その7 <アジト>

 

 

夢緒琉の村で、ちょっとした感動を味わった幽助たち勇者一行。
しばらくの間その余韻に浸っていたいところだが、そうもいかない。
以前ならば、ほんのちょっぴりくらいその余裕もあったかもしれないが……。

実は彼ら、ここで完全に行き詰まってしまったのだ。

行くアテが全くない……とにかくないのだ。
亜利亜半大陸は虱潰しに調べてきたはずである。
呂魔理亜や
火座亜武での物色も、これ以上にないくらい行った。
乃亜新留は……死んでも行きたくない。
それに蔵馬の意見としては、あまり本筋とは関係なさそうだというから、二度と行く気もなかった。

熱沙羅ー夢、石州、歩琉都牙、芭羽螺駄、駄亜魔、夢緒琉……村や町、国での物色は全て終了している。
なのに、次へ進む道標が全くないのは、一体……。

「おい、蔵馬……どうすんだよ、これから…」
「そうだぜ。まさか乃亜新留行くとか言わねえよな?」
「その『まさか』だったらどうする?」
「なっ!!?…ぜ、絶対にイヤだ!!(×3)」

珍しく飛影も一緒に叫んでいる。
余ほどイヤなのだろう……乃亜新留の住人には気の毒だが、永遠に眠っていてもらうほかなさそうである。

 

「冗談だよ。実は次に行く場所、なくもないけどね」
「本当か!?」
「何だよ。あるならそうと早く言えよ。もったいぶらずに」
「それなんだが……」

何やら考え込んでいるらしい蔵馬。
まさかその『次に行く場所』とやらにも、垂金のような史上最悪のヤツがいる可能性があるのだろうか……。

「お、おい?」
「そ、そんなヤバイ場所なのか?」
「それは行ってみないと分からないけど……ただね〜」

ちらっと蔵馬が見たのは、問いかけてきている幽助でも桑原でもなく、その向こうで聞いていないふりをしている飛影だった。

「飛影がどうかしたのか?」
「彼、前に言ったじゃないか。手出しするなって」
「はあ?何のことだよ?」
「芭羽螺駄の一件、もう忘れたのか?渓亞って子を助けるの、手出しするなって」
「ああ、あれか」

ぽんっと手をうつ幽助と桑原。
飛影も口には出していないが、思いだしたらしい。

芭羽螺駄の渓亞、確か悪党に攫われたと聞いた。
具浮太という、飛影をモデルにしたらしい彼女の婚約者だと思われる青年が助けに行ったはずだが……一度、蔵馬の鋼の鞭を買いに戻った時も、彼はまだ帰っていなかった。
あれからも大分経ってはいるが、今頃どうなっているのかは、見当もつかない。

「胡椒が手に入れば、歩琉都牙で船がもらえるから、そこから何処へでも行けると思う。ただ、あの渓亞という子の家が胡椒家だったから…」
「もう戻ってるんじゃねえのか?随分経つし」
「だといいけど……」

 

 

ということで、次の目的地はとりあえず芭羽螺駄に決定。
渓亞が戻っていれば、胡椒を買い、戻っていなければ探しに行く…という結論に至ったのだ。
飛影は少々認めたくない面もあったようだが、もし自分が無様に悪党に捕まっているとすれば、それはそれで許し難い。
例えゲームいえど自分には変わりない……惨めな様を晒したとことで、半殺しにでもしてやるつもりだった。
もちろん村に帰っているならば、それにこしたことはないが……。

しかし、飛影の淡い望みははかなく散っていった。
芭羽螺駄には、渓亞も具浮太も戻っておらず、相変わらず渓亞の祖父がギャーギャーと叫びまくっていたのだ。

「あんなに言うなら、自分が行きゃあいいのに」
「少し無理があるよ、あの年じゃ。とりあえず探しに行こうか。異論はないね?」

むろんこれは飛影に対して言った台詞である。
飛影はやはり気にくわないらしく、舌打ちしていたが、しぶしぶ承諾した。

とりあえず、何の情報もなしに行くのは危険だし、時間がかかると、渓亞の祖父に悪党のいそうな心当たりを聞くことに。
予想通りというか何というか、老人はあっさりと教えてくれ、頭を地面にこすりつける勢いで、懇願しまくってきた。

「……ここまでプライド捨てて頼み込むヤツも珍しいな」
「コエンマみてえに、いばって頼むよりはマシだけどな」
「た、頼みます!!どうか渓亞を!!」
「あ〜あ〜、分かった分かった。その代わり、孫娘取り返したら胡椒よこせよ」
「そんなもの!渓亞が戻った暁には、いくらでも差し上げます!!」

ならば、今くれてもいいのでは……と思うのだが、まあいいかと渓亞を取り戻すべく出発する幽助たち。
悪党たちは芭羽螺駄から東に位置する古い洞窟にいるらしい。
どうやら大昔から盗賊のアジトとして使われていたらしく、かなり入り組んだ作りだという。
あまりそういう面倒な場所へは行きたくないのだが……。

「(まあ、蔵馬がいるし。多分大丈夫だろうな)」

 

……そう思うのは、少し甘かったかもしれない。
到達レベル19のダンジョン。
幽助・16、桑原・18、飛影・18、蔵馬・8と、転職した蔵馬以外の面々も届かぬレベル。
しかし、モンスターたちのレベルは自分たちと大して変わらず、勝てない敵でもなかった。
ならば、何故苦戦しているのかというと……実は戦闘での苦戦ではないのだ。

正方形の箱のような部屋、それがいくつも並べられたような造り。
入り組んでいるというよりは、むしろ完璧に計算しつくされたように造られた洞窟。
もう歩くだけで頭が痛くなってくる。
むろん、蔵馬が先に立って、まず間違いないであろう道を進んではいるのだが……。
だからといって、混乱する頭をおさえられるものでもない。

「……なんか、同じ所をグルグルまわってるみてえだな…」
「同感……」
「そうでもないよ。同じ部屋には一度も入ってないから」
「マジかよ〜」

そう言われると、余計にしんどくなってくる。
同じ部屋に何度も戻っているのならば、文句の言いようもあるが、同じ部屋に戻っていないとなれば、ただ脱力する他にすることもない。
それはつまり進んでいるということになるのだが、本人たちはまるで気づいていないらしい。
ぐったりと窶れた顔で、蔵馬の後をひょこひょことついてくるばかりだった。
宝箱を見つけた!と喜んでも、半分は人食い箱だったし……。

 

「なあ〜。まだか〜?」
「……大して戦ってもないのに、随分とお疲れのようで」
「こんな単調なこと繰り返すくらいだったら、戦ってた方がよっぽどいいぜ…」
「なあ、本当にこの道であってんのか〜?」
「間違いだと思うなら、どうぞご自由に進んで下さい」
「い、いやそれは……」

桑原はしまったと失言を焦ったが、蔵馬は暢気なものだった。
彼が何のけなしに言ったことくらい百も承知している。

「まあ、そろそろ着くから」
「は?」
{ほら」

と、蔵馬が指さした先には……何と階下へ降りる階段が!

「そうならそうと言えってんだ!」
「とっくに見えてるものだと思ってたけど?」

ならば、この道で合っているかなど聞くわけがないだろうに……。
しかしそれをつっこむ者はこの場にはおらず、幽助と桑原は蔵馬を追い越し、階段を駆け下りていった。

 

「せっかちですね、本当に」
「フン。今に始まったことではなかろう」

走り降りていった幽助たちを追い、ゆっくり階段を下りる蔵馬と飛影。
と、そこでは、何やら幽助と桑原が何者かともめていた。

「何だてめえら。仲間になりてえのか?」
「んなわけ、ねえだろ!」
「じゃあとっとと帰りな!!」

ガシャンッ

蔵馬たちが降りきる頃には、分厚い戸口がしっかりと閉じられ、完全に閉め出されてしまっていた。
当然、2人はギャーギャーと怒鳴りまくり、怒りまくっている。
おそらく、他人が見たならば、そのものすごい形相に身をすくませたろうが、蔵馬たちにとってはいつもの光景以外の何物でもない。
肩を落としながら、歩み寄り、

「どうかしたのか?」
「どうもこうもあるか!!渓亞のこと聞こうと思ったのに、これだぜ!?」
「全然進めねえじゃねえか!!」
「……質問が悪かったんじゃないか?」
「こっちは質問してねえよ!あっちが一方的に、仲間になりてえのかって聞いてきて、違うって言ったら、しめだされたんだ!」
「なるほど」

何やら感づいたらしい蔵馬。
騒ぐ幽助たちの横をすり抜け、コンコンっと戸口を叩いた。
さっきの幽助たちのことがあるせいだろうか、扉は開かなかったが、代わりに目線の高さに設置されてあった小窓が僅かに開かれた。

 

「何だ、てめえ。仲間になりたいのか?」
「んなわけねえ…」
「ああ、そんなところかな」
「蔵馬!?」

突然の蔵馬の発言に、幽助も桑原もそして飛影も驚愕した。
こんなワケのわからない…とりあえずは悪人とだけ分かるような連中の仲間になりたいなど、頭でも打ったのだろうか…。
あまりのことに呆然とし、言いかけた罵声も途中で途切れ、ただ金魚のように口をパクパクとさせている3人。

しかし、蔵馬は至って冷静で、僅かに微笑を浮かべた顔で、小窓から覗く男と向き合っていた。
男はしばらくしげしげと蔵馬を見ていたが、

「わりーが、頭は深派ー丹(シャンパーニ)の塔に行ってて留守なんだ。とっとと帰りな」

そう言うと、男はあっさりと小窓を閉めてしまった。
その小さな音が合図となり、一斉に蔵馬に掴みかかる3人。

 

「蔵馬!!」
「てめえ!!」
「どういうつもりだ!?」
「どういうって……何怒ってるんだ?」
「怒るに決まってる!!!(×3)」
「……あのさ。まさか本気で仲間になる気だとでも思ってるのか?」
「……は?」

かりかりと暢気に頭をかいている蔵馬に対し、飛影たちは鳩が豆鉄砲喰らったような顔で硬直してしまった。
蔵馬の胸ぐらや肩を掴んでいた手も、自然にゆるんで、だらんと垂れた。
乱れた服を直しながら、蔵馬はそんな間の抜けたような顔になっている3人を順々に眺め、ため息をつきつつ、

「本当に仲間になる気なんて、あるわけないだろう?いくら本業が盗賊だからって、人攫いほど悪どい性格してないつもりだよ。さっきのは試してみただけさ」
「試す…って?」
「渓亞がここにいるか。渓亞がいるなら、まず仲間になりたいと言っても入れるわけないからね」
「何でそう言い切れんだよ?」
「助けに来た人だっていう可能性があるからだよ。まあオレたちが実際そうだしね。大事な人質を奪い返されるわけにはいかないとなれば、ちょっとでも妖しい者は入れるわけにはいかないだろ?」
「そ、そんなもんか?」

「そうですよ。それにおそらく、具浮太が先に来ているはずだ。部外者に対する警戒は更に増しているはずだしね」
「あ、そっか……って、そうならそうと先に言えよ!」
「言ったらその場でバレるじゃないか。君たちに演技が出来るとも思えないし」
「そ、それにしても…」
「敵を欺くには、まず味方からって言うでしょ?」

にっこり笑って言う蔵馬。
こうなっては、何を言っても無駄……全て軽く受け流されてしまうだろう。
これで相手が他人間であれば、話は別なのだが、よりによって蔵馬なのだ。
騙されたことは腹立たしいが、裏切ろうとしたわけでもなかったのだし、もう忘れた方がいいだろうと、諦めることにした幽助たち。

最も飛影の怒りは彼らより深く、当分機嫌は直してくれそうになかったが。
何分、幽助や桑原よりも蔵馬との付き合いが長いだけに、何かあった時の怒りや屈辱は2人よりも敏感に反応してしまうのだ。
それを知って知らずか、蔵馬はいつも通りに接してくる。
それがまたむかつくのだが……どちらかというと、蔵馬に邪見にしきれない自分の方に苛立ちを感じているらしかった……。

 

 

「でもこれではっきりした」
「何が?」
「渓亞は間違いなく、あそこにいる。おそらくは具浮太も……捕えられているだろうね」

その言葉に、ぴくんっと飛影のこめかみが痙攣する。
自分ではないが、見た目は自分。
無様に捕まっている可能性が、より高くなってしまったことに、怒りを感じないはずがない。

「(……殺す、絶対に殺してやる…)」

かなり物騒なことを考えているようだが……。
自分に対しての怒りである以上、殺す相手は自分になるのだが、それを本人は分かっているのだろうか……。

 

「じゃあこれからどうするんだ?」
「強行突破は無理そうだからね。とりあえず頭とやらに会うしかないかな」
「ってことは?」
「深派ー丹の塔……次の目的地だな」