第五章 〜大航海〜

 

その1 <ボロ船>

 

 

コーンコーン

……これは決して、狐の鳴き声ではない。
いちおうこの船に狐は乗っているが、だからといって彼はこのように鳴いたりはしない。
コンコン鳴くのは、狐の中でも子ギツネくらいなので(そういう問題ではない…)。

では、何なのか?
船に響き渡る、この奇妙な音は……。

 

まあ簡単に言えば、船を修繕している音なのだ。
それにしては、機械音が全くない、やけに古典的な音だと思われるかもしれない。
が、この世界には機械的なものは一切存在しないらしく……いや、もしかしたらあるのかもしれないが、コエンマがよこさなかったため、完全に手作業。
今も、甲板に開いた穴に板をあて、トンカチで釘を叩き付けている最中である。

「ったく、コエンマのやろう!こんなボロ船押しつけやがって!!」

汗を拭きながら、悪態付く幽助。
戦いで汗をかくのは気持ちいいが、大工仕事ではつまらない以上にイライラする。
しかもそれが、コエンマにもらった船のオンボロさ故となれば、怒りは尚増すというものだ。

だがしかし、この船のボロさは半端でなく、仏やキリストや聖人君主といえど怒り出すかもしれないという、筋金入りのボロさだった。

何せ、マストは折れ、甲板は人が5人くらい一気に落ちるであろう穴が大量に開き、帆は虫食いだらけ、ロープは軽く引っ張っただけで千切れ、階段は上ることも下りることも出来ない状況、キャビンの屋根は完全になくなっているし、船倉は水浸しで入るに入れず、船首についた彫刻の天使には首がなく、舵は持つ部分が全て折れ、羅針盤は使い物にならない。

いちおう大砲らしいものも積まれていたが、荷物になると港へ置いてきたが、それは正解だった。
おそらく積んだまま出港していれば、そのまま重みに耐えきれず、沈んでいただろうから……つまりそれほど全体的にも腐敗が進んでいるということになる。
挙げ句の果てに、渡された食料は3ヶ月も前に、消費期限が切れたものばかりというから、もう嫌がらせ以外には考えられないような状況。

文句の1つや2つや3つや4つ、言いたくなっても無理はないだろう……。

 

「よし、終わった。桑原、飛影、そっちどうだ?」
「簡単に言うなってんだ。ったく、何で俺がこんなこと……いでっ!」
「五月蠅い。黙って持ってろ」

何故かペアを組まされている桑原と飛影。
まあジャンケンで決めたことなので、しょうがないのだが。
何をしているのかというと、桑原が背伸びしてマストを支え、飛影が上に乗って修復しているのだ。
こちらはまだ当分直りそうにない。

波に揺られながらの作業なのだから、当然といえば当然。
出港する前に修繕すればよかったと今更後悔しても、もう遅い。
蔵馬が直してからの方がいいと言った際、早く出発したいと言ったのは自分たちなのだから(最も飛影は無言だったが)。

 

「あ〜、疲れた〜」
「お疲れ」

幽助が船尾の方へ行くと、そこでは蔵馬が裁縫をやっていた。
虫食いだらけの帆とボロボロのロープの修繕が、彼にあたった仕事。
ある程度はもう終わったようで、後はマストが直るのを待って、繋ぐだけのようである。

「なあ、今日の晩どうすんだ?」
「甲板の穴が塞がったから、そこら辺りで寝ることになるかな。ま、昨日までは立って寝ていたんだから、まだマシだと思うけど」
「げ〜、また外で寝んのかよ」
「中で寝れると思う?」
「……無理だな」

無理だろう。
キャビンは屋根なしの上、床も抜けてしまっているし、船倉にはバラスト代わりでもないのに、水がた〜っぷり入っているのだから。
満遍なく入っているので、抜いても船が傾いたりすることはないようだが、問題は出し方である。
穴でもあければ一発だろうが、その代わり船も沈むだろう。
チューブのようなものがあればいいのだが、生憎そういうものもなく、結局のところ手作業でやるしかない。
全員でバケツリレー…というのが確実だが、何日かかることやら……。
いっそのこと、ずっと甲板で野宿同然の生活の方が楽そうである。

「あ〜、ちくしょ〜!コエンマめー!」
「地団駄踏むと船が沈むよ。古いんだから」
「んなこと、言ったってよ!こんな幽霊船級のオンボロ船押しつけやがったんだぜ!そのくせぜってー、自分の時にはタイタニック号並に豪華な船用意するんだぜ!」
「……タイタニックじゃ、それこそ沈むじゃないか」

 

 

 

大海に乗り出してから、はや2週間。
が、上記通り船のボロさ故、ほとんど進めていない。
今も歩琉都牙からほんの少し南下したくらいなのだ。

修復作業だけに徹することが出来ればいいのだが、生憎そうはいかない。
海にもモンスターはイヤというほど出現してくる。
おまけに陸よりも強いのだから、始末に終えない。
大工仕事をしつつ、モンスター退治もせねばならないのだ。

ちなみに現在のレベルだが……。

 

現時点での勇者一行の状態

幽助 LV.17 レベルUPスピードは、皆とほぼ同等になった。
攻撃力の高さから、トドメ差しを中心に(素早さがないだけともいう…)
桑原 LV.18 レベルUPと共に余計な遊びを繰り出すようになった……。
飛影 LV.18 刃のブーメランにて、多くの敵を攻撃する。
攻撃力は低いが、スピードが上がり、対複数戦に有利。
蔵馬 LV.11 転職後もレベルUPは順調!呪文習得は通常よりかなり早い。
スピードもあるため、魔法による先手攻撃を主流にした。

 

と、またしても約一名を除き、三名は順調にレベルUP及び様々な能力を会得していった。
しかし……約一名、つまり遊び人である桑原はとかく戦闘の邪魔ばかりしていた。
今までは寝るだけだったからまだいい。
最近は味方まで攻撃するようになり、かと思えば、いきなり麻痺に陥ったりもする……。

いくら呪文習得ペースの早い蔵馬でも、通常習得レベル15の麻痺治療をレベル11で覚えることは無理がある。
なので、麻痺治療の満月草を大量に使用せざるを得ないのだ。
いちおう出発前に歩琉都牙で薬草や毒消し草に加えて買いだめしたが、それもいつまで保つか……。

当然、遊びのせいで桑原はヤッカミを買い、でもって逆ギレして、幽助や飛影と大げんか。
そしてまた船に大きな穴を開けたりして、蔵馬に怒られて……。

悪循環極まりないが、ともかく今は進むしかない。
もう後には引けないのだから……。

 

 

「なあ、蔵馬。今どの辺なんだ?」
「地図でいえば……この辺りかな」

広げた地図で、蔵馬が指さしたのは、丁度現実でいえばガーナ辺りだった。
といっても幽助にはそんなこと知るよしもないが。

「げっ、2週間も経つのに、全然進んでねえじゃねえか」
「……このボロ船だったら、2週間でここまで来れた方が奇跡に近いよ。ところで、相談があるんだけど」
「何だ?」
「ここから少し東へ行った…この辺。内陸部へ入れそうなんだけど、行ってみる?」
「行く!これ以上、こんな周り何にもねえ、水ばっかりのところに居たら、気がおかしくなっちまう!」
「もうおかしいんじゃない?」
「何だとー!それどういう意味だ!!」

ギャーギャー言いながらも、とりあえず単調な生活に幕が下ろせるらしいので、ホッとした幽助。
一頻り叫んだ後、まだ喧嘩しながら修繕作業にあたっていた桑原と飛影にも報告しに行った。

「おい!もうすぐ陸の方に行くってよ!」
「な、何!?そりゃ、本当か!!……あ゛」
「あ゛っ……」

ドッシーン!!!

 

「……何してるんだ。折角塞いだ穴、また開けて」

嫌な音がしたので、地図をたたみながらやってきた蔵馬。
そこには大きな穴が開いており、そこから見える船倉では、マストの上の方から落下した桑原と、その下敷きになった幽助が一緒になって泳いでいた。

「い、いやちょっと水泳を……」
「泳ぐなら、外の海でやってくれ……」

ため息をつきながら、その場を去る蔵馬。
もう怒る気にもなれないらしい。
つまりこういうことは、出港してから毎日……いや、1日に一度ではおさまらないくらい起こっていたのだろう。

「た、助かった……」
「また鞭でいっぱつかと思った……」
「フン。ざまあないな」
「飛影…」

桑原が落下した際、彼に支えられていたのだから、当然飛影も落ちたのだが。
流石にそのまま落ちるほど、彼は間抜けではない。
このボロ船では、まだ丈夫だと思われる、鉄製の手すりの上に降り立ったのだ。

「船の中で水泳とはな。バカには丁度いいか」
「あんだと〜!」
「事実だ」
「てめえ!!そこを動くなよ!今殴りに行くからなー!」

……と言って、わざわざ待っている人がいるわけないと思うのだが。
案の定、飛影もさっさとその場を立ち去ろうとした。
馬鹿馬鹿しくて見ていられないといった風に……。

が、飛影が歩き出そうとし、幽助が船倉から跳び上がろうとし、桑原が上がろうとしてひっくりかえり、蔵馬が改めて地図を広げた、次の瞬間!!

 

 

ビュオオオオオ!!!

突如、耳をつんざくような轟音が響き渡り、同時に船が前後左右上下に大きく揺れた。
その直後、瞬間的に空が闇に覆われ、周辺の海が激しく暴れる。
重い波が甲板にのし上がり、風が船体を大きく震わせた。
おかげで、甲板に打ち付けたばかりの板が空に舞い上がり、折角蔵馬が縫い合わせた帆が流され、船首についていた彫刻が完全に崩壊。
しかし、船の乗員たちの誰1人として、そんなことを気にする余裕のある者はいなかった。

「な、何だ!?」
「風に決まっているだろうが、バカめ」
「そのくらい分ーってるよ!!何で、いきなりこんな突風が吹くんだよ!!」
「俺が知るか」
「ああそうかよ!おい、蔵馬!!何なんだよ、この風は!!」

必死にまだ壊れかけたままのマストにつかまりながら、蔵馬に向かって叫ぶ幽助。
飛影はいちおう手すりにつかまっている。
ちなみに桑原はまだ船倉にいるので、飛ばされる心配はないが、その代わりものすごい揺れに、酔いそうになっていた……。

 

「何なんだって……風は風だよ。あんまりいい風じゃないけど」
「どういう意味だよ!?モンスターか!?」
「違う……分かりやすく言えば、ああいう意味」
「ああいうって……げっ!!?」

蔵馬が困ったように指さした方向……。

確かにモンスターではなかった。
いや、モンスターであってくれた方がよかった。
モンスターよりも数倍厄介で、しかもモンスターとは違い、戦ってどうにかなるという相手ではない存在。

渦を巻きながら、空へと伸びる巨大な柱。
たっぷりとした海水が空へと吸い込まれていく光景は、幻想的で……と、暢気にこの状況を感動している者など、いようはずがない!!

「な、何で、竜巻がー!!」
「まあ、竜巻は海にも発生するから……」
「そういう問題じゃねえ!!こっちに来るじゃねえかーー!!」
「こっちに来るというより、俺たちが引っ張られてるといった方が正しいと思うよ」
「引っ張られ……って、それ無茶苦茶マズイじゃねえかー!!」

蒼白になりながら、ギャーギャー叫ぶ幽助。
飛影も声には出していないが、引きつった顔からして焦っているのは一目瞭然。
最も桑原は、幸か不幸か、未だに今の状況が理解出来ないらしいが……。

何故か蔵馬1人、のんびりと構えているが(流石に吹っ飛んだ甲板などを気にしているようなことはなかったが)、彼ら4人がどんな行動を取ろうと、全員に待っている運命は一つだけである。

 

ほんの数秒後。

勇者一行は、ボロ船ごと竜巻に巻き込まれ、そのまま吹き飛ばされたのであった……。