その3 <ロープ>
「あ゛〜〜!!!」
「あ゛、あ゛、あ゛じが〜!!」
宿中に響く悲鳴……発生源である2人は、うめき声にも似たそれを上げながら、床をのたうち回っていた。
別に血行をよくしようとか考えてやっているわけではない。
長時間正座によって、痺れまくった足……じっとしていられるわけがなく、ほとんど無意識のうちに転がりまくっているのである。
「幽助、桑原くん。近所迷惑だ、静かにしてください」
「う゛、う゛る゛ぜ〜!ぜい゛ざざぜら゛れ゛でね゛え゛ヤ゛ヅに゛、ごの゛い゛だみがわ゛がる゛が〜!」
「しても多分平気ですよ。俺は正座得意ですから」
けろりとして言う蔵馬だが、彼は本当に長時間正座しても平気なのだろう。
アニメ最終話にて、桑原があぐらをかいていたのに対し、彼はきちんっと正座していたくらいだ。
さっき逃げたのは、説教が面倒だっただけである。
自分に対しての小言なら、いちおう相手は架空とはいえ幻海師範なので、聞こうとも思ったが、彼は転職を希望していたわけではない。
単にイベントがあるかどうか確かめに来ただけである。
飛影と同じく、盗賊という職業は彼の本業、転職する必要性も特にないのだから。
「ぞ、ぞれ゛で〜?づぎば、どごに゛い゛ぐん゛だ〜?」
「そうだな。とりあえず、北に向かおうか」
「ぎだ〜?」
「そっちに塔があるらしいんだ。牙琉那(ガルナ)の塔っていう……そこへ行ってみようと思って」
「あ゛ぞ〜。じゅっばづば、い゛づだ〜?」
「明日」
ガッタターンッ
蔵馬の言葉に、ソファの背もたれにつかまろうとしていた幽助及び、壁にもたれかかりながら立ち上がろうとしていた桑原が、いっきにずっこけた。
当然、こけたのだから足は一度宙に浮き上がってから床に……これが痺れた足にどのような影響を与えるかは、想像に難くない……。
「ぐぎゃあ゛あ゛あ゛!!」
「貴様ら、さっきからうるさい」
ぐにっ
「に゛ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!!(×2)」
パタッ…
……トドメだったらしい。
哀れ、幽助と桑原は、蔵馬の言葉にずっこけ、死ぬような思いをした直後、飛影によって足裏を踏みつけられ、何を叫んでいるのかも分からないような悲鳴と共に、半死半生の状態で、床に転がったのだった……。
そして翌日。
幽助たちの足の痺れはまだおさまっていなかった。
普通に考えれば、とっくのとうになくなっているはずなのに……。
これが時間の流れの違いからなのか、小さなイベントとして組み込まれているものなのか(つまりコエンマの嫌がらせ)は分からないが……。
ともかく、2人が死ぬような思いをしており、それが一行の元々おそ〜い進み方を更におそ〜〜くしているのだ。
「……2人とももっと早くしていただきたいんですけど。まだ2階にも上ってないのに」
「ぞんな゛ごどい゛っだっで〜〜」
「フン、だらしない連中だ。つきあってられん」
「う゛る゛ぜ〜〜!」
ひーひー言いながら、必死になって蔵馬と飛影の後を追う、幽助&桑原。
森で拾った木の棒を杖にしながら、必死になって階段を一段一段上っていく。
平坦な道(といっても、舗装されていないのだから、凸凹道だが)は、まだよかった。
牙琉那の塔は、正に階段だらけ。
2階部分から2つに分かれた塔が、細長く上に伸びた造りをしているため、ほとんど横へ歩くことはないのだ。
しかし痺れた足には、左右の動きより、上下の動きの方が厳しい。
よって、塔に入って以降、更に更に勇者一行の進行スピードは落ちているのである……。
しかも、塔が2つに分かれていることが、更に状況を悪くしていた。
一度片方の塔の最上階まで登り切ってはきたことはきたのだが、何と得たのはメダル一枚だけ……。
つまり、本当のお宝は現在登っている最中の塔にあるらしいのだ。
全く無駄足というわけではなかったが、それでも苦労して6階まで登った結果がメダル一枚では、落ち込まずにはいられないのだろう……。
だが、しかし……。
この塔には確かに宝があった。
銀の髪飾り(これは蔵馬が装備。理由は女性専用であるため……むろん、誰もつっこまなかった)や、賢さの種、そしてお金を少々。
まあそれなりに収穫はあったろう。
そして、最上階…まで来たのはいいのだが。
「……どう゛い゛う゛ごどだ〜?」
「さあ」
「ざあ゛じゃね゛え゛〜!!な゛ん゛でい゛ぎどま゛り゛な゛ん゛だ〜!!」
と、幽助たちが叫びたくなる気持ちも分からないでもない。
今登ってきた塔の最上階である5階(向こう側の塔は6階だった)、何と行き止まりになっていたのだ。
登ってきた階段以外、上がる階段も下りる階段もない。
完全に行き止まるってしまったのだ……。
「おかしいな。他に抜け道のようなものはなかったし……」
「あ゛、あ゛の゛な゛〜!!でめ゛え゛が、ざんがい゛に゛、だがら゛のに゛お゛い゛がずる゛っでい゛う゛がら゛、お゛り゛る゛がい゛だん゛ざがじで、あ゛がっでぎだんだぞ〜!」
……足の痺れにもだえながらの幽助の言葉では、よく分からないので、説明するが、つまり彼らは3階で蔵馬が感じた宝(正確には宝の匂い)を辿っていたのだ。
同じ3階から行けそうなルートはなく、下からの階段もしらみつぶしに探したのだが発見出来ず、ならば一端上に上がってから降りるということなのだろうと、5階まで登ってきた、ということなのだ。
しかし、さっき登った方の塔にも、この塔にも降りる階段らしきものはない。
一体何処から行けばいいのか……。
「抜け道らしいものはなかったし……」
「でめ゛え゛の゛がんぢがい゛じゃね゛え゛の゛が〜?」
「……俺が間違いをおかすとでも?」
冷ややかな蔵馬の視線が幽助と桑原に注がれる。
言ったのは桑原なのだが、何故か幽助もとばっちり……むろん、飛影はさっさと彼の視界から逃げていた。
紅い髪に光る銀色の髪飾りが、何処か妖狐蔵馬を思い出させ、彼の美しさを際だたせているようだった。
そんなこと言えば、即刻首が飛ぶだろうが……それに今はそんなことを言っていられる余裕もなかった。
「ば、ばがや゛ろ゛う゛……ぐら゛ま゛お゛ごら゛ぜる゛な゛ん゛で、な゛に゛がんがえ゛でんだ、でめ゛え゛ば」
「じ、じょうがね゛え゛だろ゛……づい゛、ばずみ゛で……」
蔵馬に聞こえぬよう、こそこそと話す2人。
しかしそれが、人間の数十倍の聴覚を持つ狐の蔵馬に聞こえぬはずがなかった。
当然、視線は一層手厳しいものになったが……意外にも、その一触即発の空気は、話に加わっていなかった飛影によって、浄化されたのだった。
「おい、蔵馬」
「何?」
「下を見ろ。降りれるかもしれんぞ」
と、飛影が指さしていたのは、天井から床まで大きく開かれた窓の向こうだった。
いや、その指先は少し下を向いている。
蔵馬も彼に従って、壁に手をつき、下をのぞき込んだ。
「……確かに降りられそうだな。この塔、途中から3階までになっていた部分があったし」
「降りるか?」
「いや、ここから飛んでも届かないだろう。多分、三階のさっき通ったところまで落ちるだろうから……真ん中辺りまで行ってみますか」
「ばあ゛?ま゛んな゛が?」
「向こうの塔とこちらの塔の丁度中間、そこら辺からなら、丁度降りられると思う」
「……」
いきなり出た蔵馬の訳の分からない発言……というより、まず無理な作戦……。
彼の場合、全く意味がないということはまずありえないのだが…しかし、幽助たちは怪訝な顔を隠すことが出来なかった。
そして、運の悪いことに、その顔はしっかりと振り返った瞬間の蔵馬に診られてしまったのだ。
「……何、その顔は」
「い゛、い゛や゛!!な゛んでも゛ね゛え゛!(がな゛り゛ぎでる゛な゛、ごれ゛ば……)ぞ、ぞれ゛で、ど、どう゛や゛っでい゛ぐんだ!?ま゛んな゛がっで……」
「ああ、このロープで」
素っ気なく、足下を指さす蔵馬。
よくよく見てみると、窓枠の端にロープが結わえ付けられていた。
随分と古く、ずっと使っていないことが見え見え……触っただけでそこからボロボロと腐り落ちてしまいそうなものだった。
しかし、その事実に気づく前に、幽助たちは言葉を発してしまった。
「い゛、い゛ぐみ゛ぢ、あ゛っだんじゃね゛え゛が……どごがい゛ぎどま゛り゛だ……」
「……言っておくけど、このロープの先、さっき俺たちが登った塔の五階に繋がってるんだけど」
「え゛……」
「それでもよければ、全部渡ればいいよ」
冷たく言うと、蔵馬はさっさとロープを渡りだした。
いくらボロボロとはいえ、身長に比べ彼の体重はかなり軽い。
それに加えてバランス感覚も優れているのだ。
(もっと優れている人が側にいるため、あまり気づかれにくいが)
難なくロープの真ん中辺りまで渡ると、一度飛影たちの方へ視線を向けた。
「先に行く」と言っているのである。
飛影がそれに対して、「早く行け」というように首を振ると、彼はためらいなく、飛び降りた。
「ぐ、ぐら゛ま゛ーー!!」
「先に行くぞ」
「び、びえ゛い゛!!」
蔵馬の後に続き、ロープを渡る飛影。
彼は幽助たちを振り返ることなく、下へ降りていった。
「ど、どう゛ずる゛……?」
「……い゛ぐじがね゛え゛だろ゛……」
「ぞう゛だな゛……お゛い゛」
「な゛ん゛だ?」
「ごの゛ろ゛ーぶ……だい゛じょう゛ぶな゛の゛が?」
「う゛……」
桑原に問いかけているようで、幽助は自分自身に問いかけていた。
彼ら、この瞬間までロープがボロボロであることに全く気づいていなかったのだ(遅い……)。
いつもならば、ボロボロであろうと、ちぎれる寸前であろうと、躊躇ったりはしない。
だが、今は……この痺れた足で、果たしてこのロープを渡れるだろうか?
「……ど、どり゛あ゛え゛ず、お゛れ゛が、ざぎに゛い゛ぐ……」
「な゛、な゛んで!!お゛れ゛が、ざぎだ!!」
「う゛る゛ぜえ゛!お゛れ゛がざぎに゛ぎま゛っでんだろ゛!!ごれ゛でも゛、ゆ゛う゛じゃだぞ!!」
「ごんな゛どぎだげ、ゆ゛う゛じゃがぜぶがずな゛!!」
またアホらしいことで喧嘩を始めた幽助達……。
普通ならばこういうのは後に行きたがるように思われるかもしれないが……。
しかし、どちらにせよ『行かなければならない』という事実は変えられない。
ならば先に行く方が、安全である。
1人が余計に渡ったロープは、腐敗が更に進んでしまっているはず……こんな危険なことはない!
「幽助、桑原くん。何してるんだい。降りてこないと、置いていくよ」
下から蔵馬の呼び声が聞こえた。
差ほど怒ってはいなさそうだが、急いだ方がよさそうである。
この世界に入ってから、蔵馬の機嫌はいきなりかわったりしたことも珍しくない……。
「ぐぞっ!!ごう゛な゛り゛ゃ、ばや゛い゛も゛んがぢだ!!」
「あ゛っ!ごら゛、ずり゛ーぞ!!ま゛ぢや゛がれ゛!!」
言葉からすれば、思い切り急いでいるように感じられるが……。
実際は2人とも匍匐前進……まるでカメとカタツムリの競争のようである。
ず〜りず〜りと、本人たちにしてみれば、必死にロープへと進んでいく。
動き自体は若干幽助の方が速いようだが、身長は桑原の方が高い。
両者の実力は、ほぼ互角……(あまりに馬鹿らしい互角だが)。
「どっだ〜!!」
そう、歓喜の声で叫んだのは……何と2人とも同時にだった。
2人して、ボロボロになったロープをぐっと掴んでいる。
相手の手もロープにかかっていることに気づくと、すぐさま真横を睨み付け、
「お゛れ゛が、ざぎだ!」
「お゛れ゛が、ざぎだっだぞ!!」
「でだら゛め゛、ぬ゛がずな゛!!」
「な゛に゛を゛!ぞっぢごぞ、びぎょう゛だぞ!!」
ロープを掴んだ状態のまま、また喧嘩が始まってしまった。
こうなると、当分終わらない。
それは下からずっと見上げていた蔵馬にも分かっていた。
「しょうがないな……」
すっと腰にかけてあったチェーンクロスを手に取る蔵馬。
これは結構長さがある。
幽助たちのところまでも十分届くだろう。
「……何をする気だ?」
「さっさと降りてきてもらおうと思って」
そう言うと、蔵馬は使い慣れた武器を、幽助たち目掛けて振った。
むろん本気で攻撃したわけではない。
そこまで今日は怒ることもなかったし……。
幽助たちが蔵馬のしかけた武器に気づいたのは、既に目前まで迫ってきていた時だった。
「げっ!!!?」
「ぐ、ぐら゛ま゛!!な゛に゛を゛っ……」
言い終わる前に、チェーンの先端についた分銅が、彼らのいた窓際を崩壊させていた。
当然そこにいた彼らは足場がなくなってしまうことになるが、それ以上に窓枠に繋がれていたロープが外れることになる。
ロープのもう片方の先は向こう側の塔に……となれば、話は見えてくるだろう。
「う゛わ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「ぎゃあ゛あ゛あ゛あ゛!!」
ロープを手放す余裕などなかった。
しがみついたままだった幽助と桑原は、ターザンのように空を舞った。
確かにこれならばさっさと降りてこられそうだが……。
しかし、このままでは向こう側の塔に激突する!
「ぞ、ぞう゛が!!どぢゅうでばな゛ぜば、ぐら゛ま゛だぢがい゛る゛どごろ゛に゛!」
と、アスレチックのような原理に気づいたのは、生憎幽助だけであった。
彼はギリギリのところで、何とかロープを手放すことが出来たのだ。
着地のことまで考えていなかったため、思いっきりかっこわるくではあったが、何とか蔵馬たちと合流。
飛影に馬鹿にされたことは言うまでもないが……。
しかし、哀れなるは桑原和真。
幽助の行動を見て、自分も実行しようとしたその時である。
彼の体が向こう側の塔の壁にめり込んだのは。
「あ〜あ、桑原くんは失敗か」
「フン、間抜けなヤツめ」
少しくらいは心配してあげればいいのにと思うような、飛影たちの感想…。
vs死々若丸やvs御爺の時もそうだったが、あまり緊張感のない場合、彼らは桑原のことを案じるということをしないのだろうか……。
「そういえば、前にもこんなことありませんでした?」
「あ゛あ゛、い゛っがい゛め゛の゛え゛い゛がだろ゛」
「二度目とはな」
鼻で笑う飛影。
蔵馬は流石に可哀想だと思ったのか、苦笑しながら、
「まあまあ。あの時は逆さまでしたけど、今回はなってないよ」
「ぼぉろ゛ーに゛な゛っでね゛ー!!」
〜作者の戯れ言 中間編 その8〜
足の痺れ……あれって地獄ですよね〜。
管理人は正座苦手です……(理由:体重重いから/笑)
ところで、痺れた足を踏まれるので半死半生ってやつですが……。
管理人はそうなりますが、管理人の妹はならなかったりします(逆に楽になるとかで…)
これも個人差ってやつでしょうか?
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