と、こんな感じである。
まあ、約1名除けば、前よりは大分マシになってきたとも言えるかもしれない(そう約1名を除けば…)。
「あ〜、つかれた〜」
「ここは芭羽螺駄(バハラダ)っていうらしいよ。それにしても大したものないな、本当」
そう言いながら、蔵馬は町中で物色してきた品を床に広げた。
町に入った直後、宿をとるのは、もはや定番になりつつある。
特にこんな風に皆が皆疲れ切っている時は、蔵馬だけが物色に出かけ、他の3人は先に宿でくつろいでいるというパターンが多くなってきていた。
「獲物は?」
「双六券と旅人の服だけ。まあまだ川岸の方は探してないが」
「え?何で?」
大概、蔵馬は幽助たちが面倒になるくらいまで慎重に探し回るのだが……。
珍しいこともあるものだと、幽助は身を乗り出した。
「川の方から言い争うような声が聞こえてきたんでね。イベントの可能性もあるし、全員で行った方がいいと思って」
「なるほど。けど、俺もう今日は動けねえぜ」
「ダメですよ、ほら起きて起きて」
ベッドに潜り込もうとする幽助を、強引に引っ張り出す蔵馬。
すぐ後ろでは桑原も同じようなことをしていたが、やはり同じように引っ張り出された。
盗賊でありながら…まして女性設定であるというのに、蔵馬はかなり力が強いのだ。
上記に「攻撃力が低い」とあるが、それはあくまで一般的なレベルでの話であり、実際は桑原よりも高いくらい……まあ遊び人と比較しても仕方がないかもしれないが……。
「飛影も行きますよ」
「……」
ソファで寝ころんでいた飛影だが、意外にも素直に起きてきた。
蔵馬の機嫌が悪そうなわけでもなく、何か弱みを握られているわけでもないのに……。
やはり彼も気分屋、何となく気が向いた時には、特に反抗するようなこともないのだ。
最も、今回の場合は多少反抗した方がよかったかもしれないが……。
蔵馬の案内で、幽助たちは芭羽螺駄(バハラダ)の町の南の方へ歩いていった。
それほど広い町ではない。
すぐに川のせせらぎが聞こえ、その直後言い争うような声が聞こえてきた。
「言い争ってるっていうより……」
「誰かがギャーギャー言ってるだけなんじゃねえの?」
「おかしいな。さっきまでは2人で怒鳴り合ってたのに……」
「まあいいや、行ってみようぜ」
蔵馬は首を傾げていたが、幽助たちは全く気にせず、文字通り草の根をかき分けかき分け前へ進んでいった。
本当に小さな町で、ほとんど手入れがなされていない。
いや、他の場所もそうなのだが、とりわけこの小さな店の周りは特に酷かった。
「何か、この建物の周りだけ、ひでえな〜」
「つい最近まで手入れしていた後はありますよ。しなくなってから、一ヶ月ってところか……」
「ああ、どうすれば!!」
木々を分け入りながら、ようやく向こう側に到着した幽助たちだったが……まず、その耳を悲鳴にも似た絶叫がつんざいた。
さっきから聞こえてきてはいたのだが……まるで彼らが近づいてきていることを知っていたように、出てきた途端に声は跳ね上がったのだ。
「な、何だ〜?」
「あのじじいか?さっきから吠えてんのは…」
ため息をつきながら、顔をあげる幽助たち。
突如開けた視界には、美しい清らかな川と、それとはまるで似合わない老人。
そして若そうな男が1人、こちらに背を向けた状態で立っている。
他にも川縁に誰かいるようだが、とりあえず関係なさそうなので、ほおっておくことにし、老人に近寄っていった。
「何だよ、てめえ。さっきからうるせえ…」
「おお!助けてくだされ!実は今、大変なことになっておるのじゃ!!」
「おい……」
まだ自己紹介すらしていないのに、老人はすがるように幽助たちに身の上話を打ち明けだした。
いくらなんでももう少し段取りというものを組んだ方がいいだろうに……。
「(……本当にいいかげんなゲーム…今度会ったら、コエンマに行っておくこか)。それで?何に困ってるんです?」
「わしの可愛い孫娘の渓亞(タニア)が悪党に連れ攫われてしまったのだ!そこにいる具浮太(グプタ)と店を任せようと思っていたのに……どうか渓亞を助け……」
「ふざけろよ、くそじじい…」
「……え?」
「飛影、貴方今何か言いました?」
「知らん」
「え、じゃあ今のは……げっ!!?」
ふいに見た、若者の顔……。
さっきまで背中しか見えていなかったため、全く分からなかった。
いくらその黒髪が逆立っていようと、RPGではどんな頭でも珍しくない、ごく普通のことなのだろうと、あまり気にしていなかったが……。
だが、この顔ではそうもいかない。
驚かずにいられるはずがない。
何せ……具浮太というらしい男の顔。
たった今蔵馬の隣にいる飛影とうり二つだったのだから……。
「え゛!?え゛!?」
「ええーーー!!!」
「ど、どういうことだよ、蔵馬!?」
「どうなってんだ!!?」
何が何だか分からず、混乱しまくる幽助&桑原。
もちろん蔵馬や、飛影自身も衝撃がないわけではない。
思いっきり驚いてはいるが……しかし、先にここまで混乱されると、返ってシラけてしまうものらしい。
飛影は完全に無視することにしたらしく、そっぽを向いてしまったが、蔵馬はいちおう考えていた。
「……機械のミスか、あるいはこういう事態もありえるってことかもしれないけど……」
「どういう意味だよ?」
蔵馬が意外とすんなり答えを出したので、幽助は何とか混乱から脱出し、彼の話に聞き入った。
残念ながら、桑原はまだ混乱中であったが……。
「コエンマは言ってたんだろ?『主人公の身近な人物が勝手にインプットされ、登場してくる仕組みになっている』って。だったら、飛影が出てきても不思議ではない。『例外がない』とは言ってなかっただろうし」
「そ、そりゃ。そんなことは一言も…」
「だとすれば、一緒に吸収された人物が登場してもおかしくない。飛影本人の意識はない、架空の飛影も……」
なるほど確かにそうである。
幽助自身はおそらく出てこないだろう、主人公本人なのだから。
しかし、パーティとなる面々のことまで、コエンマは言ってはいなかった。
とすれば、パーティメンバーが登場人物として現れても不思議ではない。
だが、そんなややこしい設定をわざわざ創ることもないのに……。
「……じゃあ、おめえらの偽物も?」
「可能性はあります……それはそうと」
くるっと飛影……ではなく、具浮太を振り返る蔵馬。
幽助たちがパニックに陥っている間も、彼はそんなこと気にもとめていなかったらしい。
流石、コンピュータが作り出したとはいえ、飛影である。
そして彼は蔵馬の視線が自分に向けられていることに気づき、少し目つきを鋭くすると、
「こんなワケのわからん余所者に頼るなど、落ちたものだな。渓亞は俺が助け出す。貴様らは手をだすな」
そう言い残し、具浮太はさっさと行ってしまった。
何処へも立ち寄らず、あっさりと町を出て行ってしまったのだ……。
「……なあ、どうすんだ?」
老人はまだ何か叫んでいたが、とりあえず蔵馬たちはその場を後にすることにした。
これ以上あそこへいても、老人の愚痴を聞かされるだけだと、即座に判断した結果である。
しかし、この件に関して真面目に討論したのは、宿に戻り、夕食を食べ、風呂も上がってから、皆ベッドに横になる準備をし終えた時だった……。
「飛影…じゃない。具浮太だっけ?あいつまだ戻ってねえみてーだけど」
窓の外から様子を伺う幽助。
外では、具浮太までもが帰ってこないと、老人が失神寸前に陥り、町の住人がオロオロしまくっていた。
だからといって、まだ行くと決めていない以上、今この場を出て行くわけにはいかない。
今出て行けば、100%行ってくれと頼み込まれ、行かねばそれ相当の代償があるはずである。
まだ必ず行かねばならないイベントだと決まったわけでもないし……。
「まあ行くにしたって、早くても明日の朝だけどさ。どうすんだ?行くか行かないか…」
「ほおっておけばいい」
「飛影?」
「偽物とはいえ、曲がりなりにも俺だ。手出しするなと言った以上、手出しはせん」
早口にそう言うと、飛影はごろんっと横になってしまった。
自分が自分の意志ではない形で出てきたことに、多少なりとも苛立っているのだろう。
まあ分からないでもないが……。
「……どうする?蔵馬」
「まあ本人がそう言ってるんですから。胡椒が手に入らないのは痛いですが」
「え?胡椒手に入らないって?」
「気づいてなかったんですか?あの老人、胡椒屋の主人ですよ」
「えっ!?マジ!?」
だったら、何とか話をつけて胡椒をもらえばよかったのに、と言おうとしたが、やめておいた。
そう出来そうなら蔵馬はとっくにやっているだろう。
やらなかったのは、出来そうにない理由があったから……。
「(まあ胡椒のことは、蔵馬に任せとくか)……それじゃ、これからどうすんだ?」
「他にも行く道は色々ありますし、とりあえず船は後回しにしましょう」
「行く道って?」
幽助の問いに答えず、蔵馬は袋の中をあさった。
取り出したのは、いつも見ているあの地図。
とはいえ、『いつも』見ているのは蔵馬1人。
幽助たちにとっては久しぶりに見る地図……思った以上にたくさんのことが書き込まれていた。
今までこれだけ歩いてきたのかと、感心するくらい……。
と、蔵馬が握りしめた羽ペンの先が、地図の中央辺りを、トンッと差した。
「ここから更に東…北東の方角に神殿があるんですよ。そこへまず行ってみましょう」
〜作者の戯れ言 中間編 その7〜
第4章始まりました〜。
まあ彼を飛影くんにしたのは、別に深い意味はないんですが……こういう事態があったら、おもしろいかな〜と思って(笑)
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