その6 <兜>

 

 

蔵馬が1人で行ったため、買い物の必要はなかったが、荷物を持ったまま情報収集は出来なかったと、まだ聞き込み調査などはしていなかった勇者一行。
人が大勢集まる市場へ訪れたが、そこでもまた幽助は大勢の人達にジロジロと見られていた。

「歩火羽魔酢(ポカパマズ)じゃねえのか?」
「そうだ。歩火羽魔酢にそっくりだ」

この言葉を何度聞き、また何度、

「歩火羽魔酢さんじゃないですか?」
「いつ戻られたんですか?」

と言われたことか……その度に幽助は、

「人違いだ!!」

半分ヤケになって怒鳴っていたが、あまり村人たちが怯える様子はない。
歩火羽魔酢という人物も、それなりに乱暴な男だったのだろうか?

「早く市場の二階へ行ってくださいよ」
「歩々太が会いたがってますから」

そう言う連中も大勢いた。
どうやら予想は当っているようだと1人思う蔵馬を尻目に、幽助はとっとと村から出たそうに、

「なあ、この村大した情報なさそうだし、そろそろ行こうぜ。買い物すんし、物色ももういいだろ?」
「……そうだな。じゃあ、最後に市場の二階に行こうか」
「はあ?何言ってんだよ!」
「まだそこは物色してないので」

さらりと言い、蔵馬はさっさと市場の裏へ回り、小さな階段から堂々と二階へ上がっていった。
別に物色するのがイヤなわけではないし、市場の二階へ行くのがイヤなわけでもない幽助。
しかし、しつこい村人たちの言うとおりになるのは、何となくシャクで、行きたくなかったのだが……。

「幽助。早く来ないと、今夜もう1泊することになりますよ」

蔵馬の爆弾発言。
こんな村にもう1日もいたくない。
宿に戻っても従業員たちに同じことを言われ続けそうなことくらい、幽助でも瞬時に理解でき、しぶしぶ二階へと上がっていった。

 

 

 

「あっ!歩火羽魔酢さん!!」

幽助が二階にあった小部屋に入った途端、小さな少年が走り寄ってきた。
その子に見覚えがあったのは、これまた幽助1人。
純粋で澄んだ目をした少年……彼が最初に死んだ理由だったのだから。

「(こいつ……そっかいちおう俺の身近なヤツだったもんな。けど)おい、人違いだ。俺は歩火羽魔酢とか言う名前じゃねえよ」

他の村人たちとは違い、乱暴には言えない幽助。
相手はまだ子供なのだし……。
だが、子供の目は大人よりも真実を見極めてしまうのだろうか?

「……本当だ。お兄ちゃん、歩火羽魔酢さんじゃないね…」

すぐに別人だと分かったらしい。
分かってもらえてよかったと、ホッとする幽助。
しかし、しゅんっとなったマサルをそのままほおっておくことは出来なかった。

「…似てるのか?俺と」
「うん、そっくりだよ……もしかして、お兄ちゃんの名前、幽助?」
「は?何で知ってんだ!?」

ぎょっとする幽助。
この村に来てから、誰にも名前は名乗っていない(今までの村でもそうだが)。
蔵馬たちが呼んでいたから…というワケでもなさそうだ。
小さなオツムであれこれ思案する幽助。
ふと、蔵馬がマサルの前に出て、

「君が歩々太くん?」
「そうだよ」
「そうか。さっきお母さんに会って聞いたよ。5年前に歩火羽魔酢さんを助けたんだって?」
「うん。5年前の雪の日に。歩火羽魔酢さん、村の近くに倒れてたんだ。怪我酷くて…治るまで、ボクの家にいたんだ。あっという間だったけど……」
「幽助の名前はその時に?」
「歩火羽魔酢さん、よく言ってた。故郷に子供がいるって。その子のためにも、世界を平和にするって言ってたよ。お兄ちゃんのことだよね?」
「え?ああ、多分……」

 

その時、幽助の脳裏に一瞬何かがよぎった。
何か……幼い頃の記憶だろうか?

今より小さな自分がいる。
ベッドで寝ているらしかった。
しかし、眠っているふりをしているだけで、薄目を開けていた。
そして聞こえてきた。
母・温子の声と……どこかで聞いたことのある声。

「あいつが大人になるまで……」
「俺は世界に……あいつのためにも……」

ぼんやりと霞んだ記憶は、そこで終わっていた。
はっと我に返ると、歩々太が不思議そうな顔で自分を見上げている。
幽助は軽く笑って、小さな頭の上に手を置くと、

「ああ。そいつの子だ、俺は」
「やっぱり!歩火羽魔酢さん元気?」
「……まだ帰ってねえんだ」
「そう…なんだ……」
「安心しろって!どうせどっか道草くってんだろうからさ!」
「うん!!」

幽助の言葉に、歩々太はパッと笑顔を向けた。
本当は死んでいるはず……コエンマが最初にそう告げたのだから。
だが、幽助には言えなかった。
幼い少年が心から慕っていたであろう男の死など……。

 

 

「そうだ!お兄ちゃんにこれあげる!」

と、歩々太が取りだしてきたのは……古びた兜だった。
鉄などとは違うようだが、灰色を主体とした作り。
オレンジ色の縁取りがされ、獣の角のようなものが2本、中央には真っ赤な宝石がはめ込まれていた。

見ただけで分かった。
これは父親のものだと……何処にも証拠などない、だが何故か幽助はそう感じていたのだ。

「これね。歩火羽魔酢さんが置いていったの。僕には大きいから、お兄ちゃんにあげるね」

小さな手で高く持ち上げ、幽助に差し出す歩々太。
これはゲーム……創られた世界と創られた人達……。
この子も現実のマサルとは関係なく、コンピュータによって作り出された人格に違いない。
分かっているはずなのに……。

「お兄ちゃん?」

返答がないことを不思議に思ったのか、歩々太がきょとんっとした顔で、呼びかけた。
幽助はそれには答えず、歩々太の手から兜を受け取り、被ってみせた。

「お兄ちゃん、すっごく似合うよ!」
「そうか?サンキュな。大事にするぜ!」
「うん!歩火羽魔酢さん、きっと喜ぶよ!」
「ああ……じゃあな!」

そう言うと、幽助は一気に階段を駆け下りた。
いつのまにか、蔵馬たちは階下へ…そして村の裏口へと先に行ってしまっていた。

 

「何だよ、先に行くたあ、薄情だな」
「話が長くなりそうだったんで……兜もらったのか」
「ああ。親父のだってさ」
「いいのじゃねえか。俺にもかぶらせろよ!」
「誰がてめえなんかにかぶらせるかよ!」
「あんだとー!」

村を出てからしばらく、幽助と桑原はぎゃーぎゃーといつもの喧嘩をしていた。
もうここへ来ることもないだろう。
そう何処かで予感しつつ、今までの村にはない懐かしさを惜しみながら……。