その9 <同じ>
それから数日後。
蔵馬たちは再び、例の芭羽螺駄近くの洞窟を訪れていた。
前とは違い、宝などを見つける寄り道などの必要はない。
一度閉め出された盗賊のアジトへと、直行した。
「何だ、てめえら。仲間になりてえのか?まさかお頭を追ってきたんじゃねえだろうな?」
前とは若干台詞が違うことを、蔵馬は見逃さなかった。
「ああ、その“まさか”さ」
「……いいのか?言っちまって」
「平気さ。その代わり、戦闘だけどね」
「それはいいけどよ。でもこんなで進めんのか?」
会話しながら、彼らのしていることと言えば……以前、幽助たちを追い返した悪党の下っ端たちを、蹴飛ばし殴り飛ばし、あっという間に叩きのめしていた。
あまりにレベルが違いすぎる……哀れだが、幽助たちはかすり傷一つ負っていなかった。
「お、おぼえてやがれ!!」
月並みな言葉を残し、男たちは走り去った。
「そういや、あいつらもどっかで……」
「無理に思い出す必要ないさ。取るに足りない連中だったんでしょ、多分」
「だろうな。大したことあるヤツだったら、一発で覚えるし」
「ちょっと待て!!つーことは、何か!?俺は大したことねえってのか!?」
「あ〜、そういやおめえの顔、なっかなか覚えられなかったな。しょうがねえだろ、おめえ弱かったんだからよ」
「て、てめえ!!」
またしても、ドンパチがスタート……日に一度は、余裕でやっているような気がする。
とはいえ、現実でも会う度喧嘩していたのだから、毎日一緒にいる以上、毎日喧嘩していても不思議ではないが。
「んじゃ、救助に行くか。渓亞ちゃんと、飛影のそっくりさん」
「……殺すぞ、貴様」
「まあまあ」
喧嘩に負けてひっくり返っている桑原を無視し、さっさと奥へ進んでいく幽助たち。
まあすぐに起きあがって追いついてきたのだが。
その要因の一つに……いや、要因の全てが、牢を前にした幽助の発した一言のためだったろう。
「ゆ、雪菜ちゃん!?」
「何!?雪菜さんだと!?雪菜さーーーーん!!!」
ボコボコに殴られたことなど綺麗さっぱり忘れ、全力疾走で奥へと走り込んでいく桑原。
あまりに勢いがつきすぎていたため、少々通り過ぎ、壁に激突してしまったのだが……。
「だ、大丈夫ですか?和真さん…」
「雪菜さん!!」
めり込んだ壁から、瞬時に脱出。
次の瞬間には牢の鉄格子にしがみついていた。
これも『愛』の成せる技なのだろうか……?
「雪菜さん!何故ここに!?」
「そ、それが……幻海さんのお寺で黒い煙を見たところまでは覚えているんですが……その後、目が覚めたらここにいて、それからずっとここに」
「ずっと…ずっと、こんなところにいるんすか!?」
「はい」
「くあ〜!!俺たちがのんびりしてる間に、雪菜さんが酷い目に!!あ〜、俺としたことが〜!!」
「あ、あの…和真さん?」
「雪菜さん!男桑原!今、貴方を助けます!!見ててください……どりゃああぁぁ!!」
ドッシーン!
勢いつけていったのはよかったのだが……。
生憎、桑原が体当たりしようとした途端、牢の扉がいきなり開いたのだ。
当然当たる物がなくなった以上、そのまま桑原は向こう側の壁に激突。
哀れだが、全く意味のない行為の上、またしても壁にめり込んでしまっていた。
先程よりも深く、今度はそう簡単に取れそうにない……。
「あ、あの……」
「フン。ほおっておけ」
「……今、声がハモらなかったか?気のせいか?」
「気のせいでもないよ、幽助。後ろ」
「へ?…げっ!」
振り返った先には……同じ顔が2つ。
分かってはいた、ここに彼と同じ顔の男がいることは。
だが間近で2つ並んでいるのを見ると、ヒくものがある。
それもかなり目つきの悪い、ついでに殺気立っている男なのだから…。
しかし、彼らは幽助など眼中にないらしく、声をステレオさせた直後、鏡を見るような気分を押しのけて、にらみ合っていた。
「貴様、何者だ」
「貴様こそ、何者だ」
「何故俺と同じ顔をしている」
「それはこっちの台詞だ」
以前会ったことは、すっかり忘れているらしい具浮太。
飛影は覚えているだろうが、しかし素直に名乗るのも答えるのも、気が進まないのだろう。
その様子に蔵馬はため息をつきながら、
「(飛影は分かっているだろう)…それより、具浮太さん」
蔵馬に名を呼ばれ、具浮太は彼を振り返った。
目つきは悪いまま、だが蔵馬は見慣れているので、大したことはないらしい。
最も幽助も慣れてはいるが(ヒいたといっても、怖いからではなく、呆気にとられたからなのだ)。
「貴様……何故、俺の名前を知っている」
「渓亞ちゃんのおじいさんから聞きました。それよりも、早く帰った方がいいのでは?」
「フン。言われずとも帰る。渓亞、行くぞ」
「あ、はい」
雪菜は『渓亞』と呼ばれたにも関わらず、普通についていった。
どうやらここで彼といた時間が長かったために、そう呼ばれることに慣れてしまったらしい。
意外なことだが、彼女にはゲームキャラとしての才能があるかもしれない。
逆に意外にも全くないのは、世界の平和を既に忘れてしまっているような勇者一行だろうか……。
「……なあ、蔵馬」
「何?」
具浮太と雪菜(渓亞)が、牢から出て行くのを見送りながら、幽助は思い出したように、蔵馬に問いかけた。
「俺の記憶に間違いがなければなんだけどさ……確かあのジジイ、2人に店任せるみたいなこと……」
「ああ」
「それってつまり……仲を認めるって意味だよな?」
「そういうことになるね」
淡々と答える蔵馬に引き替え、幽助にはかなり焦りの色が伺えた。
ついでにその横で何も聞かないふりをしている飛影も……。
「お、おれ…こういうのよく知らねえけど……こ、こういうのって、近親相姦っていうんじゃ……」
「落ち着いて幽助。あまり深く考えない方がいい。血縁関係の無視なんて、コエンマならやりそうなことだし。そうでなくても、魔界なら珍しくないよ。人間界でも時々あるじゃない。ねえ、飛影?」
「……」
無言の飛影。
いくら魔界ではよくあることでも、自分の立場になると、考えたくない。
あくまで雪菜は妹、それ以上でもそれ以下でもないのだから……。
「まあ、ゲーム中に祝言まで行くかは分からないよ。俺たちの進む速度によるかもしれないけど」
「……さっさと行くぞ!!」
真っ赤になりながら、そして焦りながら、飛影はズカズカと牢を出て行った。
楽しそうにその後ろ姿を見ている蔵馬。
「……おい、蔵馬」
「何です?」
「今の嘘か?」
「もちろん。RPGは基本的にイベントが問題なのであって、プレイヤーの速度には関係ないよ。そうでなければ、暢気にレベルアップなんてしてるわけないじゃない」
「納得…」
「いてて〜。あれ?雪菜さんは?」
「おめえ、今頃……」
どうやら先程の会話中、ずっと壁にめり込んだままだったらしい桑原。
しかしそのおかげで、飛影と雪菜が兄妹だという衝撃の事実は知らずにすんだらしい。
不幸中の幸いというべきか……。
「おい、浦飯!雪菜さんは!?」
「ああ、もう帰ったぜ」
「帰った!?何処に!?」
「村にだよ。雪菜ちゃんが渓亞の役だったんだと」
「そ、そうか……って、おい!!じゃあなにか!?雪菜さん、あの飛影にそっくりな野郎の許嫁!?」
「まあな」
「ぞ、ぞんな……」
へなへなっと床に座り込む桑原。
まああの2人が兄妹だということを知らないのだから、普通に失恋ということになるが。
「あくまでもゲームでの話なんだから、気にすることないよ」
と、蔵馬が言っても、しばらく立ち直れそうになかった。
おそらくあの悲鳴を聞かなければ、ゲームが終わるまで落ち込みっぱなしだったろう……。
「きゃあぁ!」
「雪菜さん!?どうしたんすか!?雪菜さーーん!!」
ガバッと起きあがって、またもや突進していく桑原。
その変わりように、幽助も蔵馬も呆気にとられるしかなかった。
「……相変わらずっつーか、なんつーか」
「とにかく俺たちも行こう」
「だな」
幽助たちがついた時、既に事は起こってしまっていた。
正確には終わってしまっていたのだが……。
「あれ、こいつ」
「もう来たのか。回復の早いヤツだな」
幽助はともかく、蔵馬に冷ややかな目で見下ろされていた人物。
それは深派ー丹の塔にて、ほぼ蔵馬1人にボッコボコにされた、あの盗賊・環駄太こと呂屠であった。
どうやら相手が飛影&桑原と、全く協力しそうになく、特に呂屠に恨みがあるわけでもないコンビでも、簡単に勝てたらしい。
桑原が軽くかすり傷を負っている程度で、他はなんともなかった。
「頼む!これっきり心を入れ替えるから!許してくれよ!な!な!ありがてえ!!」
またしても、返答を待たずに逃走。
本当に心を入れ替えるとは思えないが、しかし幽助たちには関係ない。
あれだけ弱ければ、何度襲ってこようが、ウザいだけ……いやそれはそれで、面倒だが。
特に蔵馬が過去を思いだして、怒りにかられてしまうのだから……。
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