その11 <胡椒>
そして翌日。
勇者一行は予定通り、歩琉都牙へ向け出発した。
正確な位置までは分からないが、蔵馬が以前、呂魔理亜で西の国の歩琉都牙には船があるとか何とか聞いていたため、方角だけは何とか把握出来ていた。
呂魔理亜から直接西へ行く道…というか陸はない。
となれば、海岸線に沿っていく他ないだろう。
しばらく行けば、とても超えられそうにない山にぶち当たったため、とりあえず今度は山脈に沿って歩くことにした。
「超えれそうなところねえな〜」
「本当にこっちでよかったのかよ」
「他に道らしい道はない。あの山超える自信があるなら、登ってもいいけど?」
「……ない」
悔しいが、今の彼らの力ではあんな山超えることは不可能である。
山といっても、坂が急なだけならば、楽勝で超えられるだろう。
しかし……そういうズルをさせないためだろうか?
近くまで行ってみると、山の側面は完全に垂直になっていた。
しかも遠くから見えた凹凸は、ただの模様……実は今まで見てきた山も皆同じような作りになっていたのだ。
RPGでは高い山は越えられないことになっていることが多い。
それが行く手を阻み、大きなイベントを無視することが出来ないようにしてあるのだ。
が、プレイする者が普通の人間ならば、何も垂直な山になどしない、適当な坂にしておけばいいだろう。
即、超えられないと判断し、さっさとイベントクリアに勤しむだろうから…。
しかし、今プレイしているような連中がいないとも限らない。
ゲームの中である以上、力のほとんどが制限されているが、それでも根性と諦めの悪さだけは抑えられない……その不屈の精神で、ロッククライマー並の山登りでもしようとするかもしれない。
それをさせないためには、垂直つるつるの壁のような山にするしかなかったのだろう……。
と、ここまで考えれば、何となくコエンマの思惑が分かってくるものである。
ようするに、コエンマはいずれ幽助たちにゲームをさせる気だったのだ。
今までのイベントや反則禁止のストッパーなどを見てきた限り、普通の霊界人にやらせるにしては(あるいはコエンマ本人がやるにしては)、随分と余計な部分まで凝りすぎである。
「(コエンマもろくなこと考えないな……いくら霊界のゴタゴタが一段落ついてヒマだからって……)」
ため息をつきつつ、口に出せば幽助たちが激怒するだろうと、黙っている蔵馬。
しかし、次のコエンマに会った時には、いちおうこっそり文句でも言ってやろうと思っていたのだが……それが不可能だと分かったのは、この数日後、歩琉都牙へ入国した後のことだった…。
山伝いに歩き出して数日後、蔵馬たちは関所を発見。
何か取り調べられるのかと思ったが、魔法の鍵を持っていると知るや否や、番兵はあっさりと通過を許可してくれた。
最も取り調べようとしたならば、一発殴ってやるつもりだったが。
関所を通過してからは楽なものだった。
蔵馬の『鷹の目』にて、あっさりと歩琉都牙を見つけ出し、その日の夜には国へついていた。
当然、城は開いていないし、例え開いていたとしても、行く気になど到底なれず、その日はさっさと床についたのだが……。
朝になって、まずしたこと!
もちろん最初は朝飯だが、その後はまず町の物色…城など完全に後回しである。
といっても、この町での収穫はそれほどなく、双六券、力の種、メダル二枚に本一冊だけだった。
「あんまりいいものなかったな〜」
「仕方がないさ。大きなイベントのある町は意外とないものだからね」
「イベントって、例のホビットのことだろ?そんなデカいイベントなのか?」
「さてね。まあとりあえず王に会いに行きましょうか」
あまり乗り気でない三人を引き連れ、蔵馬は城へ向かった。
入城した後、まずしたこと……しつこいようだが、物色である。
町には大したものはなかったが、城内部にはなかなかいいものが多かった。
床に結界が貼られ、厳重に管理されているらしかったが、そんなもの幽助たちにとっては無意味である。
多少ダメージは受けたが、数ポイントHPが減っただけだったので、何事もなかったように、宝をゲット。
魔封じの杖に、スタミナの種、それに怒りの入れ墨(タトゥ)まであった。
攻撃としてはあまり強くなさそうな杖だが、他に使い道がありそうだったため、蔵馬が所有。
攻撃力が+8になる怒りの入れ墨は、飛影が付けることにした。
むろん桑原はすぐに寝てしまうためである……。
しかし、性格が「乱暴者」になると知ると、付けなくてよかったとも思ったのだが……最も、付けた本人である飛影に大した変化は見られなかったが(つまり普段から乱暴者ということらしい…)
物色終了、情報収集終了後、ようやく彼らは王の元へ足を運んだ。
といっても、女王だという噂は聞いていない……どうせコエンマだろうと勝手に推測し、それは見事に的中していた。
「おい、コエンマ来てやったぞ……おい、コエンマ!」
玉座に座っているコエンマに向かって怒鳴る幽助。
しかし、反応がない。
何処か遠くを眺めているような……焦点のあっていない虚ろな瞳で、ぼんやりしている。
「コエンマ!!おい!!無視すんな!!……ったく、どうなってんだよ。なあ、ぼたん。コエンマの野郎どうしたんだ」
コエンマに言っても無駄と悟った幽助は、側に控えていた大臣・ぼたんに話しを振った。
彼女の両目はしっかりと焦点があい、幽助たちを見つめている。
しかし何故か…どことなく疲れたような雰囲気を漂わせていた。
だからこそ、幽助たちはあえてコエンマに話しかけようとしていたのだが。
「実はさ……」
ため息混じりに話し始めるぼたん。
それによると……、
「はあ?コエンマの様子がおかしい?」
「なんかね〜。胡椒胡椒とかワケの分からないこと呟いてるのよ……」
「んな、アホな……」
「じゃあもっと近くで話しかけてみなよ。多分耳元で怒鳴れば聞こえると思うよ」
「……」
半信半疑だったが、このままでは埒があかないと、台を登り、玉座の目の前に立つ幽助。
家来の何人かが「無礼者!」と叫びながら、取り押さえようと走り寄ってきたが、ぼたんが制したため、仕方なく引き下がった。
蔵馬たちはとりあえず下で待っている、もちろん耳を抑える準備をして。
「おい、コエンマ!!!人の話聞けってんだ!!」
ここまでデカい声で…しかも耳元で怒鳴られたというのに、コエンマの反応は実にのんびりとしたものだった。
ゆっくりと声の主を振り返り、焦点を合わせ、誰なのか確認すると、またしても時間をかけながら、口を開いた。
「はあ〜?ああ、何だ幽助か」
「何だとは何だ、何だとは!!」
「まあいい。ところでお前、胡椒持ってないか?」
「はあ?」
「何か無性に食べたくてな……」
唐突にワケのわからないことを言われ、呆気にとられる幽助。
しかしぼたんの言っていたことは正しかったと、いちおうは納得した。
「そういえば、町の人が言っていたな。この地域では胡椒は珍しい品だと。確か黄金一粒と胡椒一粒、同じ価値があるとか」
「お、黄金と胡椒が同じ価値!?何考えてんだ!?」
幽助が叫びたくなるのも分からないでもない。
別にコエンマが胡椒好きだという話は聞いていないし、かといって胡椒がそんなに価値のあるものだとも思えない。
一体、どういう経緯でそういう発想に行き着いたのだろうか……。
「なあ、幽助」
「何だ?」
「東の方に胡椒を売っている町がある。買ってきてくれんか?」
「はあ?」
「そしたら、勇者として認めて、船やるぞ……んん?どうした?」
ふとコエンマが顔を上げると、幽助たちは彼を見ておらず、約二名は下を向いて考え込んでおり、約一名は呆れた表情で天井を見上げ、残り一名は…最初から聞いていなかったらしく、そっぽを向いている。
「……なあ、前にもこんなことなかったか?」
「俺もそう思ってたところだ……」
「でもどこだっけ?」
「そうだな、あれは……ああーー!!!」
怒り混じりの絶叫が城中に木霊した。
ぼたんはビクッとしたが、その叫びのおかげで、自分の世界へ籠もっていたコエンマが、現実へ引き戻された。
その直後、幽助たちに胸ぐらを掴まれたのは言うまでもないが……。
「そうだ、てめー!!前にもそうやって俺たちに余計なイベント押しつけやがったな!!」
「懲りねえやろうだな!!言っとくがな!俺たちは勇者として認められるためにやってるんじゃねえんだぞ!!」
「何だと!!こういうゲームでは、イベントがあって当然だろうが!!」
「幽助、桑原くん落ち着いて。コエンマも…」
ぶちキレ直前の幽助たちと、逆ギレしかかったコエンマの間に割って入る蔵馬。
以前は止めなかった彼が、制止に入ったことで、一瞬皆の動きが止まった。
その隙を見逃さず、蔵馬は幽助と桑原を柱の影まで引っ張っていき、コエンマには聞こえぬよう、細心の注意を払って話を始めた。
「今回は前のイベントと違って、かなり重要なものだ。あまり怒らせない方がいい」
「だってよー!!」
「いちおう前と違って、報酬ありなんだから……多分これは余計なイベントではなくて、通過点の1つだよ。船を手に入れる手順の1つに過ぎないんだから、抑えて」
「……」
不満はまだ残るが、通過必須のイベントとあっては、我慢するしかない。
イライラしながらも、とりあえず黙っていることにしてくれた幽助たちにホッとしながら、蔵馬はコエンマの元へと戻った。
「前の町で聞いたんですが、東へ行くには、ホビットの洞窟を通る必要があるんでしょう?」
「ああ、そういえばそうだったな」
「貴方以外の人間は嫌っていると聞いています。多分俺たちも……通行許可書がわりに手紙でも書いてください」
「そうだな。えっと、『親愛なる、乃流土へ…』ほれ、出来た」
「……随分と短絡した文章ですね」
「やかましい!ああ、胡椒が…」
再び、1人の世界へ舞い戻ってしまったコエンマ。
もう何を言っても無駄と悟るのは、そう難しいことではない。
全員が全員、深いため息をつきながら、さっさと城を後にしたのだった……。
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