その9 <棺>
音がした方へ向かって走り出してから間もなく、蔵馬たちは音の正体の目前に立った。
かなり遠くの音のように聞こえたが、意外にも近かったため、モンスターに出くわすこともなく、たどり着けたところは……さっきまで古い岩の扉が蓋をしていた袋小路だった。
しかし、今そこに扉はなく、開けた先には小部屋があり……2つの宝箱が存在していた。
「宝箱だー!!」
「いくぜー!!」
例によって、はしゃぎながら突っ走っていく幽助&桑原。
その後ろからゆっくりついてゆく蔵馬と飛影。
彼らが着く頃には、宝箱は2つとも開けられていたのだが…。
「おっ、素早さの種あったぜ!俺使っていいか!?」
「どうぞ」
「あ、ずりーぞ、桑原!!俺だってスピードねえのに!!」
「早いもん勝ちでい!!」
「何だとー!!」
「ところで幽助」
懲りずに喧嘩勃発かと思われたが、さりげなく蔵馬が割って入ったため、一時休戦となった。
別段彼は怒っているわけではないが……。
どうも、幽助たちが蔵馬に勝てないのは、彼が怒っている怒っていないにはあまり関係ないらしい。
最も心臓に悪いか悪くないかだけは、蔵馬の怒りモードによって左右されるに違いないだろうが。
「そっちの箱は?」
「こっちは…おっ!鍵じゃねえか!」
「何!おい、見せてみろ、浦飯!!」
「幽助、ちょっと見せて」
後に言われたにも関わらず、幽助は桑原に引ったくられるのを交わしながら、蔵馬に鍵を渡した。
どうやらさっきの仕返しらしい。
当然桑原はムクれたが、蔵馬はまるで気にとめず、しげしげと鍵を眺めた。
白銀に輝く鍵は、ピラミッドの中で日光など一切入ってこず、薄暗い空間だというのに、神々しいばかりの美しい光を放っていた。
それは、鍵が光を反射しているわけではなく、自ら輝いているということ……魔力が込められていることは一目瞭然だった。
「魔法の鍵だな。これである程度の扉までは開くよ。ってことは、四階にあった扉も開くかも」
「マジかよ!だったら、速く行こうぜ!!」
……ということで、一同は四階へ。
何度かモンスターとも対戦を強いられたが、イベントをクリアしたという達成感からか、一行の足取りは軽く、順調に進んでいた(最もまだクリアしたわけではないのだが、気分的に…)。
しかしいざ扉を目の前にすると…本当に鍵があうのかと、幽助たちは不安になった。
これだけ有頂天で来たのだ、外れた時のショックは大きいだろう……。
「(もし違ったら……)」
「(コエンマのやろうの嫌がらせだったら……)」
「(……絶対殺す)」
そうこう3人が心の中で呟いているのを尻目に、蔵馬は1人、鍵が100%合うと分かっているかのように、扉へ近づいていった。
心の準備がまだ出来ていない幽助たちだが、止める間もなく、蔵馬は鍵を扉の鍵穴に突っ込んだ。
ガチャガチャ……
左右に何度か捻ってみる蔵馬。
しかし開く気配がない。
というより、蔵馬曰くの「魔法の鍵」というものは、この扉の鍵穴よりも二回りほど小さい。
一致するはずがないのだ。
今まで使ってきた「盗賊の鍵」は、鍵の凸凹を変えることによって、鍵穴に合わせていた…つまり理屈が十分通るものだったのだ。
だが、今度の鍵は凹凸が固定されている。
つまり鍵穴に合わせて変えることは出来ないのだ……。
ガックリと肩を落とす幽助たち。
あれだけ浮かれていたのだから、その落胆はかなりのもの……今にも床に座り込みそうな勢いだと感ぜられた、その時。
ガチャッ
「あ、開いた」
「何っ!!!?」(×3)
突然の蔵馬の言葉に、3人は床に着き書けていた腰をバッと浮かし、彼に駆け寄った。
蔵馬自身は、鍵穴を見るのに夢中で、彼らが背後で何をしていたのか全く気にしておらず……つまりは、彼らが鍵を疑っていたということにも気づいていなかったわけで……。
随分と勢いよくきたものだと不思議に思いながらも、石の扉に手をかけた。
ギギッ…
さび付いた鉄のこすれる音と共に、扉が開かれた。
やはり鍵は間違っていなかったのだ。
「なあ、蔵馬」
「何ですか?」
「何でその鍵で開いたんだ?全然サイズ違うように見えるけど」
「言っただろ、これは魔法の鍵だって。鍵穴に魔法を施して開くように細工してあるんだ。でもここまで細かく創るなんて、コエンマも凝り性ですね…」
「…RPGオタクかよ、あいつ……」
ため息をつきつつ、中へ入る幽助たち。
そこはどうやら王の墓のようであった。
いくつも棺が置かれ、中央には巨大な石像が立っていた。
その周りには宝箱が……。
「宝だ〜!!」
宝箱となれば、走り出さずにはいられない幽助たち。
大量にある宝箱へ駆け寄り、有無を言わさず、その蓋に手をかけた。
と、その時……。
《……王様の財宝を荒らす者は誰だ……》
「な、何だ?今の声…おい、桑原、何か言ったか?」
「ああ?知らねえよ、おめえの声じゃねえのか?」
「違ーよ。蔵馬、飛影、おめーらは」
「何も言ってないさ、俺も飛影も。第一さっきの声は、俺たちの声とは明らかに違う」
「まあ確かに……じゃあ何処から聞こえてきたんだ…」
幽助が声の主を捜そうと、辺りを見渡した時、再び声が聞こえた。
《我らの眠りを妨げる者は誰だ……》
「だ、誰だ!!……げっ!!」
その言葉の直後、幽助が半分ほど開けた箱の中から、白い煙があふれ出してきた……。
「なっ!?な、何だ何だ!?」
「み、木乃伊!?」
他の宝箱を開けようとしていた桑原だったが、突然の光景に思わず、箱から手を離してしまった。
それも無理はないだろう。
箱の中からモンスターが出てくるなど、一階で出くわした人喰い箱以来、しかもあれは箱に化けたモンスターであり、箱の中に潜んでいたわけではない。
いきなり開けた箱から木乃伊が4匹も飛び出してくるなど、彼らにとっては前代未聞である。
最も蔵馬はこういう事態をも予測していたらしく、飛影と共に木乃伊に斬りかかっていった。
「幽助、桑原くん。箱からモンスターが出てきたくらいで驚いててどうするのさ。木乃伊くらい倒せない相手じゃないよ」
「あ…そ、それもそうだな……おい、桑原、行くぜ!!」
「お、おう!!」
ビシンッ!!ズバッ!!バキッ!!ドガンッ!!
四〜五分と経たないうちに、木乃伊は全滅。
なるほど、冷静になって相手を見極めてみれば、大した敵ではない。
ピラミッドへ来る前にも何度か出会った敵である。
落ち着いて順序よく攻撃していけば、勝てないわけがないのだ。
最も無傷というわけにはいかなかったが……。
「は〜、でもびっくりしたぜ。まさかモンスター箱とはな。折角開けたってのに、骨折り損だぜ。この箱全部そうなんじゃねえのか〜」
ブツブツと文句を言う幽助。
むろんその矛先は何処かの城でくつろいでいるであろうコエンマにである。
しかし、そんな彼とは対照的に、蔵馬は木乃伊たちが飛び出し、今は空になっているはずの宝箱をじっと見ていた。
「そうでもないよ」
「蔵馬?」
「ほら」
蔵馬が幽助の目の前に突きだしたのは……大きく煌びやかな腕輪だった。
金で出来た豪華な本体に、大きすぎるほどのルビーが三つも飾り付けられている。
見事に磨き込まれており、本体の細工も見事なもの。
豪華絢爛という言葉が何よりも当てはまりそうな、美しい腕輪だった。
「すっげ〜。これ何だ?」
「見た通り、紅玉(ルビー)の腕輪。装飾品の一種だ」
「確かにそのまんまだな……それで、これどういう効力があるんだ?何かあるんだろ?」
段々、RPGに慣れてきたらしい幽助。
わくわくしながら、蔵馬の返答を待ったが、彼は少し困ったような顔をし、
「それが…何の効力もないんだ、これ」
「は?」
一瞬にして幽助の顔が激変する。
後ろで聞いていた桑原も同様に……飛影は興味なしといった感じで、隣の宝箱を眺めていたが。
蔵馬は幽助たちを落胆させたくないと思いつつ、本当のことを言った方がいいかと、頭をかきながら、
「装飾品の説明は、ここに来る間にしたよね?」
「ああ、蔵馬の腕輪のことだろ?付けただけで、力とか性格が変わるっていうやつ。蔵馬のは性格変わらないで、素早さだけ上がったんだろ?」
「そう…実はこれもその一種なんだけど…性格は『見栄っ張り』に変わるんだけど、能力は全く変化しないんだ」
「何ー!!」
予想通りの反応。
折角手に入れたと思った装飾品なのに、力の変化が皆無とあっては……。
しかも何が悲しくて性格の変化が『見栄っ張り』……これなら、『熱血漢』や『ラッキーマン』の方が幾分マシというものである。
蔵馬が素早さが二倍になる腕輪を手に入れたと聞いて、自分も何か欲しかった矢先のことである。
落胆の前に、約一名への怒りが燃え上がった。
「コエンマの野郎!人に期待させといて!!」
「そうだぜ!!あの野郎!次に会ったら、ただじゃおかねえー!!」
「……」
がっかりして落ち込むよりはよかったかと、ため息をつく蔵馬。
と、その時、誰かが彼の肩を叩いた。
「飛影?」
「いい加減、次の箱、開けるぞ」
「そうだな……幽助、桑原くん」
「何だよ!!」
怒りが燃えたままのせいで、投げやりな言い方になっている幽助たち。
それと同時に蔵馬を振り返ったが……。
彼の視界に真っ先に飛び込んできたのは、蔵馬ではなく、飛影でもなく……先程開けた宝箱の、隣の箱から飛び出してきた木乃伊たちだった。
「げっ、お、おい!!蔵馬!!」
「さっさと殺るよ。コエンマを殴るにしても、まずこっちで憂さ晴らししてからにした方がいい」
「……それもそうだな、浦飯」
「珍しく意見あったな、桑原。今は誰でもいいから殴りてえ気分だしな!!」
そして、数十分後。
彼らが何をしていたかというと……まださっきと同じ作業を淡々と繰り返していたのだった。
《……王様の財宝を荒らす者は誰だ……我らの眠りを妨げる者は誰だ……》
「……おい、このセリフ聞き飽きたんだけど…」
「同感……」
「これでもう11回目だからな……まあ、後1つだし。頑張ろう」
「お〜」
最初のうちこそ、コエンマへの怒りを、木乃伊たちにぶつけていたが、事が単調なので、次第に飽きてしまったのだ。
別のモンスターが現れてくれるならいざ知らず、毎度毎度、木乃伊ばっかり……。
負けることは100%有り得ないが、それなりに傷は負わされるので、薬草の消費量がかなり高く、蔵馬は袋と電卓を見つめながら、ため息を繰り返していた。
挙げ句の果てには、同じ台詞を幾度となく聞かせれているのだから……もう嫌になってきたとしても、無理はないだろう。
ドッカーンッ!!
「やっと終わったな」
「ああ……なんか精神的に疲れた…」
ようやく全ての木乃伊を倒した幽助たち。
しかし……全ての箱を開け終え、モンスター共を倒したのだが、手に入れた宝は、意外にも大したことはなかった。
大きなイベントのあるダンジョンなのだから、それ相当の見返りは期待していたのに…。
思えば、最初の紅玉の腕輪がその前兆だったのかもしれない。
次の箱とその次の箱に入っていた、力の種と素早さの種はまだよかった。
後は、呪いがかかっていて付けようのない石の鬘(いしのかつら)、その辺に落ちているメダル一枚、一行にとっては嫌な思い出しかない鬼萌羅の翼、それと金が全部で728G……。
一番まともだったのは、守備力+25の魔磁火流須加ー斗(マズカルスカート)だったが……黄色とオレンジのヒラヒラスカート、つまり女性専用だったのだ。
当然、着衣可能なのは蔵馬だけだが、絶対に嫌がるだろうし、着なくてもおそらく気分を害するだろうと、大慌てで袋の中にしまい込んでしまった。
完全に無用の長物……しかしこうしなければ、絶対に蔵馬は再び冷ややかな冷気に包まれてしまうだろう…。
前の王というのは、どれだけ貧乏だったのだろうか……そこら辺の洞窟ダンジョンの方が、幾分高価な宝を手に入れられそうである。
実際、墓を抜けた頂上付近で、メダルと守備力+28の派手な服をゲットしたのだ。
墓内部よりも、外の方が断然いい収穫である。
「多分このダンジョンは魔法の鍵を手に入れることを前提に作られたんだろうな。コエンマのことだから、ついでのイベントも用意してたんでしょ」
「いい加減な野郎だな……ところでよ、桑原。お前この服着るか?」
と言って幽助が差し出したのは、もちろんさっき手に入れた『派手な服』である。
主体となっている色は蛍光ピンクとド派手な真っ赤、青や紫の☆がキラキラと輝き、金色のレースで見事に縁取られている。
おまけにヒラヒラとリボンまで付けられており、金の肩当てや鎖がジャラジャラと音を立てていた。
流石にこれだけ派手だと、桑原本人だけでなく、一緒に歩く自分も恥ずかしいので、幽助は着させる前に尋ねてみたらしい。
しかし、桑原は意外にも、
「……着る」
と、あっさり承諾したのだ。
思いもよらぬ返答に唖然としている幽助を無視して、桑原は彼の手から服を引ったくり、ごそごそと上から羽織った。
その間にもジャランジャランと、鎖や肩当てが音を立てている。
「(……く、桑原のヤツ、ついに頭がおかしくなったのか!?あんなの俺は死んでも着ねえぞ!?)」
幽助が混乱するのも無理はないが……。
桑原にしてみれば、いつまでも白と水色のシマシマパンツを着せられているのに比べれば、この超ド派手な服を着ている方が、幾分かはマシだったのだ……。
|