その2 <神殿>

 

それから一夜明けたが、具浮太というあの若者は戻ってこなかった。
流石に幽助たちも気にはなったが、助けに行こうとは誰もしなかった。

その悪党とやらが何処らへんにいるのかもよく分からない以上、もしかすると、2〜3日くらいかかるような所なのかもしれない。
ならば、まだ帰って来なくても不思議ではないし…。
実際、村人たちも差ほど昨日と変わった様子はない。
もし、そんなに近い場所ならば、昨日以上の慌てようを見せているはずなのだから。

まあそうでなくても、加勢しに行くつもりはなかった。
冗談で「様子見に行くか」と言った桑原の頭に、大きな凹みが出来た時点で、誰も行く気を消失していたのだ……。
たんこぶ程度ならばまだしも、深さ約5pの凹みである…次に言う者があれば、おそらくは真っ二つか、ナマス切りか……。
まあ、約一名は多分何ともないだろうが(威圧感が優る分…)。

 

 

「だあああっ!!」

ズババッ!!

タタタンタタターーン!!

「おお!誰かレベル上がったな!誰だ?」
「えっと……桑原くん」
「おおっ!!俺様か!いや〜、そろそろだと思ってたんだよな〜!」
「ちぇっ、桑原かよ。まあいいぜ、俺だってさっき上がったからな!」

桑原のレベルが上がっても、怒らなくなった幽助。
一重にそれは自分のレベルも上がってきたこと、そして新しく呪文を覚えたことに他ならない。
迷宮脱出魔法『里玲水戸(リレミト)』。
洞窟からの脱出、塔からの脱出……今までは迷いに迷ったり、覚悟を決めて高〜い所から飛び降りたりしていたのに、これからはこれ一発でOKなのである。
MPが低いので、容易には使えないが、それでも絶体絶命の際に使える、切り札である。

「にしても、結構レベル上がったよな、おれら」
「おう!何か、全身から力がわき出してきたっていうか!」
「ほとんど寝ているヤツが言うな」
「あんだとー!!」

桑原は怒っているが、事実である……。
寝ているだけならまだいい方だろう、いきなりタップダンスなど踊り出すのだから、幽助たちとしては溜まったものではない。
回避率はUPするが、それよりも恥ずかしさの方がUPしてしまう。
まあ、本当に気の毒なのは、やりたくもないのに踊ってしまう桑原だろうが……しかもそれ全て覚えているというから、また哀れである。
最も、恥ずかしさのあまり、本人は覚えていないと言い張っているが。

 

 

「それにしても、まだなのか〜。その何とかって神殿は」
「駄亜魔(ダーマ)の神殿……そろそろ見えてくるはずだけど…ああ、見えてきた」

蔵馬が指さした先に見えてきたもの。
生い茂っていた木々がないそこにあったものは、一見すると城壁のようだった。
しかし、今まで見てきたどの城壁よりも古く、大昔から存在しているということを印象づけていた。

「ここが神殿か〜」
「その割りには、宿屋なんかあるぜ」
「便利でいいじゃねえか」
「神聖さに欠けるけど」

わやわや話しながら、神殿の扉の前まで進む幽助たち。
いくら端に宿屋があるとはいえ(実は教会もあるのだが完全無視)、流石に目の前まで来ると、重々しい雰囲気が漂ってきた。
まあそれくらいで彼らが動じるはずもないのだが。

 

「なあ、蔵馬。この神殿って何があるんだ?お宝か?」
「噂だが、ここでは転職をさせてもらえるらしい」
「マジかよ!?」
「え、ええ……」
「そうか!なら、早く入ろうぜ!俺さっさと転職してえからさ!」
「……」

幽助の爆弾発言に、目を丸くする蔵馬。
勇者が転職するなど聞いたこともない。
数多くのRPGをやってきたが、一度たりともそのようなことはなかった。
まあ小さなイベントで一時的ならばあったかもしれないが……。

しかし、幽助は出来るものだと思いこんでいるらしい。
蔵馬が呆然としているのにも気づかず、目前の扉を蹴飛ばしたのだった……。

 

 

 

「俺は武闘家になってみせる!!」
「商人になってお金を貯めるんだ〜」
「あたしは魔法使いになるの!」
「わしはピチピチのコギャルになりたいの〜」

と、神殿の中は、転職を希望する人々で溢れかえっていた(一部何かを勘違いしているようだが)。
しかし、一番奥の方から歩いてくる者たちのほとんどは、しょんぼりとした顔で、頭を垂れている。

「……転職出来なかった連中か?」
「だろうな。常人では、そんな簡単に出来るようなものじゃないだろうから」
「でも俺たちくらいレベル上がってたら、平気だろ!早く行こうぜ!俺とっとと、勇者って職業からおさらばしてえからな!」
「……」

すたこらさっさと駈けていく幽助。
しかし、彼に負けず劣らず、桑原も猛ダッシュしていた。
何の因果でなったのかは未だに分からないが、彼の職業は遊び人である。
自分で望んだものでなければ、これほど変えたい職業があるだろうか?
いやない……少なくとも、桑原の中では、最悪の職業となっているのだ。

「(戦士…いや、武道家でもいい!この際、商人でも、百歩譲って飛影と同じ盗賊でもいい!とにかく遊び人からおさらばできれば!!)」

心の中で反芻しながら、桑原は走った。
桑原の速度が上がったことに気づいた幽助は、負けじと自分もスピードを上げる。
それに桑原が気づけば、彼のスピードが上がり、更には幽助のスピードも上がって……それが繰り返された結果、彼らは前にいた他の転職希望者たちを蹴散らし、一番先頭まで来る結果となってしまった。

 

 

が……。

目前に転職を行うらしき祭壇が現れ、その頂点に立っていた人物を見た途端、幽助たちは大きく前にずっこけた。

「な、何でここに……」
「何の話じゃ。お前達は始めてくる者だろう」
「え、まあそうだけど……ばあさん、亜利亜半にいたんじゃ…」

ぐわ〜んッ!!!

突如、幽助の頭に衝撃が走った。
まるで年末を飾る除夜の鐘のような響き……しかし、それは決して心地よい者ではなかった。
真っ赤に晴れ上がったたんこぶを抑えつつ、涙目になりながら顔を上げる幽助。

「誰がばあさんじゃ!神官とよばんかい!!」
「べ、別にいいじゃねえか、いつものことなんだから…」
「幽助。きっとこの師範は、ゲームが作り出した架空の師範だよ。師範と同じようにすると、痛い目にあいますよ」
「…もうあった」

いつの間にか、追いついていた蔵馬。
その後ろには飛影も来ているが、彼はほとんど無関心である。
元々、彼は転職したいとも思っていない。
本業なのだから、とりわけ不満があるわけでもないし……。

 

とりあえず、状況を見て、事の次第は粗方分かったため、蔵馬は祭壇に上がり、「架空の」幻海と交渉し出した。
幽助がやるよりは、自分がやった方が、手っ取り早くまとまりやすいという、実に正しい判断からであった。
それにより、幻海は「ばあさん」と言ったことについては免罪し、他の連中にも上がってくるように言った。

「で、誰が転職を希望するのかね?」
「あ、俺。もう勇者なんかやってられね…」

「ばっかもーーん!!!」

地の果てまで響くのではないかと思われるほどの怒号……。
キンキンと鼓膜が振動し、もう少しでビリビリと破けるところだったが、声と同時の気合いによって幽助は吹っ飛ばされてしまった。
ゴロゴロと祭壇を転がり落ち、一番下の石版に頭を打ち付け、ギャーギャーと痛がったが、それでも幻海の叫びには敵わなかった。

 

「勇者をやめたいと言うのか、お前はあ!!それだけはならん!!」

ひとしきり叫ぶと、今度は呆然と立ちつくす桑原たちを振り返って、

「第一、お前達は全員レベルが低すぎる!!全員失格だ!!」

最初の罵声がなかった分、桑原たちは吹き飛ぶようなことはなかったが……。
それでも、頭の中は真っ白、恐怖はないが呆気にとられ、じりじりと後ずさった。
その際に桑原だけは足を踏み外して、祭壇を転がり、幽助の上に不時着したのだが……。

いつもならここで喧嘩が勃発するはずだが、今は皆それどころではなかった。
幻海の説教は、何とその後数時間に渡り続いたのだ。
最も、対象はほぼ幽助だったため、蔵馬と飛影は途中からこっそり抜けだし、神殿の外にある宿に逃亡していたが(ちなみに桑原は一緒に逃げようとしたのだが、幻海に見つかって逃げ損ねた)。

だが、彼女の怒声は勇者一行のみに影響を与えたわけではなかった。
神殿中に響き渡り、彼らの後ろで待っていた他の転職希望者たちを恐怖のどん底に陥れていたのだ。
やはり幻海の説教は慣れた者でなければ、鬼よりも恐ろしいらしい……しばらくは神殿も空いていることだろう……。

 

 

「……そうでなくても、お前たちは勇者の分際で弱すぎる!パーティのバランスを考えて、効率よくレベルUPの道を辿らねば、上達はせんぞ!だいたいな…!」

「に、偽物でもやっぱりばあさんだな……」
「ああ……」

祭壇の前に正座させられてから、既に3時間が経過。
足は痺れを越して、棒になり、完全に感覚がなくなっている。
それでも動くわけにはいかない……まあ動けないというのも一つの理由だが。

転職出来なかったことよりも、架空とはいえ幻海にどやされたことの方が、彼らには衝撃的であり、かつ懐かしくもあったのだった……。