その10 <夜這い>
「おい、こっちに鉄の扉あったぞ!」
「本当か!?おい、蔵馬!早く来いよ!」
「はいはい、今行くよ」
幽助と桑原に急かされ、蔵馬は2人が指さす扉の前まで走っていった。
呼ばれてはいないが、いちおう飛影もその後ろから…面倒くさいのだろう、走っていなかったが。
どうやら普通の民家らしいが、何故か盗賊の鍵では開かなかった家。
しかし魔法の鍵にかかれば、何のことはない、ただのドアである。
ガチャッと音を立て、施錠はあっさりと解かれた。
「んじゃ、入るか……って、何だ?すぐ階段かよ」
「一階部分には何もなさそうだね。上がってみるか」
言われずとも、全員がそのつもりだった。
二階は2つの部屋があり、片方の部屋の本棚で本を一冊ゲット。
しかし、ここにはそれしかないようである。
「何だよ、しけてんな〜。これだけかよ」
「他にも収穫はあったよ」
他にも何かないかと、本棚をひっくり返してまで調べ尽くしている幽助たちを見ながら言う蔵馬。
少々呆れてもいるらしいが、怒ってはいないようだ。
「蔵馬?」
「向こうにいた老人に聞いた。ホビットの乃流土(ノルド)のことを」
「はあ?『ほいっと乗るど?』」
「……何処の方言です、それ…」
今度は完全に呆れている……。
まあ聞き間違いにしても、かなり無理があるような気はするが……。
「ホビットの乃流土。この近くにいるらしいんだが、次のイベントに関わってくる人物である可能性が高い」
「何かよく分からねえけど、つまり会いに行った方がいいってことか?」
「まあ簡単に言えば…」
「んじゃ、行こうぜ!」
「多分会っても無駄だよ」
ずるっ……
いきなり否定され、幽助たちが思いっきり転倒したのは言うまでもない。
むろん、転けた『幽助たち』というのは、幽助と桑原の2人のことであり、蔵馬はもちろん飛影も普通に立っていた。
「な、何だよそれ……会わねえといけねえのに、何で会いに行っても無駄なんだよ!?」
「人間嫌いらしいから」
さらっと無茶苦茶なことを言う蔵馬。
大きなイベントの人物である以上、乃亜新留のように、すっとばすわけにはいかない……。
一瞬、あの悪夢が蘇りそうになったが、何とか頭を振り回して思考回路から除去し、本題に戻った。
「じゃあどうしろって言うんだ!?」
「落ち着いて最後まで聞いて。乃流土に会う前に、会わなければならない人物がいるんだ」
「誰だよ?」
「歩琉都牙(ポルトガ)の王。人間嫌いな乃流土が唯一心を許している人間で、その人の紹介状でもあれば」
「なら最初からそう言えよ!」
「……言い終わる前に掛けだそうとしたのは、誰ですか」
―――異常なほど前置きが長くなったのだが、幽助たち勇者一行が今、何をやっているのかというと……。
桑原が着用している派手な服などを手に入れた後、ここにはもう用がないと言わんばかりに、ピラミッドの先端から飛び降り、一瞬で脱出したのだ。
その後、一端、きちょ〜な鬼萌羅の翼で、亜利亜半へ帰還し、幽助の家に一泊すると、次の日から国や村を回って、『魔法の鍵』で開けられそうな扉を探すことにしたのだ。
盗賊の鍵の時そうだったように、開けれるところはとにかく開けまくる。
今まで手を拱いて見ていただけだった宝箱も、無遠慮に開け放った。
例え側に兵士がいようが、一般市民がジロジロ見ていようがおかまいなし!
取れるものは全て取っておかねば……(どちらかというと、「盗っておく」の方が正しいかもしれないが…)
ちなみに物色した品物だが……ルーンスタッフ、素早さの種と力の種、メダル1枚、464G、そして珍しい豪傑の腕輪も手に入れた。
力が+15にもなる腕輪のため、幽助と桑原で取り合いになったが、やはりちゃんと攻撃してくれる幽助が持っていた方がいいという蔵馬の意見から、彼が持つことになった。
当然、桑原は不満であったが、しかし戦闘の度に寝ている身では大きな事は言えない……次に手に入れるものが、もっといいものであることを信じて、しぶしぶ承諾したのだった。
熱沙羅ー夢での物色を終え、石州へと戻ってきた幽助たち。
そこでもしばらく物色し、取れそうな宝がなくなると、一端自由行動……やがて夜になったので、宿へ集合した。
「あ〜、疲れた〜」
「今日はもう休もうぜ〜。ここ来るまでも結構乱闘してきたんだしよ」
ゴロンッとベッドに横になろうとする桑原。
しかし突然枕を引っ張られたため、ベッドの角に思いっきり頭をぶつけてしまった。
「いって〜!何すんだよ、蔵馬!」
「寝るのはいいけど、その前に静流さんの所に行かないと」
「姉貴の!?何しにだよ!?」
ぎょっとなる桑原。
いきなり姉の名前を出されるなど思ってもみなかったのだろう。
しかし蔵馬は平然としたもので、
「まあ正確に言えば、静流さんのところじゃなくて、城の一角……ほら、昼間は入れてもらえなかった宝物庫があっただろ?」
「そういえば……けど、夜も見張りいるんじゃねえのか?」
「コエンマが取れない宝を用意すると思う?」
「……思わねえ」
「へえ〜、結構いいのがあるんじゃんか!」
「姉貴のやつ、こんなにへそくってたのか…」
「桑原くん…ちょっと違うんじゃ…」
案の定、夜は見張りの兵士がおらず、宝物庫への略奪を阻む者は何もいなかった。
コエンマらしい発想ではあるが、そんなことを思いつくということは……もしかすると、霊界の秘宝館や大金庫などもそうなのかもしれない。
実際、頭がキレるとはいえ、本来ならば捕えられるはずのD級妖怪……まして一匹腕力しかなさそうな鬼まで混じっていたのに、あっさりと侵入されたくらいなのだから……。
紅玉の腕輪、賢さの種と命の木実、黄金の冠(ティアラ)、メダルに152G、それから絹のローブ……これは蔵馬が着用することにした。
守備力+20の優れものなのだが……実はこれ女性専用なのだ。
見た目としてはどちらにも使えそうな代物だったため、そのことは内密にしていたが、蔵馬が誰にも聞かずに羽織った時点で、飛影は何となく気づいていた。
もちろん、口にはしなかったが……。
「さ〜てと、これで終わりだな。宿に戻って寝るか。明日は歩琉都牙って国に行くんだろ?」
「その前にいちおう静流さんに報告しないと」
「へ?何で?」
「コエンマのところで物色した分には、製作者だから構わないだろうが、静流さんは別だからね。もしかしたら盗賊に入られたと思おうかもしれないだろ?(あながち間違ってもないけど)……まあ朝になってから……」
「面倒だから今言いに行こうぜ〜」
ふあ〜っとアクビをしながら、のそのそ歩いていく桑原。
どうも、朝早くからどやされるのが嫌らしい……。
その後ろ姿を見ながら、幽助はこっそり蔵馬に耳打ちした。
「会えんのか?こんな夜中によ」
「さあ……まあ夜に城へ入れるくらいだし」
半信半疑といったところだが、いちおう行ってみる価値はあるかと、桑原の後についていく幽助たち。
しかし二階の広間に彼女の姿はなかった。
玉座にも誰も腰掛けてはいない……。
「やっぱりいねえか……」
「寝に行ってるんだろうね。夜なんだから」
「ってことは、寝室か……あれ?あんなところに扉あったか?」
ふと横手に目をやった桑原の視界に、鉄の扉が映った。
昼間、鉄扉探しで見て回ったのは、一階だけ……つまりここはまだ開けていないことになる。
「これ開くよな?」
「ああ。これも他のと同じようだから…」
言いながら、扉の穴へ鍵を突っ込む蔵馬。
しばらくカチャカチャ言わせていたが、もう何度も使っているため、コツも大分掴めてきた。
10秒もしないうちに、鍵は外れ、扉は静かに音を立てて開いた。
「ここは……何もなさそうだな。階段だけか」
「上への階段…ってことは最上階か」
「ひょっとしてお宝か!?」
「まあその可能性もあるにはあるけど…」
「行くぜー!!!」
蔵馬が全て言い終わらぬうちに幽助と桑原は走り出していた。
立っていた位置の関係で、今回は珍しく桑原の方が先に……。
しかし彼の言葉を最後まで聞かなかったこと、幽助よりも先に階段を上ってしまったことが、彼の命取りになろうとは、一体誰が予想出来ただろうか……。
「かずーー!!!あ、あんた何、夜這いかけにきてんの!!」
「ち、ちがっ!」
彼が弁明を言い終わる前に、その怒りの鉄拳は炸裂していた。
下から切り上げるように、繰り出されたイカヅチのような拳は、餌食となった彼を、高く高く……夜空に輝く星の1つに加えるかのように、高く吹っ飛ばしたのであった……。
数々の死闘を勝ち抜き、幾多の修羅場をくぐり抜けてきた幽助たちも、ここまで凄いアッパーを見るのは、生まれて初めて。
唖然呆然、ただただその場に立ちつくすばかりであった……。
僅かばかり、その決め技を繰り出した人物に恐れをなしながら……。
「ったくもう……あら、蔵馬くんたち、どうしたの?」
先程とは打って変わって、女王は普段の彼女に戻っていた。
それにホッとしつつ、話しかけたのは、色々な意味で、一番安全であろう蔵馬だった。
「いえ……下の宝なんですけど、頂いたので、その報告に」
「ああ、わざわざ悪いわね。あ、そうだ!」
そう言うと、静流は騒ぎ立てている侍女たちを静めた後、ベッドの後ろをのぞき込んだ。
何やら探しているらしい。
蔵馬が手伝おうかと思った時、静流はくるりと彼を振り返り、
「これ、使い方分からないから、あげるわ」
と、蔵馬の目前に小さな指輪を差し出した。
金色のリングに、丸く蒼い宝石がついたシンプルなデザインの指輪。
あまり光沢もないし、女王として静流が身につけている品に比べると、随分質素で大した価値はなさそうに見えた。
が、蔵馬はそれを見た途端、驚いたように口を押さえた。
「祈りの指輪…何故、こんなものが…」
「何?そんなにいい物なの?」
「はめた人のマジックポイントを回復させるアイテムですよ。まあ魔法を使わない静流さんには必要ないと思うけど」
「なるほどね。まあ大事に使ってよ」
「ありがとう」
柔和な微笑を浮かべながら、蔵馬は彼女から指輪を受け取った。
自然、静流の顔も綻んでくる。
さっき夜這いと勘違いして、実の弟を吹っ飛ばした人と同一人物とは思えない。
そう、幽助と飛影が思った時、彼らの背後にボロボロになった当の本人が落下してきたのだった……。
|