その10 <海へ…>

 

 

「あ、ありがとうございました」

お礼を言って、1人1人を見つめる雪菜。
視線があった途端、いつものノリで男をビシッと決めるべく、歩み寄ろうとした桑原だったが、差し出された足につっかかって転んでしまった。

「あにすんだ!!」
「フン。礼など言う必要はない」

口調からではどちらか分からないだろうが、内容で分かるであろう。
彼は『飛影』ではなく、『具浮太』である。
まあ格好を見れば、盗賊のコスチュームなどつけていないので、一目瞭然なのだが。

「貴様らなんぞいなくとも、1人で十分だった。邪魔しやがって」
「なんだと〜。無様に捕まってたくせによ!」
「フン。貴様らが来るのが数秒遅かったら、自分で抜け出していた。余計な節介だ」
「こんのやろー!」

相手が相手だからだろうか?
ゲームのキャラだということも忘れ、具浮太に掴みかかっていく桑原。
しかし、彼は性格だけでなく、力も飛影と同等のようで、あっさりとかわされてしまった。

「おわっ!!」
「フン、雑魚が」
「なにをー!!」

威勢良く向かっていくのはいいのだが……元々、遊び人の上、こんな派手な衣装では、禄に動き回れない。
本人はいつもの学ランのようなスタイルでいるつもりなので、普段の要領向かっている。
それが悪いのだが、あえて誰もつっこまないので、全く気づく気配はない。
しかし今つっこまれては、雪菜にものすごい奇妙な格好を見られている、ということを気づかせることにもなる。
ここは何も言わない方が、親切というものかもしれない。

 

 

「えっと……止めなくていいのでしょうか?」

桑原が喧嘩しているため、側にいた蔵馬に話しをふる雪菜。
だが、蔵馬が止めた方がいいと言うわけがなく、

「大丈夫大丈夫。ああそうだ、雪菜ちゃん」
「はい」
「黒胡椒って知ってる?」
「ええ。具浮太さんが持ってるのを見せてもらいました」

自分の話題が出ていることに気づき、具浮太がこちらを見た。
普通の人には睨んでいるように見えるかもしれないが、ここに普通の人はいない。
桑原を軽くあしらって、こちらへ歩いてくる彼に、蔵馬はにっこり笑顔を向けた。

「あ〜あ。桑原くん、まためり込んでるな」
「……胡椒がどうした」

蔵馬の言葉は無視して、さっき話題の方だけを尋ねる具浮太。
立ち去ってくれるなら、さっさと用件を終わらせた方が早いと悟ったのだろう。
むろんそれは、蔵馬を力では追い返せない存在と認識した上での結論だろうが。
同意見とはいえ、その様子が飛影はかなり気に入らなかったらしい。
ずいっと蔵馬の横に立ち、

「持っているなら置いていけ」
「何だと」
「よこせと言っている」
「貴様なんぞに渡す義理はない」
「ならば、腕ずくで奪い取るまでだ…」
「やってみろ…」

 

両者の間で激しく火花が飛び散った。
飛影は背中に背負っていた刃のブーメランを、具浮太は壁にかけられてあった剣をとった。
お互い一瞬の隙も見せず、ゆっくりと構える。
武器こそ違うが、彼らの構え方はよく似ていた……というより、同じだった。
具浮太の構えは、飛影がvs青龍で見せた抜刀のスタイルと全く同じだったのだ。

よく似たタイプや攻撃スタイルの相手と戦うのは、意外にも難しいという。
何せ自分と戦うようなものなのだから……。
己と向き合って、己を見極めるのは、困難を極める。
しかも今回は「似ている」に留まらず、紛れもない「自分自身」なのだから、尚更……。

一言も交わさず、ただにらみ合うだけの時が数分続いた。
同じ顔がにらみ合うのは、かなり異様な光景だったが……。

しんっと静まりかえっているはずなのに、地獄の底から響くような音が辺りを埋め尽くすような重たい空気。
今にも斬り合いそうな険悪なムードが、濃い霧のように漂っている。
まさに一触即発……。
どちらかがほんの僅か……それこそミリ単位でも動けば、あるいは誰かが仲裁に入れば、たちまちここは戦場と化しただろう。

だが、しかし……この息も詰まるような雰囲気を打ち砕ける人物が、世界には2人いる。
その両方がこの場にいたが、実行したのは1人だけだった。

 

「あ、あの……け、喧嘩はやめてください」

オドオドしながら、雪菜が言った。
もしこれが桑原や幽助であったならば、一瞬にして両方に睨まれ、ぶっとばされるところだろう。
だが、相手が雪菜では話が全く違う。
横やりを入れたとしても、ぶっとばすどころか怒ることすら、到底不可能である。
最もこれが蔵馬ならば、また別の意味で殴れないのだが…。

「(……渓亞)」
「(……雪菜)」

許嫁&妹に言われては、引かざるを得ない。
気に入らない相手だが(実際飛影は前々から殺る気でもあったのだから)、致し方ないだろう。
一瞬の後、互いに視線を反らした。
それがほぼ…いや完全に同時だった時には、幽助も蔵馬も吹き出しかけたが。

 

「……胡椒なんぞ、くれてやる。とっとと持っていけ」

そう言って、具浮太は蔵馬たちの足下に一つの小さな革袋をほおった。
拾い上げて見てみると、中には黒いツブツブの山。
一つまみ食べてみたが、間違いなく胡椒だった。

「これで船がもらえる。イベントクリアってところかな」
「んじゃ、とっととコエンマの所行こうぜ」
「ああ、その前に……雪菜ちゃん」

具浮太に連れられ、アジトを去ろうとした雪菜を呼び止める蔵馬。
これが蔵馬でなければ、具浮太は止まったりはしなかったろう。
相手が彼なだけに、こちらを向こうとはしなかったが、いちおう立ち止まってくれた。

 

「何ですか?」
「とりあえずはあの人と一緒にいてね。俺たちがゲームを終わらせたら、自然に現実に戻れるだろうから」
「はい……でもあの、聞いてもいいですか?」
「何?」
「げ〜むって何ですか?あの現実に戻れるって、どういう意味ですか?」

がくっと肩を落とす蔵馬。
そういえば、今まで会ってきた人々…というより、飛影と雪菜以外は皆、ある程度ゲーム知識を持ち合わせている。
だから会う度に説明する必要がなく、それ故に皆この事態を理解しているものと思っていた。

だが、雪菜はそうではない。
今までのことは、雪菜の人生の経験からすれば、あっても全く不思議ではない……つまり彼女が『現実』だと思いこんでも不思議ではない。
ゲームキャラとしてではなく、普通に『現実』だと思ってしていたのであれば、やけに馴染んでいる理由にも頷ける。

思えば、飛影も初めてこの世界に来た時、『現実』との区別がついておらず、幽助が酒場に来るまでの間に、ゲームの基本知識をかなりの時間を費やして教え込んだものだ。
だが……、

 

「(でもまあ……教えなくてもいいかな。これ以降イベントはなさそうだし。雪菜ちゃんには『現実』として見てもらっていた方がいいかも)」

時間を要するとか、説明が面倒だとかではなく、何となく教えない方がいいような気がした蔵馬。
具浮太とも上手くいっているようだし、あえてゲームで創られた人物であると教える必要はないだろう。
考えた後、ニコッと微笑んで、雪菜の肩に手を置き、

「……いや、何でもないよ。とにかく具浮太さんと一緒にいてね」
「はい。あの方、飛影さんによく似ていて、本当に優しいんです」
「そう言えるのは、世界広しと言えど、君くらいだろうね……」

最後の言葉は、雪菜に聞こえぬよう、そっと言った蔵馬。

しかしまあ……その意見も、全く否定は出来ない。
飛影に優しい面があることは、知っている。
きっと幽助も桑原も……。
ただ、本人がすぐ近くにいて、しかも他の者もいて、それでもはっきり言えるのは、彼女だけだと思うのだった……。

 

 

その後、勇者一行は歩琉都牙へ戻り、黒胡椒と引き替えに、船を手に入れた。
最も胡椒を渡しても、コエンマは1人の世界から戻ってこなかったが。
しかし、そんなことを気に留めるほど、幽助たちもヒマではない。

ぼたんに後を任せ、速攻で船に乗り込み、帆を揚げたのだった……。

 

第四章 終わり

 

 

〜作者の戯れ言 中間編 その11〜

胡椒、実際は村に一度戻ってからもらうことになっています。
まあどうせタダだから、あんまり変わらないかなと思って、村に戻らずに頂きました。

ついに第4章終結。
けど、まだ船手に入れたばっかり!
蔵馬さんたちの旅は、まだまだ続くようですね……。