしれない。
ともかく次の目的地はそこに決定だろう。
いい場所ではないと言っても、何かあるからこそ凍矢は言ったのだろうから。
だが、1つだけ……聞いておきたかった。

 

「……何故、教えてくれるんだ」
「昔から言われてきた。消去草を持つ者に伝えろとな」
「そのためだけに……君はいるのかい?」
「ああ」
「何故そこまでして……」
「使命だ」

そう言った凍矢の顔は、隠しているつもりだろうが、寂しげだった。
それは蔵馬だからこそ気づけるような、小さな変化だったが……。
光を求めて求めて…でも手に入らない。
手に入れることが出来ない……そんな切なくて、悲しくて、でもどうしようもない……。

少し考えた後、蔵馬は頭を低くして、凍矢の顔をのぞき込みながら聞いた。
その顔は真剣で……少し凍矢は後ずさりした。

「……その使命、終わりはないのか?」
「……」
「あるんだな……けど…聞かないよ。聞かれたら困るんだろう?」

凍矢は何も言わなかった。
それはつまり、肯定の証……蔵馬の言ったこと全てを否定しない、真実を伝えるサインだった。

しばらく蔵馬は、何も言わずに凍矢の横に腰を下ろしていた。
もう顔は見ていない。
凍矢が泣いているような気がして……それを見るのは、悪いような気がして。

 

 

 

日が沈みかけた頃、蔵馬は立ち上がった。
顔を上げた凍矢の頬は、もう濡れてはいなかった……。

「情報ありがとう」
「いや…」
「……また来てもいいかな?」
「……ああ」

言ってから、凍矢は一言付け加えた。
遠くなっていく蔵馬の背中に投げかけるように……。

「もう少し強くなってからな!」
「ああ。分かっているよ」

その言葉に隠された意味……蔵馬はちゃんと分かっていた。

 

彼の使命、終わらせるためには、蔵馬が強くなければいけないのだ。
決して蔵馬が弱いと言っているわけではない。
もっともっと……今よりもずっと……強くなければ。

再び彼らが出会う時。

彼は使命から解放され、純粋に光を求められるだろう……。

 

 

〜作者の戯れ言〜

久しぶりに六人衆に出てもらいました!(鈴駒以来でしょうか?)
凍矢くんは本当に真面目で純粋な人だから……きっと言われたこと、ほおりだせないんじゃないかなと思って。
あそこにいて、お城のこと教えてくれるのは、本当はただのスライムなんですけどね…(汗)
ちょっとシリアス目指してみました!
最初の方、完璧ギャグだけど…(笑)

えっとそれと、竜巻みたいなサブイベントはありませんので!
あれは勝手な創作ですー。