その4 <転職>
数時間後……というよりは半日後と言った方が、手っ取り早いかもしれない。
壁にめり込んだ桑原を引き寄せ、塔の割れ目から3階へ降り、更にそこから脱出するだけでも一苦労だったのだ。
まあそれなりに苦労した分の利益はあったが。
「な〜、蔵馬〜」
「何か?」
「まだ着かねえのか〜?」
「後、2〜3qってところかな」
「そんなにあんのか…」
ようやく足の痺れも取れたらしい幽助だが、いつもの元気はないようである。
それもそのはず……現在、至上最弱パーティだと言っても過言ではない勇者一行(主な問題は職業及び性格のバラつき)が置かれている状況。
それはかなり悲惨なものなのだ。
最後の薬草を使い切り、唯一魔法の使える幽助のMPがゼロになってしまった上、鬼萌羅の翼の買いだめもない……。
つまりは……これから先、どんなモンスターと対峙して、大怪我をしようと、もう回復することは出来ないし、街や村へ一瞬で帰ることも出来ないのだ。
むろん、そんな状態で冒険を続行しようなどとは誰も言わない。
実際、牙琉那の塔を脱出した直後からは、寄り道もせずに駄亜魔の神殿へ向かっている。
だが、一行の弱さがその進みを遅く、そして危ういものにしていたのだった……。
「ここで最強モンスターとか出てきたら死ぬな」
「まさか。こんなところでは、まだ出ないさ……」
「どうした?蔵馬」
蔵馬が見つめた先……森の一角から、何かが猛スピードで近づいてきた。
いつものモンスターが出てくる時の、あれである。
出来ることなら、同レベル程度の相手がいいのだが……しかし、今回現れたモンスターたちは、今までの「強い」「弱い」で判別出来るような代物ではなかった。
「……何だ、あれ?」
「さあ……あのデカイ3匹は鬼羅ー鋭符(キラーエイプ)だろ。結構強えけど、勝てねえ相手じゃねえ……けど、もう1個のあれ何だ?」
「いや、5個くらいねえか?」
『個』…そう桑原や幽助が表現したのも無理はないだろう。
巨大な鬼羅ー鋭符の後ろから、ちょこまかと近づいてきた小さな生物たち。
一見は素羅威夢っぽいが、何かがおかしい……そう、彼らの体は灰色に近い銀色に光っていたのだ。
幽助たちが呆気にとられている間にも、一人冷静だったのは、言わずとも分かるだろうが蔵馬である。
彼はしばらく素羅威夢(に似た生物)を眺めていたが、やがて決心したように、幽助たちを振り返った。
「幽助、飛影、桑原くん。鬼羅ー鋭符たち、頼みますね」
「えっ!?く、蔵馬!?」
「あの素羅威夢……女汰流素羅威夢(メタルスライム)というんだが、経験値がかなり高いモンスターなんだ。これを逃す手はない……俺が全力で倒すから」
「1人で大丈夫なのか!?」
蔵馬の考えに反論するように言う幽助。
むろん、これは蔵馬のことを心配してのことである。
経験値が高いということは、つまりレベルの高いモンスター…見た目では判断出来ないのが、ゲームの厄介なところである。
それを一人で行くというのだから……最も、自分も戦ってみたかったという思いもなくもなかったが。
しかし、蔵馬は暢気なものだった。
「女汰流の攻撃力は大したことないからね。ただ防御力が高いだけ…でも毒針があるから」
「あ、そっか。でも、気つけていけよ!!」
「ああ。そっちこそ」
言いながら、蔵馬は女汰流たちの群れに走り込んでいった。
蔵馬の勢いに逃げ出そうとするモンスターたちの前に回り込み、逃げ場を塞ぐ。
そして一匹ずつ、針で串刺しにしていった。
ねらい打ちしているためスピードは遅く、数匹逃げられたが、その分確実で攻撃した女汰流は全て急所を貫かれ、次々に息の根を止められていった。
そして数分後。
蔵馬の足下には、息絶えた3匹の女汰流素羅威夢が転がっていた。
本人も多少攻撃は受けたようで、腕をやけどしていたが、それでも経験値のことを考えると、安いものだったろう。
「よし、完了っと。幽助、こっちは終わっ……何してるんだい」
やっと一仕事終え、爽やかな気分でいた蔵馬だったが、後ろを振り向いてその気分も一掃された。
あろうことか、蔵馬の背後には三つのお棺が並んでいたのだ……。
「……ちょっと」
「あはは、ゴメン…負けた」
「負けたってね……3対3で何で負けるのさ……」
「しょ、しょうがねえだろ!!桑原のやろう、ほとんど戦わねえんだから、実質2対3じゃねえか!」
「それにしたって……っと、こんなこと言ってる場合じゃないか…」
幽助と飛影の命がけの戦いによって、鬼羅ー鋭符2匹は倒されていた。
だが、2人を倒したと思われる1匹…多少、ダメージは受けているようだが、彼は新たに得た敵目掛けて突っ込んできた。
「おっと」
軽々と跳び上がり、攻撃をかわす蔵馬。
鬼羅ー鋭符はゴリラ属のモンスターである。
つまり攻撃パターンは叩くか殴るの2つに1つ、ある程度の先読みは簡単に出来るのだ。
最もこの種類は近隣に仲間が多いため、すぐに応援を呼ぼうとするのだが。
「仲間を呼ばれると厄介だな……毒針では一発で決まらないか……」
そう思うと、蔵馬は瞬時に毒針をしまい、変わりにチェーンクロスを取り出し、着地する前に敵の肉体を一刀両断した。
タタタンタタターーン!!
何処かで聞いたような懐かしい音……そう、レベルアップのあの音!
つい2ページほど前にも聞いたが、今回はあの時とは一味違っていた。
タタタンタタターーン!!
タタタンタタターーン!!
何と3回連続で音がしたのだ。
「な、何でだ?3人もレベルアップしたのか?」
「死んでいるヤツのレベルが上がるか、馬鹿め」
「ばっ、馬鹿っつったな、てめー!!つい最近までゲームやったこともなかったくせに!!」
「それだけ適応力があるということだ。貴様と違ってな」
「てめえに適応力があったら、全人類に適応力があらー!!」
「……ちょっと待て」
幽霊になっても喧嘩している桑原と飛影の間に入る幽助。
しかし、喧嘩を止めようとしたわけではなさそうである。
「俺たち3人とも死んでんだよな?」
「見れば分かるだろうが」
「だよな?つまり、さっきレベルアップしたのって……」
「あ゛……」
至極いや〜な予感がしてきた幽助たち。
そう、4人パーティのうち、3人も死んでいるのである。
となれば、生きているのは1人……小学生でも出来る計算だが、それでも考えたくなかった。
つまりさっきのレベルアップの音は、たった一人のレベルが上がった音なのだと……。
3人同時に、棺桶の前に立つ唯一生きている人物を見上げた。
彼の顔には、僅かだったが、歓喜の色が……。
「く、蔵馬……今の音…全部お前の?」
「ああ」
「何ーーー!!!?」
「だって、皆死んでるじゃないか」
「い、いやそうなんだけど……そ、それで……いくつになった?」
「えっと…20」
があああ〜〜んっ……
ショックを受けずにはいられない……。
ただ、一人が生き残って経験値を手に入れただけならば、そのくらいよくあることだ。
だがしかし……それによってレベルアップ、しかも一気に17から20まで上がってしまったのだ!!
飛び級もいいところ……これがショックを受けずにいられようか!?
まあそうはいっても、3人の心境は。
「(ま、桑原じゃねえだけマシか……あいつに負けなきゃ、この際…)」
「(飛影や浦飯じゃねえだけマシか……あいつらだったら、ショック通り越してむかつくけど、蔵馬なら…)」
「(あの馬鹿どもよりかはマシか……特に桑原よりは…)」
と、こんな感じであった。
むろん口には出していないが……。
正面から見据えているのだから、蔵馬には3人の視線がよく見えていた。
それによって、どういうことを考えているのかも、よ〜く分かっていたのだった。
「ほお、なかなかレベルが上がっているようだな。お前だけは」
「う、うるせえ……」
蘇生も回復も出来なかったが、幸運にも駄亜魔まではモンスターに遭遇することなく帰り着けた勇者一行(見た目は盗賊と棺桶三つ)。
まず教会で苛つきながらも、3人を蘇生させ、体力と気力回復のため、宿屋で一泊した後、架空の幻海こと神官のもとへ向かった。
特に用があったわけではないが、とりあえずここを離れるのだから、一応言っておこうと思ったのだ。
まあ蔵馬以外の3人も、牙琉那の塔で少しだけだがレベルアップしたので、それくらい言っておきたかったというのが、正直なところだが。
しかし、架空とはいえ幻海はやはり手厳しい。
本当にかなりレベルの上がった蔵馬のことだけを認め、他三名はまだまだだとはっきり言い切っていた(ここで飛影がぶち切れそうになったが、何とか蔵馬がおさえた)。
「それで蔵馬は転職したいのかい?」
「え?出来るんですか?」
「もう上出来じゃ」
「……」
つい数日前までダメだったのに、もうOKとは……いくら本当にレベルが上がっているとはいえ、呆気にとられてしまうのは止められない。
しかし蔵馬はすぐに気を取り直して、懐から何かとりだした。
「これを……」
「それって悟りの書か?何に使うんだ、それ?」
悟りの書、それは例の牙琉那の塔のなかなか行けなかった三階部分に隠されていた宝である。
何に使うのかさっぱり分からず、とりあえず蔵馬が持っていたのだが。
「いいから見てて。神殿に入ってから、ずっと感じてた」
「感じてた?」
「悟りの書の鼓動……」
「は?」
いきなり何を言い出すのかと、きょとんっとする幽助たち。
しかし蔵馬は至って真面目であった。
「ほお、悟りの書か……蔵馬は賢者になりたいわけか」
「はい」
「賢者?お前転職するのか?」
「盗賊のままでもいいけど、この調子だと外に出るのに何年かかるか分からないからね。賢者ならかなりの魔法が使える……盗賊なら飛影がいるし、こっちの方が効率がいいだろう」
「ふ〜ん。ま、お前がいいならいいけど」
幽助が言ったので、蔵馬は少し苦笑し、それから幻海を向き直った。
彼女は悟りの書を蔵馬に返すと、咳払いして、
「確かにキレ者の蔵馬には天職じゃな。よかろう。一度レベルは1へ戻り、修行は1からやり直すこととなるが」
「覚悟の上です」
「よかろう…では、始めるぞ」
「はい……ああ、そうだ。幽助、飛影、桑原くん」
「何だ?」
「ちょっと後ろ向いてて下さい」
「は?まあいいけど…」
どういう意味なのかは知らないが、まあいいかと後ろを向く幽助たち。
別に転職のシーンになど興味はないから…。
彼らの後ろでは、転職の儀式が着々と進行していた。
蔵馬が悟りの書を両手に開けて持ち、幻海が杖を高々と天に掲げている。
何やら呪文を唱えているらしい。
それに共鳴するように、悟りの書が光り輝き、続いて蔵馬自身も光に包まれていった。
淡い銀色の光の中で、蔵馬の体が更に光っている。
もし幽助たちがそれを見ていたならば、あまりの美しさに呆然としてしまったことだろう。
「おお、神よ!蔵馬が新たな職へつくことを何とぞお許しください!!」
タタタンタタターーン!!
レベルアップと同じ音が神殿に共鳴し、それと同時に蔵馬を包んでいた光も彼自身の光も、弾けるように消え去った。
彼の手にあった悟りの書も……。
「よし、今から蔵馬は賢者じゃ」
「なったのか?」
ドカッ!バキッ!!ボカッ!!
終わったのかと、振り返った瞬間……幽助と桑原の顔面に、固く握りしめられた拳がストレートで入った。
あの細い腕の何処にこんな力があるのか……そう思う前に、彼らは床にひっくり返った。
「後ろ向いててって言っただろ!」
はあはあと肩で息をしながら、怒鳴る蔵馬。
珍しいことだが、もちろん理由なしというわけではない。
彼が後ろを向いていろと言った理由……それは、彼の服装のせいであった。
盗賊の時は、どんなに女っぽくともちゃんとズボンをはいていた。
しかし、今は……何とスカートなのだ!
どうも今まで装備していた品のほとんどが、袋へ移動してしまったらしいのだ。
確かに装備出来ないものもあるのだから、致し方ないが……。
いちおう背中のマントを前に持ってきて隠してはいるが、それでもいやに決まっている!
いくら女性設定でも、心も体も男なのだから……。
「(……一瞬しか見えなかったけど、でも……似合ってたな……)ぎゃっ!!」
ボカッ!!
トドメに思いっきり袋で殴る蔵馬。
むろん、用があったのは袋の方、たまたま視界に入った幽助の顔が、そんなことを言っていたので、ついでに殴ったのである(いい迷惑だが…)。
まだ怒りはおさまっていないらしいが、蔵馬はテキパキ作業を進めた。
袋の中から、さっきまで着ていた絹のローブを取りだして羽織り、まずは『女装!』というような格好ではなくなった。
銀の髪飾りや魔法の盾は前と同じだが、武器だけは変えねばならなかった。
何故なら、チェーンクロスも毒針も賢者には総武不可能な代物だったのだ。
いつぞや歩琉都牙で手に入れた魔封じの杖を装備したものの、これでは心許ない。
「確か歩琉都牙に鋼の鞭が売ってたな。これまでに貯めた金とチェーンクロス売った代金合わせれば足りるか……」
「……まだか、蔵馬!」
いい加減いつまで後ろを向いていればいいのかと、苛立ってきたらしい飛影。
さっき振り返らなかったのは、何か嫌な予感がしたからである(それは的中し、彼の目の端にはボコボコになった幽助と桑原がひっくり返っていたのだが)。
「ああ、もういいよ。そうだ、飛影。これ、もう俺は装備出来ないし、君が持ってて」
と、蔵馬が飛影の手渡したもの……それは、急所さえつければ、一発で敵を倒す力を持つあの毒針。
こまめに血をふき取っていたのであろう、さび付いている様子もなかった。
「フン、いらなくなったからよこすとはな」
「手に入れた時、いらないと言ったの、貴方でしょ?」
ニコッと笑って言う蔵馬。
もうこうなっては、何を言っても無駄である。
ため息をつきつつ、飛影は黙って白い手の平から毒の針を受け取ったのであった。
〜作者の戯れ言 中間編 その9〜
蔵馬さん、賢者に転職しました!
MPがおそろしいほど高いので、なってくれてから、本当に楽になりましたね。
回復魔法も帰還魔法も好き放題使えるし♪
あ、転職の際の装備ですけど、全部取れるということはありませんので!(実際はもっと怒るようなことになってたんです…/笑)
ちなみに蔵馬さん以外が倒されて、彼一人でメタル3匹+キラーエイプ3匹の経験値手に入れたって言うの、実話です(笑)
決してわざとやったわけじゃないのに、見事に男群負けちゃって…。
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