その5 <最果て>
「ぐあっ!!」
「幽助!……幽助もか……」
またしても、自分の目前に棺桶が転がったことに、もはや呆れすら感じない蔵馬。
一番レベルが低いはずなのに、何故いつも自分が棺桶を引っ張らねばならないのか……。
転職するとレベル1まで戻り、攻撃力・守備力・HP・MPなど全てのポイントが半減してしまうというのに、彼の攻撃力は未だに桑原よりも上。
守備力に至っては、半分でも4人のうち最強なのだ。
加えてレベル7になった現在、盗賊の頃習得した魔法を除いても、7つも呪文を会得している。
例え自分よりレベルの高いモンスターとサシになっても、勝利を収めているのはそのおかげ……だが、いい加減にしてほしいという気持ちもなくはない。
最も、毒針を手にした飛影だけは、前よりも効率よくモンスター退治を行っているのだが。
「……よいしょと」
息の根を止めた出怒辺塚吏ー(デッドペッカリー)を突き倒しながら言う蔵馬。
飛影も素羅威夢瞑(スライムツムリ)3匹を足蹴にしていた。
どうやら、終わったらしい。
が、その代償として、棺桶が2つ現れたことは上記表示の通りである…。
「なあ〜、どうすんだ?これから」
「また神殿戻んのか?」
『また』という台詞はつまり、こういう事態が数十回起こったことを示している。
蔵馬が呆れることもしないくらい、飛影がからかうこともしないほど……。
「戻っても意味ないよ。お金そこついてるんだから……」
「げっ!?マジ!?」
「マジです」
「ちょ、ちょっと待てよ!つまり俺たち当分このまま!?」
「いらない品を売ってお金を作るしかないから……戻るとすれば、芭羽螺駄まで戻らないとね」
「き、鬼萌羅の翼は?」
「もうとっくに底尽いてるよ」
「そんな〜…」
がっくり肩を落とす幽助と桑原。
しかし、いちおう戦っていた幽助の方がショックは大きいだろう。
相変わらず桑原は寝てばかり、遊んでばかりなのだから…(それはそれでショックだろうが)。
だが、いくら口調や話の内容は暢気でも、この状況がピンチであることに違いはない。
桑原はともかく幽助がいないということは、大幅な戦力ダウンである。
鬼萌羅の翼はない、留宇羅を使うことも出来ない……。
未だに帰還魔法を使えるのが勇者一人というのは、相変わらず面倒なパーティである。
いくら蔵馬がキレ者でも、流石にレベル12の魔法をレベル7で覚えることは不可能だろうから。
「とにかく近くに休憩所でもあれば……あっ」
「どうした〜?」
「村がある」
「あ、そう……って、本当か!?」
「ど、何処だ!?……ねえじゃん」
「鷹の目で見てるからね。ここから北に5qってところかな。飛影、行くよ」
「……」
無言だが、かなりイヤそうな飛影。
それもそのはず、幽助と桑原が死んでいるということは、つまりその棺桶を持って行かねばならないのだ。
加えて、桑原が担いでいた荷物も。
もちろん蔵馬も持つが、1人で持てるわけがない。
必然的に生きている自分が持たねばならないのだ……。
「じゃあ飛影、桑原くんの棺桶引っ張ってきて。俺は幽助のと、荷物持つから」
「おい、飛影。さっさと引っ張りやがれ」
寝ていたせいで死んだというのに偉そうな桑原に、飛影が腹を立てないはずがない。
姿は見えないが、どうせ棺桶の上に乗っているのだろうと確信し、わざと棺桶を岩に躓かせた。
「いてっ!!な、何しやがんだ!」
「フン、知るか。俺には見えんからな」
「見えねえんだったら、もっと丁寧に扱いやがれ!!」
「贅沢なやつめ。引くのがイヤなら、押してやる」
「いてっ!いてーっての!おい、待ちやがれ!置いていくな!!」
桑原が棺桶から落ちたことは、もちろん見えていない。
だが、声の方向から棺桶の上に乗っていないことは一聞瞭然……しかし、乗っていたとしてもそれはそれで痛いだろう。
何せ押しているというよりは、蹴飛ばしているのだから……。
「おい、蔵馬。いいのか?あれで…」
「いいんじゃないか。いつものことだし」
「ま、そりゃそうだな」
そして、歩くこと5qあまり。
蔵馬が見た村−−夢緒琉(ムオル)へようやく到着した勇者一行だが、その頃には既に夜になっていた。
金がないため、蘇生は不可能。
しかし店はとっくにしまっている……不要品を売ることさえ出来ない。
仕方なく、その日は軽く物色するだけにして、宿に泊ることになった。
迎えた翌日。
棺桶は宿に置いたまま、蔵馬1人は市場へ来ていた。
意外にも不要品は高額で売れ、蘇生分の金を残しても、かなり余裕があった。
そこで装備を購入することに。
飛影の防御力が少し不安なため、黒装束を買い、全員分の盾も買った。
「これでよしっと。さて戻るか……っと」
「わっ」
突然、走ってきた子供が蔵馬の持っていた買い物袋に衝突。
幸い倒れることもなかったが、蔵馬の荷物がかなりバラけてしまった。
「あ、ゴメンね!おねえちゃん!」
「お…ねえ…ちゃん?」
最初誰のことを言っているのか分からなかったが、除除に自分のことだと理解した蔵馬。
当然、怒りはふつふつと煮えたぎるが、相手は子供で、しかもゲーム内の登場人物にすぎない。
激怒するのは大人げないだろうと、走っていく子供の後ろ姿を見送りつつ、震える拳を必死に抑えていた。
と、後ろから、
「ごめんなさいね。うちの歩々太が…」
振り返ってみると、割りにまだ若い女性だった。
言っていることからして、おそらくさっきの子供の母親だろう。
まあ、いくら子供に対して怒っていても、だからといって母親に怒りをぶつけるのは見当違いである。
しゃがんで落ちた盾などを拾う蔵馬の手伝いをしながら、彼女は言った。
「……もしかして冒険者さん?」
「え、まあそんなものです……」
している格好や、大量に防具を買いこんでいる時点で、それくらいは誰でも分かるだろう。
まあ彼らは普通の冒険者とはちょっと違うが……とりわけて説明の必要もないだろうと、蔵馬はそういうことにしておいた。
女性はニコッと笑って話を続けた。
「懐かしいわ。ここへ冒険者が来たのは、もう5年くらいになるかしら」
「随分前なんですね」
「ここは最果ての村だし、近くにダンジョンもないから。あの人が来たのも、偶然だったわ」
「5年前に来たという?」
「ええ。たまたま、息子の歩々太が村の外で遊んでいた時、倒れておられたのを見つけたんです。酷い怪我で、しばらくこの村で養生していたんですが、また旅に出られて……歩々太には父親がいないから、それは懐いていたんですけど、目的があるとおっしゃって。故郷に残してきた妻子のために、一刻も早く世界に平和をと……あら、私ったら」
話ながら、当時のことを深く思いだしたらしい。
彼女の瞳はうるんでいた。
息子が懐いていた…ということもあるだろうが、彼女自身少なくともその冒険者を慕っていたのだろう。
蔵馬は女性の肩を軽くたたき、
「また訪れるかもしれませんよ。冒険者は自由気まま、風みたいなものですから」
「……そうね。ありがとうございます」
蔵馬に慰められ、女性は涙を拭った。
自分より若い…しかし、しっかりした少女だと心の中で思いながら。
もしこの場に幽助たちがいたならば、口に出さなくてよかったと、心底思ったことであろう……。
「ただいま」
「お〜、遅かったな」
「ちょっとね。じゃあ教会行こうか」
「へいへい」
荷物はそのまま宿に残し、棺桶2つ引きずって教会へ向かう蔵馬と飛影。
またあの嫌みな教師に会うのかと思うと、気は重いが致し方ない。
意を決し、教会の扉を開けたのだが……。
「あら、何か御用?」
そう可憐な声で言ったのは、あの…皿屋敷中で2番目に最悪愚劣な理科教師ではなかった(あの男が可憐な声で言ったら、かなり引くが…)。
蔵馬たちが教会の中で見た人物は、年端もいかぬ幼い少女だったのだ。
若干青みのかかった黒髪で、シスターなのだろうが、それらしからぬ格好。
ネグリジェ姿の彼女は、気の強そうな大きな瞳で蔵馬たちを見上げてきた。
「どうかしたの?」
「あ、ああ…蘇生してもらいたんだが」
「その人たち?」
タンタンッと棺桶の蓋を叩きながら言う少女。
その彼女に気づかれぬよう、蔵馬は小さな声で見えていない幽助に聞いた。
「……知ってる?」
「ああ…俺が一回目に死んだ時に会ったヤツだ。霊界調査官のさやか」
「なるほど霊界の…」
幽助にこんな知り合いがいるのかと、少々驚いていた蔵馬だが、霊界の住人ならば分からなくもない。
コエンマに代表されるように、霊界人の年は見た目では判別不能なのだから。
「じゃあ、シスター。お願いできますか?」
「もちろん。じゃあ、ちょっと下がってね」
そう言って、さやかはバッと手を天井へ向けた……。
「……ちょっとは疑ってかかればよかったかもな…」
「そうか?」
「そうだよ!ったく、あいつ何回失敗すれば気が済むんだー!!」
……いちおう生き返れたらしい幽助と桑原。
しかし……こうなるには何度も何度も…それこそイヤと言うほどの回数、本当に死にかけたのだ。
死んでいるのに、死にかけるという表現はおかしいかもしれないが。
さやかはいちおう霊界調査官としては優秀だった。
だから、大丈夫だろうと思っていたのだが……生憎、現実での彼女の功績はゲーム内には繁栄されなかったようなのだ。
爆発はする、雷は落ちる、地割れは起こる……もしかしたら、この村に冒険者が滅多に来ないのは、これが原因なのではと、蔵馬が密かに思うほどだったのだ。
「まあ、いちおう生き返れたんだからいいじゃないか」
「そういう問題かよ。ったく……それにしても」
さっきから自分をジロジロと見てくるこの視線……何とかならないのだろうか?
今までの街や村でも、冒険者なのだから、それなりに見られはしてきた。
だが、この村は何かが違う。
値踏みしているようでも、珍しがっている風でもない。
しかも見ているのは、幽助だけなのだ。
蔵馬や飛影、桑原には全く視線がいっていない。
「何でこんな見られるんだよ。しかもさっきから何度も変な勘違いされるし」
「そうだよな〜。歩火羽魔酢(ポカパマズ)って誰のことだ?」
「現実で俺に似たヤツなんか、いなかったはずだけどな。蔵馬、どう思う?」
「さあね…」
そう言った蔵馬には何となく分かったような気がした。
あの時、女性が言っていた5年前に現れた冒険者……故郷の妻子のために平和と言った男。
そいつが関係しているに違いないと。
しかし確信がないため、まだ明かさずにいることにしたのだ。
そして、この数分後。
全ての謎が明かされることとなったのだ……。
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